10年来の友人と結婚する世界線の話③

それから私とタクヤは、隔週ペースで会うようになった。

飲みに行く前に映画を観ることもあれば、休日の昼間に美術展に行くこともあった。

 

「次は私がご馳走する」と何度言っても、彼は毎回スマートに会計を済ませてしまい、頑なに私のお金を受け取らなかった。

 

始めのうちはそれを脈ありムーブだと思い喜んでいたが、次第に違和感を覚え始めた。

 

毎回、遊んで飲んで、何もなく解散するだけなのである。

 

それでいて連絡はマメで、週3くらいのペースで電話がかかってきた。

正直、そんなに話すことがなかった。

 

沈黙に耐えかねた私が「話すことないなら切るよ?」と言うと彼は嫌がり、いつしか無言のまま、互いの生活音だけを聞かせ合いながら何時間も繋ぐという、謎の無言電話が私たちの日常になった。

 

おそらく彼は、かなりの寂しがりやだったのだと思う。

 

けどこいつ、どう考えても私のこと好きだろ。

なぜ何も言ってこない??

もしや友だちコース?

じゃあ何で毎回奢ってくれるの?

 

頭の中は疑問でいっぱいだったが、私も若かったので、自分から告白するのは気が引けた。

 

そして次第に、彼の性格のヤバいところも見え始めた。

 

いつものように仕事終わり渋谷で飲んだ日、私は関係性を一歩前に進めようとあえて終電を逃したことがあった。

家に招かれることを期待したからだ。

 

しかし、彼はこう言った。

 

「海苔子の家の方が近いから、今からタクシーで一緒に行こう」

 

タクヤは三茶に住んでるんでしょ?そっちの方が近いじゃん」

 

「三茶じゃないよ。◯◯ってとこ」

 

三茶から数駅離れた、ややマイナーな駅だった。

 

「え、三茶って言ってたじゃん。何で?」

 

「◯◯って言っても伝わらないかなって思ったから」

 

そして「ほら」と免許証に書かれた住所を見せられた。

 

うわ…カッコつけるために三茶って言ったんだこいつ…

住所詐称て。

人としてヤバいだろ。

 

そもそもハイブランドが好きだったり、無理をしてロレックスを買ったり、彼女でもない女に奢りまくる男だ。

見栄とプライドの塊なんだわ。

そうに違いねぇ…!

 

頭では冷静に考えたが、しかしこの時の私はもう、タクヤのことを好きになってしまっていた。

 

二人でタクシーに乗り込み、私はタクヤを家に入れた。

 

結果。

 

本当に何も起きなかった。

 

覚えているのは、タクヤスマホで懐かしのドラマ『GOOD LUCK!!』を観せられたこと。

 

あぁ、これはガチで友達コースだわと諦めた私が、タクヤにベッドを譲り来客用の布団を出そうとすると、ベッドの上から「こっちおいで」と言われたこと。

 

触れ合うほどの距離に好きな人がいて、ドキドキして眠れない私と対照的に、彼が普通に寝息を立て始めたこと。

 

明け方、布団の中で髪を撫でられたこと。

 

いや、もう前戯やん。

 

何でこの状況で寝れるわけ?

ゲイなのか??

 

私はますますタクヤのことがわからなくなったが、しかしこの日、彼が見栄とプライドの塊と化した原因だけは理解した。

 

明け方、彼はポツリと話し始めたのだ。

 

「俺、母親がCAなんだけどさ、ちょっと変な人で…」

 

続く。

10年来の友人と結婚する世界線の話②

①はこちら↓

noriko-uwotani.hatenablog.com

 

待ち合わせは、渋谷のハチ公前だった。

 

タクヤらしき人を探してきょろきょろしていると、片手を上げて近づいてくる男性がいた。

 

「海苔子さん!」

 

あぁ、いたいた、こんなやつ。

顔を見るとすぐに思い出した。

 

タクヤは目鼻立ちのはっきりした、世間的にはイケメンの部類に入る顔立ちをしていたが、川谷絵音みたいな微妙な薄顔がタイプの私に刺さる顔ではなかった。

 

それでも、あの面接の日の帰り道。

合格したかもしれないという僅かな希望を抱えて一緒に山手線に揺られ、「お疲れ!」と言って解散した瞬間のことを思い出し、懐かしさに包まれた。

 

…のも束の間。

 

目の前に立つタクヤを見て、私はドン引きした。

 

デカデカとハイブランドのロゴが入ったバッグとベルト、腕にはロレックス、片耳にピアス、キツい香水。

 

NI・GA・TE!!!

 

新入社員という立場上、顔と髪型はかろうじてノーマル仕様だったが、歌舞伎町のホストかよとツッコミを入れたくなる装いに私は引いた。

 

タクヤが予約してくれた居酒屋に入り、お互いの近況を話す。

航空会社の地上職で、慣れない仕事に苦戦しているという彼は、さらりとこう言った。

 

「でも俺、パイロット採用だからさ」

 

ぱ…パイロット???

 

って、普通の大学出てもなれるの?

そんな採用枠あるの?

 

え、こいつ、すごくね??

 

私は俄然、興味が沸き、そこから根掘り葉掘り質問しまくった。

 

まず航空会社のパイロットになるには、航空大学を出て入社するルートと、一般の四年制大学を出て自社養成枠で入社するルートの2つがあるらしい。

 

後者は普通に就活をして狭き門を潜り抜けたら、まずは2~3年ほど地上職スタッフとして働き、社会人の基礎を叩き込まれる。

その後、海外で2年ほど飛行訓練をし、帰国してさらに国内で研修を受けて、足掛け7年でようやく副操縦士になれる、とのことだった。

 

「航空会社で働いてると、家族みんな国内線は無料だし、国際線もヨーロッパまで2~3万とか破格で乗れるんだよ」

 

それはつまり、結婚すれば私も旅行し放題ということ…?

アツい…アツすぎる。

 

ゲンキン極まりないが、私はその瞬間、7年後にパイロットと結婚する海苔子を妄想した。

 

こいつを逃してはならないと、頭の中で声がした。

 

その日は4時間くらい飲んでいたと思う。

 

タクヤ君、どこ住んでるの?」

 

「三茶だよ。海苔子は?」

 

いつの間にか呼び捨てになっていた。

 

「いいとこ住んでるね。私はXX(新宿区)だから地下鉄で帰るね」

 

タクヤが奢ってくれたので、私は帰宅後、お礼のメッセージを送った。

そして、「今度は私がご馳走するね!」と前置きし、このお店が気になっているなどと提案すると、彼はめちゃくちゃ乗り気だった。

 

なんか、イケそう。

落とせそう。

いや、絶対落とせる!!!

 

若かりし私は、今とは比にならないほどに強く、自信過剰だった。

 

続く。

【番外編】10年来の友人と結婚する世界線の話①

 

 

昨年こんなことをつぶやいてプチバズりしたものの、残念な結果に終わった話がある。

 

ブログの趣旨からだいぶズレるけれど、どうせもう当初の予定より長く続けてしまったし、書きたいことを書けばいいやと思い至ったので書いてみます。

 

長くなるけど、けっこう面白いはず。

 

偶然にもこの人を既婚者だと白状させるに至った、例の話でもある。

noriko-uwotani.hatenablog.com

 

遡ること大学時代、就活中。

とある企業の採用面接の待合室で、私はその男に出会った。

 

名前はタクヤ(仮)とする。

 

最近の子がどうかはわからないが、当時はグループ面接を一緒に受けた人や、個人面接の待合室が一緒だった人同士で連絡先を交換し合う謎のムーブがあった。

 

といっても、同じ企業を受けたということしか接点がないので、連絡を取り続けるケースはかなり稀である。

 

内定までに6次もの選考がある企業の、4次選考だった。

 

ここまで残れた自負と極度の緊張感を共有したせいだろうか。

個人面接が終わり待合室に移動すると、同じ時間帯の枠で面接を受けていた7人全員で「どうだった?」と大盛り上がりし、全員が全員と連絡先を交換し合った。

 

「3日以内に、合格者だけに電話をします」

 

採用担当者からそう告げられ、私はそれから3日間、鳴らない携帯電話を握りしめて過ごした。

 

数週間後。

 

その企業には落ちたものの、別の企業から内定をもらい、ひと安心していた頃。

タクヤからメールが届いた。

 

<久しぶり。XX(面接を受けた企業)のその後、どうだった?>

 

<4次で落ちちゃった。でも◯◯に内定もらったから入社するよ。タクヤ君は?>

 

<俺もXXダメだった!で、△△(某航空会社)に入るよ>

 

<え、すごいじゃん。いつか一緒に仕事できたらいいね>

 

<そうだね!てかさ、よかったら飲みに行かない?>

 

いや、何でだよ。

 

シンプルにそう思ったくらい、私はタクヤのことが印象に残ってなかったし、当時は普通に彼氏がいた。

 

だから私は逃げた。

 

<あの面接の他のメンバーも集まれたら、ぜひ!>

 

時は流れ、社会人1年目の冬。

 

なかなか仕事に慣れず、3年以上付き合った彼氏とも別れ、冴えない日々を過ごしていると、再びタクヤからメールが届いた。

 

<久しぶり!覚えてる?>

 

<△△(某航空会社)の子だよね?久しぶり!>

 

<そうそう!よかったら、飲みに行かない?>

 

もう彼氏もいないし、断る理由もないか。

 

行こうかなと気持ちが傾いたが、生憎、私はタクヤの顔を覚えてなかった。

待ち合わせたところで、彼に気付けない。

 

<ぜひ!でも私、タクヤ君の顔あんま覚えてないかもしれない>

 

正直に言う私もだいぶヤバいが、彼は寛容だった。

 

<俺が覚えてるから大丈夫!>

 

そうして社会人1年目の私たちは、再会を果たすことになったのだった。

 

二人の関係がこの先10年も続くなんて、当時の私も彼も、きっと想像してなかったはずだ。

 

続く。

実家暮らしのデブ研究者

慶応卒、研究者、35歳、名前は岡崎(仮)。

 

<フランスに留学していて、久しぶりに日本に帰ってきました>

 

世界各国で撮った写真と、遠目ではあったが大谷翔平を思わせる顔立ちが目に留まった。

 

私は何度もこのブログに「研究者の話はつまらん」と書いてきたが、海外を飛び回っている人は例外で、面白いことが多い。

 

マッチしてしばらくやり取りをし、丁寧な文章に好感をもった。

 

<よければお会いしませんか?場所と時間は融通が効くので、海苔子さんに合わせます>

 

岡崎がそう言ってくれたこともあり、私が新宿で仕事があった日の夜、居酒屋で待ち合わせることにした。

 

「海苔子さんですか?」

 

声がして振り向くと、写真とは似ても似つかない小さいデブがそこにいた。

 

メガネをかけているが、顔立ちも体型もほぼ岡崎体育である。

 

おぉぅ、久々だぜこのパターン…

私は速攻で帰りたくなった。

 

カウンターに横並びで座ると、1時間で切り上げようと心に決め、スピードメニューを中心に「これが食べたい」と主張した。

 

何を言っても「いいですね~」と肯定する岡崎。

声が高い。

 

私が手に持ったメニューを覗き込む岡崎。

顔が近い。

 

ボタンシャツから実家っぽい柔軟剤の匂いがして、五感の全てでストレスを感じた。

 

私は全てのアポにおいて、手ぶらで帰りたくない。

恋愛対象として厳しい相手ならばいっそう、何かしら有益な話を引き出してやろうと燃える。

 

しかし「騙された」という感覚が先にくると、もう駄目だった。

 

聞きたいことが、びっくりするほど出てこない。

 

それでも料理をつまみながら、私はとりあえず岡崎の経歴を聞いた。

 

「大学で国際政治を専攻してて、そのまま院に行って、フランスに留学して帰ってきた。院生の頃に本を出したことがあるんだけど、今はまた執筆したり翻訳の仕事をしたりしながら、教授のポストを探しているところ」

 

「へぇ、本出したことあるんだ」

 

「専門書だけどね。翻訳の方は、その本を出した編集者に頼まれて。まぁ、どっちもなかなか売れないけどね…」

 

私が業界人だからか、岡崎は控えめに言った。

 

「文系で院までいく人って私の周りにはほとんどいなかったんだけど、就職は考えなかったの?」

 

「就活は少しだけしたよ。でも僕、タバコ吸うんだけど、キャンパスの喫煙所で同級生が話してるのを聞いて、嫌になってやめた」

 

「どういうこと?」

 

「この間サッカーを見た、女の子と遊んだ、そういえばどこどこの面接でさ~、って、並列で語るわけよ。あ、なんか合わないって思った」

 

それの何が悪いんだろうか。

 

多分こいつはアレだ。

就活しない俺かっけーと酔ってたタイプだな。はいはい。

 

「海苔子さんは、Tinderよく使うの?」

 

「うん、何人か(=100人以上)会ったかな」

 

「そっか。僕はフランスで使い始めて、日本では海苔子さんで会うの4人目。なかなか難しいよね」

 

「難しい?」

 

「会っても『この子、全然喋る気ないなー』って子がいたり。でも、回さないと当たりは引けないからね」

 

当たり。

 

お前は自分自身を、当たりだと思っているのか?

 

その女子が喋る気をなくした理由を教えてあげようか?

お前が写真と違いすぎるからだよ!!!!!

 

私が頭の中に罵詈雑言を浮かべているのも知らず、岡崎はペラペラと喋り続けた。

 

「でも他のアプリだと、身長とか年収とか実家暮らしだとか書かなきゃいけないでしょ?Tinderはそういうの書かなくて済むからいいよね」

 

おい。

独身らしからぬ柔軟剤の匂いだと思っていたが、ガチで実家なのかよ。

実家暮らしの金なし小デブ35歳。

キツすぎる。

 

「ねぇ、政治って何?私を小5だと思って説明してみて」

 

少しでも岡崎という人間からトピックをずらしたくて、私は唐突に雑な質問を投げた。

 

私は政治に疎い。

せめて何か学んで帰ろうと思った。

 

すると岡崎は、皿に残った5貫の寿司を指して言った。

 

「ここに寿司が5つあるでしょ?これをどう分けるか考えるのが政治」

 

「算数じゃなくて?」

 

「算数だと、二人で分ければ一人当たり2.5個になるけど、平等ってそういうことじゃないじゃん。僕がここのお代を払うなら3個もらってもいいかも知れないし、唐揚げを多くもらう代わりに1個でいいです、って考え方もあるし」

 

「平等という概念について考えるのは、哲学じゃなくて?」

 

「そうそう。政治哲学っていう学問があってね…」

 

そこから先の話は、私がすっかり興味をなくしてしまったせいで覚えてない。

 

とりあえず、会計は割り勘だった。

 

年上の小デブと、小デブより収入の多い私。

 

この場合の政治的平等は、割り勘だったらしい。知らんけど。

M-1出場芸人

Tinderをスワイプしていると、たまにプロの芸人に遭遇する。

 

私は以前、Tinderの広告塔を務めるラランドのニシダとマッチしてやり取りを続けたが、結局のらりくらりと躱されて会うことは叶わなかった。

 

一度でいいから、Tinderで(そこそこ売れてる)芸人に会ってみたい…。

 

サブカルクソ女の私は以前からそう思っていたが、ついにそれが叶った。

 

事務所や年齢は伏せるが、名前はM(仮)とする。

 

テレビの露出もそこそこあり、「お笑いが好きな人なら知ってる」レベルの方で、M-1では準々決勝まで駒を進めていた。

 

そのレベルの人なら名前を伏せてコソコソ活動しそうなものだが、Mは名前も事務所も丸出しで、やけに堂々としていた。

 

マッチすると、意外にもMの方からメッセージがきた。

 

<どうも。ショートカットよきです>

 

もともとMを知っていて、ファンではないが会ってみたかった私は”お笑いに興味がなく、Mのことも知らない”という設定を貫くことに決めた。

 

<テレビに出てる人?>

 

<はい。完全に>

 

そしてしばらくやり取りを続けようとしたが、早々と気づいた。

 

私からお笑い好きという要素を排除してしまったら、Mと話すことがねぇ。

 

だから私は、全てのメッセージの語尾に変な単語をくっつけるというボケをかまし(Mもそれに乗っかってくれた。プロである)奇人感を演出した後、自分から誘った。

 

<芸人さんに興味があるのだけど、コーヒー飲みに行かない?>

 

<いや俺に興味もたんかい>

 

Mはそう言いながらも快諾し、喫茶店で会うことになった。

 

<ごめん、15分遅れ枡田アナ>

 

待ち合わせ時間の直前、Mからメッセージが届いた。

結局、彼は普通に30分遅刻してきたが、かえって都合がよかった。

 

現れたMに、こう言えたからだ。

 

「どんな人なんだろうと思って、この30分でYouTubeWikipedia見ちゃった」

 

さすがに何も知らない演技を続けるのはつらい。

すると、Mは言った。

 

「えぇっ!見ないでほしかった」

 

「遅刻するからだよ。何してたの?」

 

「昨日の夜からずっと芸人仲間と飲んでて」

 

「ミーハーでごめん、誰か聞いていい?」

 

「XXX、◯◯、あと△△…ってわかる?」

 

おぉわかる!!!

当然わかるぞ私は!

なんせ、FANYチケットに累計60万課金してるお笑いガチ勢なのだから!!!

 

「あぁ、聞いたことあるかも」

 

「Tinderも、XXXに勧められて始めたんだよね」

 

へぇーっ!!!

知ってる人の名前がぽんぽん出てきて、私は静かに興奮した。

 

「でも、名前とか事務所とかあんな堂々と出して大丈夫なの?」

 

「大丈夫。俺は”自分のファンには手を出さない”ってポリシーをもってるんだけど、ファンが一人もいないから」

 

「え…?」

 

「芸人になったらモテると思うじゃん?テレビに出たらDMが来るとか、出待ちやファンレターが増えるとか聞くじゃん?本っ当にゼロ」

 

失礼ながら、私は爆笑した。

このレベルの知名度があって、ファン0人は異常である。

 

「自分のこと知らない人の方がいい?」

 

「いや、知ってくれてる分には嬉しい。Tinderでもたまに『Mさんのこと知ってます』とかメッセージ来るんだけど、それはいいんだよ。知ってるだけで、ファンじゃないから。ただ、お笑い大好きです!って感じの子は会わないようにしてる」

 

「へぇ。何で?」

 

「なんかそういう子って、俺の向こう側を見てそうじゃん?」

 

「俺の向こう側?」

 

「他の芸人とコンパしたいとかさ」

 

おぉ、なるほど。

私は自分の戦略が間違ってなかったことを確信し、ほくそ笑んだ。

 

そうして2時間弱いろんな話をして、LINEを交換し解散した。

 

後日。

 

私がお笑いフリークであることを知るリア友にこの話をして「Mさん、普通にいい人だった」とまとめると、彼女は辛辣な一言を放った。

 

「芸人で、オチがただのいい人っていちばんヤバくない?」

 

「確かに」と、私は思った。

メンヘラ京大ニキ④

最初から読む方はこちら↓

noriko-uwotani.hatenablog.com

 

③はこちら↓

noriko-uwotani.hatenablog.com

 

飲み物が運ばれてきて乾杯を済ませると、私は例の長文について尋ねた。

 

「ところであれは、ラブレターなのかな?」

 

「いや、違います」

 

レオが即答し、私は拍子抜けした。

 

「すみません。さっき読み返して、自分でもそうとしか読めないよなって思いました。もう海苔子さんに会えないんだって思ったら本当につらくて、泣きながら書いたんですよ。人間的に惹かれているのは事実です。でも、恋愛感情ではないです」

 

パードゥン!?!?

 

「海苔子さんのこと、すごく尊敬してるんです。だから恋愛ではない関係性で、これからも仲良くしてほしいって思ってます」

 

ほ、ほぅ!?!?

 

私はTinderを使う目的を恋愛に限定しておらず、現に、このブログを見られているくらい良き友人になった男性もいるので、それはそれで構わない。

 

でも、何だろうこの違和感は??

 

まあいいや。

ならば私も、自分の恋愛の話を聞いてもらうとしよう。

 

そして私は直近あった、”10年来の男友達と再会し、付き合えそうで付き合えなかった話” をした。

この話もいつかここに書くかもしれないが、簡単に言うとその友人は、一度結婚して離婚した事実を、今も私に隠し通している。

 

「そういう大事なことを隠す人ってさ、不誠実だと思うんだよね」

 

私がそう話をまとめると、レオは真っ直ぐに私の目を見てこう言った。

 

「あの、結婚してます」

 

コンマ数秒、考えた。

 

誰の話???

 

しかしどう考えても、答えは目の前にいる男しかあり得ない。

 

は…?

はぁ!?!?!?

 

「どういうこと?え、何でいま言うの」

 

「海苔子さんの話聞いて、黙っておくのは不誠実だなって」

 

「私が話さなかったら、ずっと言わないつもりだった?」

 

レオは質問には答えず、言葉を続けた。

 

「ずっと別居してるんです。2人で家を買ったんですけど、彼女が出て行ってしまって」

 

「何で離婚しないの?」

 

「世間体…ですかね。だからもう、自分は既婚者だっていうアイデンティティがないんですよ」

 

アイデンティティ?それでないものにできるわけないじゃん。性自認は女ですって女風呂に入ろうとする男とやってること同じだよ」

 

レオはしばらく黙ってから、口を開いた。

 

「…結婚したら他の誰とも仲良くしちゃダメなんですかね?」

 

「結婚って、他の女性との浮ついた関係を断ち切る契約じゃないの?」

 

私は続けた。

 

「未婚のフリをして、未婚の女性に近づいて『下心はありません』は通用しないんじゃない」

 

レオは黙り続けている。

 

「それに、アプリで知り合って”既婚ですけど飲み友達になってほしいです”なんて言われても、『わしゃ安いキャバクラか』としか思えないよ」

 

彼はつぶやくように言った。

 

「ごめんなさい」

 

「多分だけどさ、レオは物語に取り込まれたいだけだと思う」

 

「え?」

 

私は止まらなくなっていた。

 

「喫茶店で会ったときは大して何も感じなかったけど、後であの本を読んで感銘を受けて、作家への敬意や愛を私へのそれと履き違えて、自分の中で物語を膨らませてしまっただけ」

 

レオは再び沈黙した。

 

なんやかんや3時間ほど飲んでいた。

居酒屋を出て駅に着くと、私は言った。

 

「じゃあ、ここで」

 

「お別れですか?」

 

「うん。お元気で!」

 

あえて笑顔で言った。

 

そして今この文章を、怒りに任せて書いている。

 

こんな長文を書いている時点で、似た者同士なのかもしれない。

似ているからこそ、引き寄せてしまうのだろうとも思う。

 

だけど私は、本人にリンクを送りつけたりはしない。

 

ぶつけていい感情とそうではない感情の区別はつく。

そう思っていたい。

 

私はお前とは違うと、そう思っていたいからだ。

 

<終>

メンヘラ京大ニキ③

②はこちら↓

noriko-uwotani.hatenablog.com

 

恐る恐るURLをタップすると、長文が目に飛び込んできた。

 

私と出会うまでに感じていた印象と、会った時のギャップ。

茶店で話したこと、食べたもの。

その後にチャットで話したこと。

急に消えてしまって絶望したこと。

必死で探したこと。

あなたのことが忘れられません云々。

 

それは3千字くらいの、限りなくラブレターに近いエッセイだった。

 

怖い。

 

真っ先に感じたのは恐怖だった。

 

100歩譲って例えばこれが、喫茶店でお互い好感触を得てLINEを交換し、その後も連絡をとり続けていた矢先の出来事なら、キモいとは思うがギリ理解できる。

 

でも、違う。

 

あの日のレオは、こんな長文を書くほど私に好感をもってなかったはずだ。

 

おそらくこのロマンチスト·メンヘラニキは、私が紹介した本の作者への敬意を私へのそれと履き違え、同時に「急に連絡が取れなくなった」という悲劇の物語を愉しんでいるだけではなかろうか…?

 

何なんだ、こいつ???

 

私は完全に引いていたが、もう次に会う店も日付も決まっている。

 

<読んだよ。ちょっとびっくりした。とりあえずXX(居酒屋)行こうか。何時にする?>

 

そう返信し、さすがに教えとくよと言ってLINEのIDを添付した。

 

そして翌週、私が行きたかった居酒屋で再会を果たした。

 

「もう会えないと思って書いた文章だったので、いざ会えるとなると恥ずかしいです」

 

レオは開口一番そう言った。

本人を前にすると、それまで感じていた恐怖が薄れた。

 

彼のLINEの名前がTinderの登録名と同じ「レオ(仮)」だったので、私は真っ先にそれについてふれた。

 

「レオって本名なんだね。かっこいい名前だね」

 

「あ、いや、偽名です。本名は◯◯っていいます」

 

「LINEが偽名なの?どういうこと?」

 

「えっと…実は女性用風俗で働いていたことがあって、その時の源氏名です」

 

「!?!?!?」

 

「前に付き合ってた人を喜ばせたくて、スキルアップのために始めて。すぐ辞めちゃったので、もう昔のことなんですけど」

 

えっと…何からツッコめばいい?

 

私は頭をフル回転させた。

 

「それはさ、彼女に『副業で風俗やろうと思うんだけど』って相談してから始めたの?で、やれば?って言われたの?」

 

「はい。前にも言ったと思うんですけど、その人とはハプニングバーで知り合ったんですよ」

 

「バーで知り合った」って、そっちのバーかよ!!!!!

 

すっかり混乱し始めていたが、これがまだ序の口であることを、その時の私は知る由もなかった。

 

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