俳優志望の京大数学オタク

京大卒、ベンチャー企業勤務、31歳。名前はユウキ(仮)。

 

<世界一周しました。エピソードの弱い国を中心に二周目を狙ってます>

 

旅先で撮影された写真に写るユウキは、キャラの濃さに反して特徴のないプレーンな顔立ちをしていた。

 

<エピソードの強い国ってどこ?>

 

尋ねると、ユウキは500字ほどのエピソードトークを送ってきた。

なるほど、面白い。

 

私も負けじと強いエピソードで返し、しばしエピソード合戦が続いた。

 

<海苔子さん、飲みに行きませんか?場所時間は合わせます>

 

敗北を察したのだろうか。

早々とユウキに誘われた私は、平日の夜、指定された居酒屋に向かった。

 

ユウキは先に着いて座っていた。

 

「仕事終わりですよね?来てくれてありがとうございます」

 

写真のままの、解散5分後には忘れてしまいそうな特徴のない顔立ち。

だけど、低く落ち着いた声が印象的だった。

 

ハイボールで小さく乾杯をして、私はさっそく尋ねる。

 

「ユウキ君も仕事終わりだよね?何の仕事してるの?」

 

「IT系の会社でプログラマーと、それとは別に舞台俳優をやってます。公演の間は仕事ができないので、正社員じゃなくて時給で働いてるんですけど」

 

こんなに特徴のない顔で俳優か。

エキストラなら需要ありそうだが。

 

うっすらそう思いつつ、同時に私は、ユウキがTinderを使う目的に仮説を立てた。

 

もしかしてだけど~

もしかしてだけど~

公演チケット買ってくれる人を探してるんじゃないの?

 

酒のせいだろうか。

脳内でどぶろっくが歌った。

 

私はお前の顔ファンにはならんぞ?と若干の警戒心を抱きつつ、ユウキの経歴を尋ねる。

 

「出身は熊本で、大学は京都で数学を専攻してました」

 

「数学?珍しいね」

 

「子供の頃、本屋で好きな本を一冊買ってあげるって親に言われて数学の問題集を選ぶくらい、ずっと数学が好きだったんですよ」

 

「すごい。パズル感覚だ」

 

「そう。でも大学の数学は解けて気持ちいいとかそういう次元じゃなくて、もはや哲学なんですよね。面白くなくなって、エンタメが好きだったので卒業後はXXX(関西のテレビ局)に入りました。でも裏方より演者をやりたくなって、テレビ局辞めて声優の学校に入って」

 

なかなかの迷走っぷりである。

 

「なるほど。いい声してるなって思った」

 

「ありがとうございます。声優の学校って、授業で身体を使った演技をちゃんとするんですよね。まずそれができないと声だけの演技は難しいので。それで舞台役者もいいなぁって思い始めて、上京してきました。今はベンチャーで働きながら、年に2回くらい舞台に立つ生活です」

 

手に負えない迷走っぷりである。

 

「最終的には舞台役者一本で食べていきたい、って感じ?」

 

聞くと、ユウキは真顔で言った。

 

「理想は、芸人です」

 

「ん?」

 

「漫才やりたいんですよね。でもダウ90000っているじゃないですか?ああいうコメディユニットにも憧れがあります。とにかくお笑いがいいです」

 

京大を出て、31歳で芸人を目指し始める。

そんな人生があってもいいだろう。

本人に可愛げがあれば、きっと応援してくれる人もいるだろう。

 

しかし私は、ユウキを2時間ほど観察して気づいていた。

 

この子はものすごくプライドが高い。

 

見た目含め、おそらく舞台には向いてない。

 

「そっかそっか。ダウ9000面白いよね」

 

私は「頑張って」とも「やめとけ」とも言えず、曖昧なリアクションで場を濁した。

 

店を出る際、ユウキは「僕がお誘いしたので」と奢ってくれた。

 

もしかしてだけど~

もしかしてだけど~

チケット売るための先行投資なんじゃないの?

 

脳内のどぶろっくは未来を憂えていて、完全にキャラが崩壊していた。

 

しかし意外にも、ユウキは連絡先を聞いてこなかった。

数日後にはTinderからも消えていた。

 

私は公演のお誘いを断らずに済んだことに安心しつつも、何か傷つけるようなことを言っただろうかと少し気になってしまった。

 

「ユウキ君、芸人のラジオは聴いてる?」

 

「○○とXXXはずっと聴いてますね。海苔子さんは?」

 

「一緒!投稿してる?」

 

「いや、さすがに。え、投稿してるんですか?」

 

「○○は7回読まれたことあるよ」

 

そう言った時、ユウキの笑顔が一瞬だけ引き攣ったのを私は見逃さなかった。

 

有り余る大喜利センスで、彼をビビらせてしまったのだろうか。

もしかしてだけど。

俳句を詠む関西弁男

学歴、職業不詳、29歳、名前は幸彦(仮)。

 

私はこれまで、学歴と職業が両方書かれていない人を全て避けてきたが、幸彦のプロフィールに書かれた一文に心を掴まれた。

 

<文学とお笑いの話なら永遠にできます>

 

スマホの小さな画面から漂うサブカルクソ男の匂い。

黒髪マッシュで鼻が高く、顔がタイプだった。

 

ちょっと会ってみたい。

 

マッチングして文学の話を振ると、幸彦は丁寧な返信をくれた。

 

<海苔子さんは○○○って読んだことありますか?あれに収録されたXXXXという掌編がすごく好きで>

 

幸彦が挙げたのは、とある作家のコアなファンしか手に取らないであろうマニアックな作品。

そして私が一番好きな掌編だった。

 

これは…運命では?

 

我ながらおめでたい思考回路だが、あの作品の魅力を共有できるというだけで、とても良い関係を築けそうな予感がした。

 

話をすすめるうち、幸彦の文章はタメ口になり、徐々に関西弁が出始めた。

 

<よかったらお茶か飲みにでも行かへん?>

 

<いいよ>

 

私は即答し、浅草の喫茶店で待ち合わせることになった。

 

幸彦は写真のままのシュッとしたイケメンだったが、世間的にオシャレと呼ばれるのかわからない独特なファッションに身を包んでいた。

 

チャットで趣味の話ばかりしていた私たちは、まるで昨日も会ったクラスメートのように「あの番組観た?」という話題で盛り上がった。

 

会話は楽しかった。とても。

 

しかし私はすぐ、あることに気づいた。

幸彦のイントネーションが、完全に関東のそれなのである。

 

「あれ、関西弁じゃないんだ…?」

 

聞くと、幸彦はあっさりと答えた。

 

「生まれも育ちも埼玉だけど、じいちゃんが大阪に住んでたから、たまに関西弁が出るんだよね」

 

…じいちゃん?

薄い。

薄すぎる。

フグ刺しくらい薄いわ?

 

幸彦のエセ関西弁が確定したその瞬間、私の心はキンキンに冷えた。

努力して方言を矯正した地方出身者にとって、エセ方言ほど腹の立つものはない。

 

それでも幸彦の顔と感性が好きだった私は、もう少し様子を見ようと決めて、さらに話題を振った。

 

「幸彦君は自分で何か創ったりはしないの?」

 

「小説は1回挑戦したけど最後まで書けなかった。唯一続いてる創作は、俳句だけかな」

 

「俳句?」

 

「うん。俳句専用のTwitterアカウント作って、ほとんど毎日つぶやいてる」

 

目の前の冷凍フグ刺しが、ほんの少し解凍された。

 

「見たい。見せて」

 

「嫌だよ」

 

「私は去年、小説のコンペで3次選考まで残ったから、そのうちデビューするよ。今のうちに恩を売っといた方がいいよ?」

 

冗談で言ったつもりだったが、幸彦は真に受けたらしい。

 

「△△△って検索したら出ると思う。恥ずかしいから後で見てよ」

 

普通にアカウント名を教えてくれた。

LINEを交換して解散するやいなや、私は電車で幸彦の俳句アカを探した。

 

フォロワー数は2桁、毎日俳句だけをつぶやくストイックなアカウントだった。

つまり、あまり面白くはなかった。

解凍しかけたフグ刺しを、私は再び冷凍庫にぶち込んだ。

 

だけど私は、アカウント名を教えてくれた幸彦を素直に尊敬する。

何かを創って、それを発表すること自体が、とても勇気のいることだから。

 

もう会わないであろう幸彦に、私も一句捧げよう。

 

偽筆にて

凍てつくフグ刺し

夢の跡

 

お後がよろしいようで。

休職中の外資コンサル(後編)

前編はこちら↓

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それから約1ヶ月ぶりに、居酒屋で再会した私たち。

ダビデはさっぱりとした顔をして、前回会った時よりも元気そうに見えた。

 

「体調よさそうだね。仕事どう?」

 

聞くと、ダビデは少し表情を曇らせた。

 

「復職はしたんですけど、とりあえず残業なしで出来ることだけやる、みたいな感じになってて。プロジェクトは変わってないので、精神的にはやっぱりしんどいですね。まだ薬も飲んでます」

 

「そっか。でも前に会った時よりかなり元気そうだよ」

 

「体調はよくなりましたね。あと、海苔子さんに会ってから人生変わりました。本当に。自分でもびっくりしてます」

 

「え、何が?そんなに?」

 

「本を薦めてもらってから、仕事100だった生活にちょっと隙間ができたというか。違うことを考える余裕が生まれたというか」

 

「本が響いたならよかったよ。私は作者じゃないけど笑」

 

「人生って本当、わからないものですよね。いい大学出ていい会社入って真っ直ぐ生きてきたのに、30歳でつまずくなんて思いもしなかった。でも俺は本当に、海苔子さんに救われました」

 

私は困惑した。

自分がしてあげたことに対して、感謝の度合いがデカすぎたからだ。

 

「Tinderで1回会っただけの人にこんなに人生変えられるなんて、思ってもみませんでした」

 

カウンターでよかった、と思った。

本を薦めただけでこんなに感謝されても、私はどんな顔をしていいかわからない。

 

「本当にありがとうございました。それをどうしても伝えたかったんです」

 

大袈裟だよ、ダビデ

本を薦めたのは私だけど、読んで何かを感じる力は元からお前にあったものなのだから。

 

私は「よかった、よかった」と言って、それから取るに足りない話を3時間ほどして駅で解散した。

 

別れ際、ダビデは私に紙袋を差し出した。

 

「これ、ささやかながらお礼です。よければ食べてください」

 

小さな箱に入ったチョコレートだった。

 

後日そのチョコレートを食べるとあまりにも美味しかったので、私は何気なくネットでブランドを調べた。

一粒500円を超える高級品で、私が受け取った一箱は4000円するものだと知った。

 

…ん?

これはもしや、古風な愛情表現?

なんとも思ってない人に4000円のチョコあげる?

 

彼氏候補としてダビデを見ていなかった私はいささか複雑な気持ちになったが、あれから数ヶ月。

ダビデから特に連絡はない。

 

きっと彼は純粋に、私に人生を変えられたと思い込んでいて、そのお礼としての純度の高いチョコレートだったのだろう。

 

ならばそれでいい。

 

Tinderで人をひとり救った。

私もそうやって、ずっと思い込んでいよう。

休職中の外資コンサル(前編)

早稲田大学卒、30歳。

ほかは在住エリアを書いただけの、シンプルなプロフィールの男からこんなメッセージがきた。

 

<おすすめの本を教えてください>

 

私は仕事でも趣味でもめちゃくちゃ本を読む人間なので、よくこの質問をされる。

 

<ジャンルを指定するか、読んだ後どういう気持ちになりたいかを教えて>

 

<ビジネス以外で、でもちょっと頭を使う感じのものがいいです>

 

私は3冊、おすすめの本のタイトルに理由を添えて送った。

 

<ありがとうございます!全部買います>

 

出版不況の時代、私はこうして朝井リョウの本を30冊以上売ってきた。

朝井氏はそろそろ私にマージンをくれてもいいと思う。

 

それから2日後。

 

薦めた本を読んだという速読な彼から丁寧な感想文が送られてきて、<今週末、もし空いてたらお茶しませんか>と締められていた。

 

私は近所の喫茶店で、速読君に会うことになった。

 

<先に入りました。朝井リョウの本を机に置いてます>

 

約束の10分前、速読君からロマンチックな目印が届く。

 

目印を頼りに探し出した速読君は、目鼻立ちがはっきりした陶器みたいな肌の男で、さながら実写版ダビデ像だった。

 

同時に、私はダビデから漂う負のオーラを察した。

 

鬱病

 

どうしてか、一瞬でそんな気がした。

 

席に着いてコーヒーを頼むと、ダビデはあらためて本の感想を伝えてくれた。

 

ダビデ君、読むの速いんだね。気に入ってもらえてよかったよ。仕事は何してるの?」

 

「XXXでコンサルやってます。でも実はいま休職中で時間があって、それで本ばかり読んでて」

 

あ、やっぱり。

 

「何かあったの?」

 

アサインされたプロジェクトにどうにも情熱を注げなくて、ちょうどそのタイミングで取引先と揉めて、眠れなくなってしまったんですよね。上司にしばらく休めって言われて、休みながら転職活動もしてるけどなかなか難しいです」

 

「いまも寝れてないの?」

 

「病院で薬をもらっているので、睡眠薬を飲んで寝てます。初対面なのに重たい話ですみません」

 

それから私はカウンセラーのように、ダビデの話をひたすら聞いた。

話せばきっと、少しは楽になる。

そう思ったからだ。

 

私はダビデの顔が全くタイプではなかったし、下心など1ミリもなかったが、それでも目の前に苦しんでいる人がいれば、楽にしてあげたかった。

 

ひと通り話を聞き終わり、私はダビデに言った。

 

「でもさ、Tinderで知らない女性に会うくらいには元気が残っててよかったよ。知らない人に会うってめちゃくちゃエネルギーいるじゃん?」

 

「実は実際に会うの、海苔子さんが初めてなんですよ。話しやすい人で本当よかったです」

 

気づけば私たちはコーヒー1杯で2時間もねばっていた。

 

「そろそろ出ようか」

 

私が言うと、ダビデは「あの、ここを出る前に」と止めた。

 

「おすすめの本を10冊教えてくれますか?休職中に全部読むので」

 

私は精神科に通うダビデの状況を鑑みて、様々なジャンルをバランスよく入れながらその場で10冊を選んだ。

鞄からメモ帳とボールペンを取り出し、なぜか記者スタイルでメモを取るダビデ

 

そしてLINEを交換し、別れ際。

ダビデは空を仰いでこう言った。

 

「あー、なんかすごく元気が出ました。人と話すって大事ですね。本当にありがとうございました!」

 

なんだか人助けをしたような気持ちになり、私も嬉しかった。

 

ダビデから再び連絡があったのは、それから1ヶ月後のこと。

 

<おかげ様で復職しました。話したいことがあるので、また会えますか?>

 

後編はこちら↓

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【番外編】三ノ輪の「喫茶オレンジ」で除霊された話

東京の北に、すごい占い師がいる喫茶店があるらしい…

完全予約制だけど、ドリンクとフード1品ずつ頼むだけで、占ってくれるらしい…

 

そんな噂を聞きつけた10月某日。

 

いっちょ恋愛運でもみてもらうか。

と思った私は電話で予約を入れ、友人を誘って三ノ輪というマイナーな駅に降り立った。

 

着くとそこには、ザ・昭和レトロな外観。

※店内は撮影禁止

中に入ると、おばちゃんが迎え入れてくれた。

奥のソファ席には、白いカッターシャツにピンクのネクタイを締めた色黒の男性が座っている。

 

「占いは一人ずつだから、先に占う子はあの席へ行ってね」

 

おばちゃんにそう言われ、私が先に行くことになり奥のソファ席に座った。

色黒の男性と向かい合う。

年齢は60代だろうか。

マスクをせずフェイスシールドだけで、目つきの悪い強面だ。

 

「手相を見るから、まずアルコール消毒して」

 

掌に垂らされた消毒液を両手にささっと馴染ませると、占い師は真顔でこう言った。

 

「何それ。見るのやめるよ?」

 

え…?

 

状況が理解できずキョトンとしていると、さらに真顔で続けた。

 

「今から手を見るって言ってるのに、その消毒の仕方、ふざけてるの?あなたも、そこで待ってる友達も、見るのやめるよ?」

 

き、キレてるー!!!!!!

こえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!

そんなに言うなら、まずお前がマスクしろよ!!!!!!

 

そう思いながらも、顔が怖すぎて謝罪以外の選択肢はなかった。

 

「…すみません」

 

「何その返事。子供?」

 

「…」

 

「気持ち悪いマスクして」

 

この日、私は黒いマスクをしていた。

 

もうやだ、帰りたい。

占い自体は無料とはいえ、一応こっちは喫茶店の客だ。こいつはどうかしてる。

 

「申し訳ありませんでした!!」

 

体育会系の勢いではっきりと謝罪すると、占い師は機嫌を直した。

 

「良い返事。やればできるじゃない」

 

それから生年月日を聞かれ、厄年がどうのこうのという話をサラッとされ、左手の手相を見られた。

 

「結婚はしてる?」

 

「いいえ」

 

「彼氏は?」

 

「いません」

 

「でしょうね。結婚線が乱れまくってる」

 

「…はは」

 

私が苦笑すると、占い師は再び真顔でキレた。

 

「何で笑うの?あなたの話をしてるのに」

 

地雷多すぎワロた。(笑えない)

 

占い師の言い方は終始、先に私の答えを聞いてから「でしょうね」というスタイルだった。

おい、それなら私にだってできるぞ?

答えを聞く前に当ててこいや、おら。

 

正直ムカついたが、またキレられるのは勘弁だったので、オーバーリアクション気味の「良い返事」を心がけた。

 

すると、突然占い師の自分語りが始まった。

 

元格闘家であること。

毎日筋トレしてること(ここで上腕二頭筋をさわれと言われる)。

息子が店をやっていて行列店であること。

夫婦円満自慢。

奥さんとお互い一目惚れだったから、本気を見せるために最初の2年間は体の関係をもたなかったこと。

 

これは占いなのだろうか?

占いって、お客さんの話を聞くものじゃないの?え?

 

怒られたくなかった私は「すごいですね!」と接待モードに徹していたが、占い師の自分語り9割で時間は50分ほど経過していた。

 

いや長いわ!!!

 

と言えばウケるであろうタイミングが2カ所あった。

 

すると、カウンターの奥から、おばちゃんの声がした。

 

「時間すぎてる!」

 

ここの占いは何しか人気で、次の予約がパンパンらしい。

 

占い師はようやく自分語りを終了し、私の話に戻した。

 

「手相はすごく良い。大殺界のない手相をしていて、これは6、7%しかいない。何してもうまくいくけど、経営だけはダメだね。良い出会いは36か37歳」

 

「けっこう先ですね」

 

「でも、子供は42、43歳まで大丈夫。変なのと付き合って別れるよりいいでしょ」

 

「はい」

 

「それから、赤かピンクの服を着なさい。黒マスクはやめて白にしなさい」

 

「わかりました」

 

「最後に、あなたには守護霊1体と浮遊霊1体がついてるから、除霊します」

 

突然、儀式的なものが始まり、一瞬で終わった。

 

「これで悪い霊はいなくなったけど、放っておけばまた憑くから、数珠をつけておきなさい。効果は2~3年で切れるから、定期的に買い替えること。うちでもそこのカウンターで原価で販売してるから、よければ見てって」

 

お!数珠買わされるパターン!?と思ったが、売り込みはその一言だけで控えめなものだった。

 

占いが終わりカウンター席に移動すると、事前に注文していた「サービスセット」が出てきた。

バナナジュースとホットドッグ、サラダ、目玉焼きで800円。

味はいたって普通だが、安い。

 

食べている間、私の友人が奥の席に移動して、占いが始まった。

店内はテレビがついていたが、友人の占いを聞こうと耳をそばだてる。

 

全く同じ筋肉自慢をされていて、笑いそうになった。

 

おばちゃん(=占い師の奥さん)はよく喋る人で、ひとりでサービスセットを食べる私にちょこちょこ話しかけてきた。

 

宮崎あおい二階堂ふみの見分けがつかないのよ。あと福士蒼汰中川大志

 

「あはは、わかります」

 

「あ、やだ、もうこんな時間。ちょっと買い出しに行ってくるから、店番しててくれる?すぐ戻るから」

 

「はーい…笑」

 

昨今の都会では味わえないアットホーム感、よきです。

茶店としていくならアリだと思う。

 

だけど占いはおすすめできないな、と思いながらチラリと友人の方を見ると、上腕二頭筋をさわりながら「すごーい!」と接待していた。

 

巻き込んですまんかったな、やさしき友よ。

上京したての金融マン(後編)

前編はこちら↓

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吉岡とのLINEはその後もずっと続き、さらに2回飲みに行った。

 

毎回楽しい時間を過ごし、相変わらず吉岡は私にお金を出させようとしなかったが、どうにも会話に色気がない。

恋愛の話を振ると答えはするが、私に聞き返してこないのである。

 

4回目に会った夜、いよいよ私はぶっ込んだ。

 

「吉岡君は彼女ほしいとか思わないの?」

 

「うーん…。仕事の状況的に、いてもコミットできないので」

 

ん、ライザップ?

 

彼女にコミットできる状況じゃないと、お前は付き合わないわけ?

というか、私とこの頻度で会って連絡を取り合っている状態は、付き合ってるのと大差ないと思うが?

まさかの飲み仲間ガチ勢?

じゃあ何で奢ってくれるの?

 

聞きたいことは山ほどあったが、あまりツッコまない方が良い気がしたので「そっか」と会話を終わらせた。

 

転職したての彼は、いまは仕事にコミットしたいのだろう。

「彼女に何かしてあげなきゃ」というプレッシャーを避けたいのだろう。

 

でも、すぐに付き合ってすぐに終わるよりは、友達期間を作ってちゃんと仲良くなるパターンの方が良いかも知れない。

 

私は吉岡との関係構築に時間をかけようと決めた。

 

ちょうど吉岡の誕生日が近かったので、「今度こそ私の奢りで」と伝えて次回の候補の店を2つ送ると、彼はそのうち1つを選んだ。

 

当日、吉岡はとても喜んでくれて、帰ると丁寧なお礼のLINEをくれた。

 

<今日は本当にありがとうございました!最高の31歳の始まりです。>

<次は僕がご馳走しますね。せっかくなので、候補に挙げてくれたもう1つの方の店に行きましょう。楽しみにしてます!>

 

よかった、よかった。

こうして私たちの関係はゆっくりと深まり、いつか彼が「コミットできる」と思った

瞬間、もしかすると発展するのかも知れない。

 

私はそんな淡い期待を抱き、返信を質問で締めることで会話を続ける意思表示をした。

 

だが、しかし。

 

その返信は、初めて既読スルーされた。

1ヶ月ほど経ってもう一度連絡をしてみたが、今度は既読にさえならなかった。

 

私が何をしたというのだろう。

 

気づかぬうちに何かやらかしてしまった?

いや、元から誕生日が終わったら切ろうと考えていたのか?

もう会わないつもりだったなら、「次は◯◯行きましょう」という最後のLINEは何だったの?

あの次の日に、運命的な出会いでもあったの?

 

私はこの未読スルーに、自分でも驚くほどのダメージを喰らった。

永遠に解けない謎を心の片隅に置いて生きるくらいなら、はっきりと傷つく方がマシだ。

 

「美の基準なんて時代によって変わるすごく曖昧なものじゃないですか?だからあまり外見に囚われたくないんですよね」

 

初めて会った日の吉岡の言葉を、ふと思い出す。

 

心の目で私を見た結果がこの行動なら。

 

マジで見る目ないな、お前。

上京したての金融マン(前編)

名古屋大学卒、30歳、仕事は外資系金融、身長182cm。

名前は吉岡(仮)。

 

ラソン大会に出た時の写真に写る彼はいかにも真面目そうで、「サークルで5番目にイケてる先輩」の雰囲気を醸し出している。

 

<引っ越したばかりです。近所の散歩仲間、飲み仲間を探しています>

 

プロフィールにはそうあったが、メッセージは初めから長文で積極的だった。

家が一駅分ほどしか離れていなかった私たちは、ある土曜の夕方、近所のカフェで会うことになった。

 

現れた吉岡は決してダサくはなかったが、どことなく田舎者のオーラを放っていた。

 

背高いし、顔も悪くないし、磨けばめちゃくちゃ光そう。

プロデュースしてぇ。

Before Afterを撮影してインスタのリールに流してぇぇ。

 

内心そんなことを思いながら、何食わぬ顔でコーヒーとプリンを頼む。

 

吉岡が見るからに緊張していたので、私はあえて「緊張してる?笑」と聞いた。

 

「はい。まだ東京に引っ越して2週間しか経ってなくて、Tinderで会うの初めてなんですよね」

 

どうやら彼は、本物の田舎者らしい。

 

「前はどこにいたの?転職か何か?」

 

「あ、そうです。出身は岐阜で、大学は名古屋でそのまま就職して、2週間前に転職で上京してきたばかりで」

 

「そうなんだ。初めて会うのが顔出してない人って、勇気あるね」

 

「海苔子さんとは話が合いそうだったから。それに、美の基準なんて時代によって変わるすごく曖昧なものじゃないですか?だからあまり外見に囚われたくないんですよね」

 

なんと美しい価値観だろう。

こいつはちょっと、普通じゃないかもしれない。

 

それから1時間強、本の話や近所のおいしい店などを共有し、私はバンドのライブに行く予定があったので解散した。

 

解散するやいなや、吉岡からLINEが届いた。

 

<今日はありがとうございました!ライブ終わったら、感想送ってくださいね>

 

この日私が観に行くと言ったバンドを、吉岡は知らなかった。

だからこの「会話を続けるための方便」に私はニヤけ、ニヤけてしまうほどには、吉岡に好感をもっていた。

 

夜、カフェ代を奢ってもらったお礼とライブの感想を送り、それからほとんど毎日連絡を取り合うようになった。

 

とはいえ、会った時間はほんの1時間ちょっと。

 

それほど多くの話題を共有したわけではなかったので、ネタに尽きた吉岡からのLINEはだんだんシュールになっていった。

 

<茄子がおいしい季節ですね>

<海苔子さんの好きな野菜は何ですか?>

 

何だこの質問。

ばあさんか?

 

色気のない会話をこなすこと2週間。

ようやく吉岡は飲みに誘ってくれた。

 

指定された店は、しっかりした食事を出すタイプのバーで、料理もお酒もおいしく、なぜ今まで知らなかったのだろう!と思うほど良かった。

 

会計を済ませた吉岡は頑なに私のお金を受け取ろうとしなかったので、「じゃあそこで何か買ってあげる」と近くのコンビニに入ると、彼は安い発泡酒を選んだ。

 

私も同じものを買い、飲みながら夜道を歩く。

 

なんだろうこの、ドキドキではない、長年付き合った後のような安心感は。

 

会うのが2回目とは思えない安らぎに、私は柄にもなく思った。

「結婚相手ってこんな感じなのかも知れない」と。

 

後編はこちら↓

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