10年来の友人と結婚する世界線の話⑮

翌月。

私はいい感じのビストロを予約し、簡単なプレゼントを持参してタクヤの誕生日を祝った。

 

付き合うなら付き合うで、はっきりさせておきたいことがあった。

離婚の件である。

「実は別居中の子供がいる」なんていう可能性も、ゼロではなかった。

 

しかし何度考えても、どう切り出していいかわからない。

 

私は一つのシナリオを考えた。

 

食事に行き、その流れで彼のマンションに行く。

明らかに単身用ではない家電を見てツッコみ、「結婚してた?」と軽い感じで聞く。

…その前に、私はバツイチには抵抗がないということを、それとなく伝えておく。

 

よし、これでいこう。

 

しかし前日、それを察したかのように、タクヤから連絡が入った。

 

<明日の店、XXX(エリア)だよね?近くにホテル取ろうと思って>

 

彼はわりと浪費家で、飲み会の際、タクシーで帰れる距離でも面倒くさいというだけの理由で外泊することがよくあった。

そのことは知っていたが、これはもしや私も泊まる流れか?と予感した。

 

もうあの頃と違っていい大人だし、そうなってもまあいいか。

私はそのくらいの気持ちで、ある程度の心構えをして向かった。

 

ビストロでプレゼントを渡し、食事をした。

 

早く離婚のことを聞かなきゃ。

…ん?いや待て。誕生日にする話じゃないな?

 

今更そんなことに気づき、私はどうしていいかわからなくなり、また、ホテルを取っている時点で彼の家で家電を確認するプランも消えていた。

 

どうしよう。

 

コース料理が終わり、私はトイレに行って化粧を直した。

席に戻ると、なぜか彼が会計を済ませてしまっていた。

 

「何で払ってるの?今日は私の奢りって言ったじゃん」

 

「いいよ。プレゼントももらったし」

 

「そんな高いものじゃないから」

 

「いいから。財布しまって」

 

私は思った。

 

こいつ、絶対結婚向いてねぇ…。

 

普通の会社員より稼いでいるとはいえ、浪費癖が過ぎるし、これを今から矯正するのはほぼ不可能だろう。

 

頭ではそう思ったが、先日のエモい会話でタクヤへの好意を思い出した私は、覚悟を決めてしまっていた。

 

10年前、何度も隣で眠って手を出されなかった伏線を、いま回収したい。

 

そうして流れるようにホテルに向かい、部屋に入ってから私はタクヤに確認した。

 

「全然してもいいんだけど、これは正式にお付き合いするってことで合ってるよね?」

 

タクヤは意外と冷静で、きちんと私に向き合って言った。

 

「それはできない」

 

…え?

…いま、何て???

 

「海苔子のことは好きだけど、それはできない」

 

「えっと、何で?」

 

「前にも話したけど、俺、◯年後に機長昇格試験があるのね。絶対に一発で合格したいから、その時までは私生活で感情を乱される状況を作りたくなくて」

 

それを待っていたら、私は30代後半になる。

 

「だから、その時までは付き合ったり結婚したりとかは、考えられない」

 

…は?

 

前回の帰り道に「じゃあ今から付き合う?」って言ったの、お前だろ。

酔ってて記憶ないのかもしれないけど。

こっちは真剣に考えてしまったんだよ。

わかってんのか?

 

心の中でブチ切れながら、私は平静を装って話を聞き続けた。

 

彼の意志は、どうやら固い。

ものすごく固い。

目を見ればわかった。

 

だけどこの時の私にはもう、引き返す選択肢はなかった。

 

10年前の伏線を、いま、回収する。

それで関係が壊れるならそれまでの話だ。

 

そうして私は、自分の意志でタクヤと寝た。

 

10年越しの達成感のような奇妙な感情で満たされ、もうこれで連絡がこなくなってもいいやと思っていた。

 

翌日。

たまたま休日だったタクヤを置いて、私はいったん家に帰り会社に行った。

 

すると昼頃、LINEが届いた。

 

続く。

10年来の友人と結婚する世界線の話⑭

「10年前、私、何回かタクヤの家に泊まりに行ってたじゃん?でも何もなかったから、この人ゲイなのかなとか本気で思ってた時期があって」

 

離婚のことは聞けなくても、自分たちのことなら、聞けた。

 

「え、何それ笑」

 

「…私あの時、タクヤのことけっこう好きだったんだけどさ、私のことどう思ってた?」

 

言っちまったー!!!

言い終わった後で、心臓がバクバク音を立て始めた。

 

タクヤはあっさりと答えた。

 

「付き合いたいと思ってたよ」

 

!!!!!

 

あぁ、勘違いじゃなかった。

 

喜びと安堵と、10年前に言ってほしかった未練の入り混じった感情で、少し苦しくなった。

 

おい、10年前の私よ。

タクヤはちゃんと好きでいてくれたぞ。

 

「え、じゃあ何で?」

 

「覚えてないの?海苔子が初めて俺の家に来た日のこと」

 

「…?」

 

「二人で飲みに行った帰り、初めて俺の家に来てくれて。こっちとしては泊まっていくもんだと思ってたのに、海苔子は終電だからって走って帰っちゃって」

 

「…そんなことあったっけ?」

 

「俺めちゃくちゃショックで、もう駄目なやつじゃんこれと思って。それから何も言えなくなった」

 

すっかり忘れていたが、話を聞いているうちにそんなこともあったなと思い出した。

 

でも、それだけ?

それだけ!?

ガラスのハートすぎやしないか!?!?

 

「多分、突発的に行ったから何も準備してなくて、慌てて帰っただけだと思う」

 

「いやー、あの時に言ってほしかったよ」

 

「でもその後も何回か泊まったし、バレンタインも手作りしてあげたじゃん。そんなの勝ち確じゃない?」

 

「一回断られてるからさ」

 

「断ってないよ」

 

「いやいや笑」

 

なんだこの会話。エモい。

 

やっと答え合わせができた。

私の勘違いではなかった。

 

あたたかい気持ちのまましばらく歩いていると、タクヤは突然こう言った。

 

「じゃあ、今から付き合う?」

 

…!?

 

この時の彼は、だいぶ酔っていた。

 

私が「いやいや笑」と濁すと、路上でキスされそうになった。

 

「待って。無理」

 

私は冷静だった。

もうタクヤに対する恋愛感情は、1ミリもない。

 

ただ、付き合いたいとは思わなくとも、結婚相手としては、よいのではないか…?

このままの友達同士みたいな結婚生活は、案外すんなり思い描けるような気がした。

 

「また来月、誕生日の時に話そう」

 

「…わかった」

 

そうして少し歩くと、私の家に着いた。

 

「じゃあここで。送ってくれてありがとう。また連絡する」

 

「こちらこそありがとね。おやすみ」

 

家で一人になり、あらためて今後のことを考えた。

 

10年前に両思いだったけど付き合えなかった人と、お互い色々経て再会し、最後には結ばれる。

 

仮にそれが実現したとしたら、なんと美しい物語だろうか。

 

恋愛感情こそないが、そんなものはどうせ遅かれ早かれなくなる。

であれば、お互いのいいところも悪いところも理解している10年来の友人と結婚する世界線は、意外と幸福なのではないか?

 

酒の酔いが覚めていくにつれて、私はその美しい筋書きに、酔い始めていた。

 

続く。

10年来の友人と結婚する世界線の話⑬

台風を突っ切ったと思しき飛行機はけっこう揺れたが、私は無事に帰国した。

 

さっそくタクヤに連絡して、会社の近くにできた新しいフレンチが気になっていると伝えると、彼はそこにしようと快諾した。

 

前回会った時は、最低限の貨物用フライトだけをこなし暇そうにしていた彼だったが、今は文字通り世界中を飛び回っていて忙しそうだった。

 

少し遅れて到着したタクヤに旅行のおみやげを渡し、旅の話や仕事の話をひと通りした後、ふと感じた。

 

なんだか今日は、聞けそうだ。

 

タクヤが住んでいるマンションの話を始めた時、今だ、と思った。

 

「一人だよね…?」

 

彼はほんの一瞬、ドキッとしたような表情を見せてから答えた。

 

「一人だよ」

 

「そっか」

 

「海苔子は?」

 

10年以上に及ぶ長い長い付き合いの中で、私たちは初めて、現在進行形で恋愛の話をした。

 

「一人だよ。残念ながら笑  CAと付き合ったりとかないの?」

 

「あ、一回だけある」

 

「いつ?何で別れちゃったの?」

 

タクヤと、恋愛の話をしている。

 

私は密かに感動していた。

 

10年かかった。

こんな、どこの男女だってしている会話ができるようになるまで、10年もかかったのだ。

 

「…海苔子は直近だといつまで彼氏いたの?」

 

「1年ちょっと前かな」

 

「どんな人だった?どこで知り合ったの?」

 

タクヤに、恋愛の話を振られている。

 

やっと聞いてくれた。

やっと聞いてくれた。

 

そう思った瞬間、ずっと聞いてほしかったのだと気づいた。

 

元彼はTinderで知り合った人だったが、正直に言うのは憚られて「アプリで知り合った」とだけ伝えた。

 

タクヤマッチングアプリとかやってる?」

 

「アプリねー、やったことないんだよね。後輩からやれってすごい言われるけど」

 

アプリやったことないのか…マジか…いいな。

そういう人、いいな。

 

「やっぱパイロットってモテるの?」

 

「モテると思ってたけど、そうでもない笑 土日休みじゃないし、時間も不規則だからあんま出会いもなくて」

 

私はこの頃、Tinder楽しい!面白い人にいっぱい会えて幸せ!と思いながらも、まともな恋愛がしたいという本来の目的を叶える手段としては、ひどく非効率なのではないかと疑い始めていた。

 

なんせ、続かないのである。

 

3回一緒に食事をしたくらいで「付き合いますか?会うのやめますか?」と決断を迫られることも、そうして安易な決断を下した結果ミスマッチが大量に発生しているマッチングアプリの仕組み自体にも、疑問を感じていた。

 

その点、タクヤは。

 

ヤバいところが山ほどあるのは知ってるけど、全部知ってるから逆に安心かもしれないな。

 

そんな考えが頭を過った。

 

「俺、あと◯年で機長昇格試験があるんだよね」

 

「え、もうそんな歳?」

 

「うん。合格したら、年収◯千万になる」

 

ひょ…ひょえぇぇ。

思っていた以上の額に引いた。

 

こいつがマッチングアプリなんか始めたら、バツイチだろうが何だろうが秒で消えるだろうな。

 

あ、そういえばまだ離婚のこと聞いてない。

どうしよう。

どうやって聞こう。

 

…こっそり2回もFacebook見たとか、さすがに言えねぇ。

 

私はまたも、その話ができないまま店を出た。

 

店はオープンしたてだったためネットに情報が少なく、いざお会計をすると奢ってもらうには気が引ける価格帯だった。

 

少しは払わせてと言ったが受け取ってもらえなかったので、私は提案した。

 

「もうすぐ誕生日だよね?その時に私の奢りでごはん行かない?」

 

「覚えててくれたんだ。ありがとう。うん、今日はいいからそうして」

 

かつて、神に祈るほど好きだった男の誕生日を、忘れるはずもなかった。

 

酔い覚ましに、30分ほどの距離を歩いて帰ることにした。

タクヤも「ダイエットがてら一緒に歩く」と言ってついてきたので、二人で夜道を歩いた。

 

半分ほど来たあたりで、赤信号で立ち止まった。

 

「あの、10年前のことなんだけどさ、」

 

私は息を大きく吸って、答え合わせを始めた。

 

続く。

10年来の友人と結婚する世界線の話⑫

待ち合わせは平日の夜、会社の近くのバルだった。

 

数えてみると、あの衝撃から3年が経っていた。

もう恋愛感情はないが、ただ一人の友人として、この空白の期間に何があったのか知りたいと思った。

 

うまく話せるだろうか。

待ち合わせ場所に着くと、俄かに緊張した。

 

「久しぶり」

 

3年前と何も変わらずラフな格好で現れたタクヤは、会って早々、片手に下げていた白いビニール袋を私に差し出した。

 

「昨日フライトでXXX(海外)行ってたから、おみやげのお菓子」

 

袋を受け取ると同時に、つい左手の薬指を目で追った。

指輪はなかった。

 

「ありがとう。こんなご時世でも国際線飛んでるんだ?」

 

「お客さんなしで、貨物だけね。揺れても何も気にしなくていいから楽だよ」

 

「そうなんだ」

 

それから私は転職や引越しの話をして、界隈のグルメ情報などをお互いに共有し合った。

 

「外食ばっかりなの?」

 

私が尋ねると、彼はこう答えた。

 

「牛丼と蕎麦とコンビニのルーティーンだね。たまにあの交差点のとこにあるイタリアンも行く」

 

「あ、あそこ美味しいよね」

 

話を聞きながら思った。

女子供の気配が1ミリもない。

 

これはもう、完全に、離婚確定だ…!!!

 

だからといってじゃあ付き合いたいとかそんな願望は一切なかったが、それでも彼が黙って結婚したという事実を、どうにか本人の口から引き出したかった。

 

聞きたい。

もうダイレクトに、聞いてしまいたい。

いや、聞け。聞くんだ海苔子!!!

 

頭の中に別人格が現れ必死に励ましたが、どうしてか私の口からは、どうでもいい話しか出てこなかった。

 

当時はちょうど”まん延防止等重点措置(通称マンボウ)”期間で、全ての飲食店が21時に閉店を強いられていた。

 

19時に集合してきっかり2時間で追い出された私たちは、あてもなくぶらぶらと歩いた。

 

冬と春の境目のような時期だった。

肌寒かったのでコンビニで温かいお茶を2つ買い、なんとなく橋の下に降りて座り、ちびちびと飲んだ。

 

聞け。

聞くんだ。

 

…駄目だ、なんも言えねぇ。

 

頭の中で何度繰り返しただろう。

 

私はその日、結局何も聞き出すことができず、ただ現在のタクヤに妻や彼女はいないという確信だけを得て帰宅した。

 

まぁいいか。

近所の飲み友達として、またお互い気が向いたら会えばいいか。

 

タクヤの方も、きっと同じ考えだったのだと思う。

 

それ以降、特に誘うことも誘われることもなく、近所に新しくオープンした店の情報をたまに送り合ったりするだけの、薄い関係がしばらく続いた。

(※私がTinder芸人と化したのは、ちょうどこの時期である)

 

状況が変わったのは、それからさらに2年以上が過ぎてからのこと。

 

コロナがだいぶ落ち着き、私は久しぶりに友人と海外旅行に行くことになった。

 

出発の2日前に天気予報を見ると、東京と目的地は晴れだったが、間に台風があった。

 

<こういう場合って迂回して飛ぶのかな?それとも欠航?>

 

友人とLINEをしていて「ちょっとパイロットに聞いてみよう」という話になり、私は久しぶりにタクヤに連絡をした。

 

彼はすぐ返信をくれた。

 

<迂回できたらするし、できなかったら突っ切る。それで欠航になることはまずないから大丈夫!>

 

<突っ切るの?怖…!でも飛ぶならよかった。ありがとう>

 

<てか久々に飲まない?>

 

数年前、何も聞けなかった肌寒い夜を思い出した。

 

さすがに時効かな。

今なら、聞ける気がする。

 

<うん、ぜひ。おみやげ買ってくるよ。帰国したら連絡する>

 

そうして私たちは、再び会うことになった。

 

続く。

10年来の友人と結婚する世界線の話⑪

一切の希望を無視して私を大阪へ送り込んだ人事部は、それ以降、なぜか優しかった。

私は希望を出す限り大阪にいられたので、なんやかんや自分の意志で6年もいた。

 

まさかの沖縄へ転勤になった彼氏とは呆気なく終わったが、やりたかった仕事が全部できて、愛してやまない芸人をたくさん取材できた大阪ライフは、心から幸せだと思える期間だった。

 

もう大阪でできることはやりきったなとようやく感じた6年目の終わり、私は新幹線の片道切符を買い、東京本社に戻った。

 

ちょうどその頃、新型コロナウイルスが流行っていた。

 

忘れもしない、3月の終わり。

東京に向かう新幹線の車両には私ひとりしか乗っておらず、新居の鍵を取りに久々に降り立った渋谷はゴーストタウンだった。

 

せっかく東京に戻ったのに誰にも会えず、部署を異動したこともあって仕事も暇だった。

 

転職をしようかな。

 

そんな考えが頭を過り、私はコロナ禍に人生で初めての転職をして、次の会社の近くに引っ越した。

 

それから半年が経ち、新しい職場に慣れ始めた頃、ふとタクヤのことを思い出した。

 

そういえば、あいつの家は、たしかこの辺ではなかったか…?

 

大阪で飲んだ時、彼が「今XXに住んでる」と言っていたその街に、私は偶然いた。

 

久しぶりにFacebookを開きタクヤの名前を打ち込み、変わらないプロフィール写真をタップした。

タイムラインを見て、おや?と思った。

 

「入籍しました」の投稿が、消えている。

 

忘れもしない嫁の名前も、旧姓を含め検索してみたが、ページさえ出てこなかった。

 

もしや…離婚した??

 

あの衝撃から時間が経ち、一人のサイコパス・フレンドと化したタクヤを内心面白がっていた私は、久しぶりに彼に連絡してみることにした。

 

<久しぶり。実は東京戻ってきて、転職して今XXで働いてるんだけど、タクヤってまだXXに住んでる?>

 

<マジ?会社どのへん?>

 

Google Mapにピンを刺して送ると、すぐに返信が来た。

 

<目の前の◯◯(マンション名)に住んでる笑>

 

会議室の窓からいつも見ていたマンションに、彼はいた。

 

こんなこと、ある?

 

もうタクヤに対して恋愛感情など1ミリもなかったが、やはり縁のある人だなと思わずにはいられなかった。

 

<びっくり笑 ご時世的に難しいかもだけど、またタイミング合えばごはんでも行こ>

 

<俺、フライトの度にPCR受けてるから、むしろ堂々と飲めるよ笑>

 

マジか。

え、どうしよう。

 

そうして私たちは、数年ぶりに再会を果たすことになった。

 

続く。

10年来の友人と結婚する世界線の話⑩

その日は眠れぬ夜を過ごしたが、年末年始休暇だったため、友達に会う予定が大量にあったのは幸いだった。

 

「結婚したことを黙ってるようなヤバい奴と、海苔子が結婚しなくてよかった」

 

親友(以下A子)にそう言われたとき、その通りかもしれないなと思った。

 

私は気になっていたことを、A子に聞いてみることにした。

 

「でもひとつ不思議なのがさ、タクヤはあの投稿を見られたくなくてLINEの名前を変えたわけじゃん?それなら投稿を全体公開にしなきゃよくない?他の投稿は見られないから、やり方を知らないとかじゃないと思うんだよね」

 

「うん、私もそこ気になってた。矛盾してるよね。奥さんタグ付けまでして」

 

私たちはこの矛盾についてしばらく考え続けたが、結局答えは出なかった。

それでもA子と話せば話すほど、心が軽くなっていくのを感じた。

 

数日後。

A子から突然「いま電話できる?」とLINEがきて、私は通話ボタンをタップした。

 

「海苔子、あの謎が解けたかも」

 

彼女の仮説はこうだった。

 

パイロットは1年の半分が外泊のため、浮気しようと思えばいくらでもできる環境にある。

それを心配したタクヤの妻が、浮気防止のため「Facebookに全体公開でこういう投稿をしろ」と指示したのではないか?

彼が渋々それに従ったならば、全体公開したことも、わざわざ妻をタグ付けしたことも、そしてLINEの名前を変えたことも、全て筋が通るー

 

「探偵かよ」

 

いつしかタクヤに言われた言葉を、私はA子に返した。

 

「その通りだと思う。すごいよA子」

 

「私も自分で天才かと思った笑」

 

「ずっと悲しかったけど、なんかだんだん腹立ってきたな」

 

「今度会ったらガツンと言ってやりなよ」

 

「でもさ、私が知ってるってことを彼は知らないわけじゃん?Facebookこっそり見たとか言えないし」

 

「そっか。たしかに…。今度いつ会うの?」

 

「決まってないし、誘われても行かないかもなぁ…」

 

年が明け、休暇を終えて私は大阪に戻った。

 

会社では、次年度の異動希望を出すタイミングが近づいていた。

 

私が大阪で仲良くなった人の多くが転勤族で、当時付き合っていた彼氏もまたそうだった。

東京に戻る一択の私と違い、4月には47都道府県どこに行くかわからない状況の彼との未来が見えず、雲行きが怪しくなり始めていた。

 

もし、タクヤと付き合う可能性が少しでもあったならば、私はひょっとすると、東京に戻る選択を視野に入れていたかもしれない。

 

でも、その可能性はゼロになった。

今の彼氏とは別れるかもしれないが、それでも圧倒的に仕事が楽しい大阪に、もう少しいたい。

 

私は迷わず ”現職を希望” を選択した。

 

1月の半ば頃。

 

<1月◯日、大阪ステイなんだけど、ごはん行ける?>

 

何も知らないタクヤから、食事の誘いがあった。

 

スケジュールを見ると、その日はたまたま出張が入っていて、悩むまでもなく物理的に不可能だった。

 

<出張で大阪にいないや>

 

<そっか、残念。また連絡する!>

 

どの面さげて、言ってんの?

 

このとき出張がなければ、私は会いに行っただろうか。

言いたいことをぶちまけられただろうか。

それは今でも分からない。

 

しかし、タクヤの方もまた、新婚というステータスに後ろめたさが芽生えたのだろう。

 

それ以降、食事の誘いは途絶えた。

 

続く。

10年来の友人と結婚する世界線の話⑨

何食わぬ顔で待ち合わせ場所に向かい、乾杯してすぐ、私はぶっ込んだ。

 

「あのさ、マッチングアプリとかやってる?」

 

「え?笑 なに急に。やってないよ」

 

「じゃあ何でLINEの名前変えたの?」

 

「あー…別に理由はないよ。なんとなく」

 

「怪しすぎる」

 

「いや本当だって。訓練中、海外で同期がやってるの見て面白そうだなーとは思ってたけど」

 

「あ、分かった。パイロットって地方に泊まること多いじゃん?現地で引っかけた女の子に本名知られて、会社名バレると都合が悪いからだ?」

 

「探偵かよ笑 そんなに遊んでないし」

 

「いや絶対そうじゃん!」

 

こんなやりとりをしばらく続けたが、結局タクヤは理由を教えてくれなかった。

 

しかしこの日。

恋愛の話を不自然に避けてきた私たちが、初めて片足だけ突っ込めたような、そんな感覚があった。

 

12月の寒い夜だった。

 

飛行機は季節風の影響を受けるため、同じ区間でも夏と冬では飛行時間が変わる。

パイロットはそれで季節の変化を感じるのだと、私はこの日、タクヤに教わった。

 

年末に差し掛かった頃。

仕事を納めて年末年始休暇に入った私は、翌日からの帰省の荷造りを終えて、暇を持て余していた。

 

空白の時間にふと、タクヤのことを思い出した。

 

アプリはやってない。

でも、本名を知られると都合が悪い。

 

つまり、検索されると困るものが、ネットに出ている…?

 

なんとなくスマホFacebookを開き、タクヤの名前を打ち込んだ。

 

私たちはFacebook上の友達ではなかったが、お互いFacebookをやっているということは知っていて、私はその昔、彼のプロフィールをこっそり見たことがあった。

 

投稿しない主義なのか、友達だけ公開の設定にしているのかわからないが、その時のタイムラインがほとんど空っぽだったことを覚えていた。

 

見覚えのあるプロフィール写真を、タップする。

 

タクヤのプロフィールに飛ぶと、タイムラインの一番上に、新しい投稿が見えた。

 

<11月◯日、XXXXさんと入籍しました。>

 

絶句した。

 

添付された写真の、タクヤの隣には私の知らない女性がいて、二人揃って薬指に指輪を嵌めた左手の甲をカメラに向けていた。

 

え…?先月…?

何で?

10月も12月も会ったよね?

その間に結婚してたの?

何で?

何で何も言わなかったの?

 

私を友達と思っていたなら、何で教えてくれなかったの?

あなたにとって私は、何だったの…?

 

殴られたような衝撃が走り、頭が熱かった。

 

夢であってくれ。

いま目に映るこの景色が、どうか全部夢であってくれ。

 

そう祈りながら、ご丁寧にタグ付けされたタクヤの妻のプロフィールに飛んだ。

プロフィールを見る限りはあまり特徴のない女性で、私はますます分からなくなった。

 

何で?

え、何でよ。

 

続く。