香港で出会ったハイスペックこどおじの話③
ロビーに設置されたソファーに、彼はいた。
30代後半くらいだろうか。
身長165センチくらいの小さいおじさんだった。
Tinderに出てきたら秒で左スワイプするだろうが、しかしそれでも、私は直観した。
多分この人、信じて大丈夫だ。
さっそく二人で、地下鉄の駅に向かう。
香港空港からの道中、「暗くなる前にモンスタービルディングに行きたいから、カフェで待ち合わせるならその後、◯時くらいでもいい?」とDMで提案したところ、彼は「モンスタービルディングも一緒に行くよ」と言ってくれていたのだった。
聞きたいことが山ほどあったので、歩きながら尋ねてみる。
なぜ私をフォローしていたのか?
顔も名前も何も知らないのに、なぜ会おうと思ったのか?
よく東京に来るの?何をされてる方なの?
まとめると、トニーは香港生まれ香港育ち、アメリカの大学を出て、現在はアメリカの某メーカーでアジア統括みたいなポジションにいる40代のハイスペックおじさんだった。
出張で東京に行く機会が年に4回あるため、東京の飯情報を収集するために私をフォローしていたらしい。
「海外の友達が多いから、アテンドするのも新しい人に会うのも慣れてるんだよね」
コロナを機に香港の実家に戻り、現在は両親と暮らすハイスペックこどおじは、そう言いながら会社の名刺を取り出してくれた。
私は大昔に一度、家族旅行で香港に来たことがあった。
高い高いビルがギュッと密集する街並みに懐かしさを覚えながら、日系企業の看板の多さに驚く。
スシロー、コメダ珈琲、イオン、ドンキホーテ、サークルKサンクス。
見慣れた看板が並んでいると、日本にいるのか?と錯覚しそうになる。
駅に着き、「地下鉄の切符を買わなきゃ」と言うと、「タッチ決済できるクレジットカードがあればそのまま乗れるよ」とトニーが教えてくれた。
香港の地下鉄は、クレカがそのままSuicaに早変わりするのである。
何だこれ。便利すぎる。
世界中で採用しなさいよ。
感動しながら地下鉄に乗り、モンスタービルディングへ向かった。
トニーにスマホを渡して写真を撮ってもらった後は、オシャレなカフェでコーヒーをご馳走になり、香港式ワッフルが食べたいというとそこも連れて行ってくれて、その後はヴィクトリアハーバーに連れて行かれた。
夜景が有名な香港定番の観光スポットで、前回も家族で来た記憶があった。
ザ・香港な、煌びやかな夜景を眺めながら「ディナーはどうする?」と聞かれたので、先ほど通りすがりで見た、店の窓に大量に吊るされた鴨が食べたいと伝えた。
「あれは鴨じゃなくてガチョウだね。観光客向けの店と、ローカルな店とどちらがいい?」
「ローカルな方がいいです」
そしてトニーは、地元民で賑わうガチョウの店に連れて行ってくれた。
皮がパリッパリで身はジューシーで、スイートチリソースの合うこと合うこと。
あまりにも美味しくて感動して、今度また香港に来る機会があれば再訪しようと店の名前をメモした。
夜の8時前だった。
その日は朝5時起きだったので少々眠たくフライトの疲れもあり、そろそろホテルに戻ろうかなと言うと、トニーは私に尋ねた。
「地下鉄でもいいし、フェリーでも戻れるけどどちらにしますか?」
「フェリーって観光船のこと?」
「いや。公共交通機関の、地元民が乗るフェリーがあるんですよ」
トニーがまたもご馳走してくれて店を出て、フェリー乗り場まで二階建てのバスで向かう。
一日で、地下鉄、街中を走る電車、二階建てバス、そしてフェリーと、あらゆる乗り物体験させてくれていたことに気づいた。
フェリーは100円そこそこで乗れるローカルなもので(これもタッチ決済クレカで乗れる。香港は物価が高く、全体的に東京の2倍な印象だったが、なぜか公共交通機関は東京より安かった。)乗船すると間もなく、街中の空がライトアップされた。
「毎日夜8時にショーがあるんです。いいタイミングでしたね」
高層ビルが強い光を放ち、空が明滅する。
煌びやかな夜景を眺めながら、香港の風を浴びた。
何だこの夜は。
なぜ私はさっきまで知らなかったおじさんと、香港で夜景を見ているのだろう。
刺激的な時間の中で、同時に懐かしさも覚えていた。
出会う必要のない人と出会い、考える必要のないことをたくさん考える。
それが私にとっての旅だった。
大学生の頃、狂ったように一人で海外を放浪していたのは、こういうランダムな出会いが面白くて仕方がなかったからだ。
10分ほどの短い船旅を終えて、夜景を背景に、トニーと1枚だけ記念写真を撮った。
トニーはホテルの入口まで送ってくれた。
「僕は明日から仕事だけど、何か困ったことがあったらいつでも連絡してください」
「何もかもありがとう。おかげで楽しかったです」
トニーと別れ、ホテルの部屋に着くとすぐインスタを開き、彼をフォローバックした。
大学生のあの頃と違うのは、SNSが増えたことだ。
先日、私のTwitterはくだらない理由で炎上し、それはそれはたくさんの誹謗中傷を目にした。悪意に満ちたDMまで届いた。
クソみたいな世界だ、と思うことがしばしばある。
出会う必要のない人と出会い、考える必要のないことをたくさん考える。
旅とSNSは、少し似ているのかもしれない。
だけど、この人に出会えたから、アカウントを作ってよかった。
そう思う瞬間が確かにあった。
今回もまた、然りである。
<終>
香港で出会ったハイスペックこどおじの話②
メッセージの送り主のアイコンをタップすると、私と同じように飯の写真だけをアップしているアカウントが現れた。
アイコンの写真が遠目の本人で、遠目すぎて顔はよく分からないが、どうやら中国人男性のようだ。
アップされている写真は、なぜか東京の店が多い。
よく東京に来る中国人だろうか?
いつからか分からないが、私はその人にフォローされていた。
マッチングアプリをやりすぎて、写真やテキストを見ればかなりの確率でその人の人柄を予想できる変な特技を身につけた私は、直観した。
多分、この人は大丈夫。
とはいえ情報がなさすぎる。
私のアカウントと同様、名前も年齢も職業も国籍も、何ひとつ書いてなかった。
私<Where do you live?>
彼<I live in HongKong.>
それから私は、同行者の友人が病気になり、急遽ひとりで香港旅行に行くことになってしまったことを伝えた。
<明日の◯時(昼間)に香港国際空港に着きます。まずは九龍公園の近くのホテルに、荷物を置きに向かいます。もしあなたが空いていればコーヒーでもいかが?それか、その辺りの素敵なカフェを知っていたら教えてほしい>
気づけばもう夜中だったので、そんな内容を送りつけた後、すぐに眠った。
翌朝の成田空港でDMを開くと、
<え、今日じゃん!>みたいな返信が来ていた。
そして、到着日は日曜だったため、彼は予定が空いているとのことだった。
<すごくいいエリアに泊まるんですね。周りには素敵なカフェがたくさんありますよ。あなたの泊まるホテルまで迎えに行きましょうか?>
ホテルというキーワードに「大丈夫か?」と若干不安になったが、まあ昼間だし、わりといいホテルだったのでセキュリティも万全だろうと信じて、Yes, please.と返信した。
なんかすごい展開になった。
飛行機は定刻通りに飛び、香港空港に降り立つとすぐにeSIMを起動し、DMを開いた。
<いま空港に着きました!>
<ようこそ香港へ。私のことはトニーと呼んでください>
それからトニーは、空港からホテルまでの行き方や注意事項について、それはそれは丁寧に教えてくれた。
いい人すぎんか?逆に大丈夫か?
日中関係がこんなことになっているというのに…?
空港からホテルまではバスに乗る予定だったが、空港が広すぎてバス停の場所が分からず迷ってしまい、空港内のコンビニからたまたま出てきた40代くらいの女性に英語で話しかけた。
空港で働いているという香港人の彼女は、私に道順を教えるだけではなく、まあまあ遠いバス停まで一緒に歩いて連れて行ってくれた。
いい人すぎんか?なんか香港、大丈夫そう…?
外に出ると暑かった。
現在の気温は26度だと、先ほど機内のアナウンスで聞いた。
それからバスに乗り、1時間ほどでホテルに着いた。
チェックインしてちょっと休憩するか、と思った矢先、トニーから連絡が入った。
<いまロビーに着きました。でも、好きなタイミングで来てくれたら大丈夫ですよ>
疲れていたので正直もう少し休憩したかったが、しかし私は真面目なジャパニーズ。
人を待たせて平然としてはいられない。
<すぐ降ります!何を着てますか?>
<青いポロシャツです。夜は冷えるので、上着をお忘れなく>
私は最低限の荷物と上着を抱えて、ロビーに向かった。
続く。
香港で出会ったハイスペックこどおじの話①
久しぶりに編集部時代の後輩に再会したところ話が盛り上がり、12月に香港に行こう、と飛行機やホテルを手配したのが9月末のことだった。
まさか日中関係がこんなに悪化するとは夢にも思わず、毎日メールを開くたび、飛行機の欠航通知が来ているのはないかとそわそわしながら12月を過ごし、ようやく迎えた出発前日の朝。
どうやら飛行機は飛びそうだ…と胸を撫で下ろしながらパッキングをしていると、後輩からLINEが届いた。
<すみません!入院になりそうです>
昨日の夜まで、荷物にアレはいるかな?必要なアプリはDLした?と確認し合っていたので、あまりの急展開に頭が追いつかなかった。
聞くと、彼女は夜中から突然、救急にかかるレベルで猛烈に具合が悪くなり、どうやらウイルス系の病気にかかってしまい5日程度は安静が必要とのことだった。
旅行は絶望的だ。
飛行機の欠航に備えて二人とも安いキャンセル保険に入っていたので、慌てて規約を読み返した。
病気が理由のケースに関する箇所を読み込んだが、彼女の病状が該当するかどうか微妙なラインだった。
もし該当すれば「同行者が行けなくなった」ケースとして私も保険がおりるが、もし該当しなかった場合、飛行機代やホテル代諸々のおよそ15万円が無駄になる。
そしてそれは、後日発行される病院の診断書をもっての判断となるため、現時点では分からないという。
どうしようか。
私は学生の頃に一人で海外を放浪していたので、一人旅には慣れている。
だけどそれは「一人旅をしよう」と決めて旅程を組んだ場合の話であり、彼女ありきで旅程を組んだ今回は「こんなとこ一人で行って楽しいんか??」と不安になる行き先ばかりだった。
思い当たる友人、20人ほどに電話をかけまくった。
しかし、ほとんどが平日の4泊5日、「明日から香港行かない?」と誘って「行く~!」となる暇人など、働き盛りの30代社会人にいるはずもない。
いたとしても多分、私の友人じゃない。
全員に断られた結果、私は決めた。
一人で行こう。
現地でTinderをぶん回すのもいいだろう。
だけどその前に。
私はインスタを開いた。
食べたラーメンやカレーの記録だけを残すニッチなアカウントで、顔も名前も素性も一切載せておらず、フォロワーも多くはないが、海外の友人たちと繋がっていた。
友人の中に中国人はいないので、ワンチャン誰か奇跡的に旅行してたりしないかな…と一縷の望みをかけて、ストーリーにこう投稿した。
<Is anyone in HongKong?>
数時間後、返信があった。
<What’s up?>
知らないアカウントからだった。
続く。
ひとり合コンに参加した話
インスタに、また新しいサービスの広告が流れてきた。
男女2対2の合コンがセッティングされるサービス、The 4。
今のところ会場は恵比寿のみだが、行ける日時を選択するだけでメンバーのマッチングから店の予約まで勝手にしてくれるという。
アプリではなくLINEを使って操作するタイプで、事前審査があったので、簡単な個人情報と顔写真(審査用のみで公開はされない)を送ると、数時間で合格の返信が届いた。
※ユーザーを増やさなければならない黎明期、審査はかなりゆるそう。
私は現在、30代半ばである。
もうこの歳になると、合コンには呼ばれないし開催しようにも呼べる人がいない。
懐かしさすら覚える響きにワクワクしながら日時を選択すると、申し込んだ瞬間に「合コンが確定しました」との通知が来た。
同時にキャンセル料についての案内があり、私は金額を見て驚愕した。
確定後のキャンセルは3千円、前日16時以降のキャンセルはなんと9千円(!)だ。
なるほど、こうしてドタキャンを防ぐらしい…
店や参加メンバーの情報は前日の夜に送られてくるシステムだった。
私の元に届いた情報は以下の通り。
女性…34歳/広告関係
男性①…32歳/クリエイティブ
男性②…37歳/外資
男性のみ、それぞれのプロフィールに飛ぶと年収も公開されていて、二人ともそれなりに稼いでいらっしゃる方だった。
情報公開と同時に連絡が取れるようにチャットルーム(4人用のと、女性2人で話す用の2種類)が開き、店の情報に加えて「女性の集合場所」情報が続いた。
どういうこと?と思いよく読むと、女性は合コン会場とは別のカフェで30分前に集合し、軽く親睦を深めてから一緒に店に向かえという指示だった。
この時間、いらんなぁ…
自己紹介的な会話をしたところで、同じ話を30分後にすることになるのだから。
と思っていると、女性の方からチャットが届いた。
<すみません!仕事でちょっとギリギリになりそうなので、XX分に駅集合でもいいですか?>
歓迎!!!
そうして我々は恵比寿駅で待ち合わせた。
現れたのは、小柄でとても可愛らしい女性。
34歳には見えないし、コミュ力も高そうである。
「初めてですか?」的な会話をしながら会場の店に向かい、店に着くと、これも指示通り「The4田中です」と店員に告げた。(だいぶ恥ずかしい)
案内されたテーブルには、既に男性二人が着席して一杯飲んでいた。
※ちなみに、座り方も指示される。「The4座り」というネーミングよ。

男性①は岡崎体育を10キロ痩せさせたような目が細く腹の太い方。
男性②は顔が濃い目でちょっとギラつき感のある営業マン風である。
どちらも私のタイプではなかったので、合コンとしてはハズレ回の気配が漂ったが、4人いれば”飲み会”の雰囲気になるのが良い。
楽しむ準備はできていた。
「あれ、何時に着きました?」
なぜ二人とももう飲んでいるのだろうと気になり聞くと、男性陣はカフェ集合ではなく、店に早めに集合する指示が届いていたという。
こうして、男女それぞれ事前に親睦を深めさせる意図らしい。
全員分の飲み物が到着すると、ベーシックな自己紹介をした。
男性二人が多趣味でツッコミどころが多かったので、私は持ち前の取材精神で話を掘り下げていった。
農業のIT化やポーカーについて深い話をした後、合コンの場にふさわしくないと思われたのだろうか(すまん)、女性が新しい話題を振った。
「じゃあ、みんなで好きな異性のタイプを3つずつ言い合いましょ!」
合コンすぎる。
男性陣が「家族を大事にする人…」などと本気で回答し始めたときはつまらなすぎて白目を剥きそうになったが、なんやかんや3時間ほど楽しく飲み、店を出る流れとなった。
お会計については話し合って決めるよう指示があったが男性二人が奢ってくれて、LINEを交換して解散した。
その日の夜。
「24時間以内に評価シートを記入しましょう」という指示が届いた。
どうやら、参加メンバー全員を5つの⭐︎で評価しなければならないらしい。
評価システムアンチの私は落胆した。
その人が良い人かどうか、面白かったかどうかなんて人によって感じ方は違うのに、イチ個人の評価で一喜一憂することもさせることもしたくない。
おまけに、私の今日の振る舞いは、合コンには相応しくない自覚もあった。
相手の話を好き放題掘り下げるのも、己の奇人エピソードを繰り出すのも、それがウケる相手と二人きりならば良いが、複数人が参加する場では相応しくない。
急な反省モードに陥り、おそらく良い評価は付けられないだろうと思いながらも、私自身は楽しかったので3人全員に高評価を付けて提出した。
翌日。
こんなLINEが届いた。

マジか。あの3人、みんないい奴だな。
楽しんでくれたならよかったよ。本当に。
テキストはこう続いていた。
<2週間以内に次の合コンを予約しないと、会員資格は失われます。>
煽られていて草。
そう思いながらも、私は5分後には次の予約を済ませていたのだが、第2回は男性陣のキャンセルが出たため前日に中止になった。
一人でも欠けると中止になるという、マーダーミステリーばりのストイックさに恐れ慄いた。
けれど、参加して思った。
4人というのは実にちょうどいい。
5人以上になると会話が2:3とかで分断しがちだし、かといって全員で盛り上がれる話題を探すとどうしても浅くなる。
面白いサービスだと思うが、女性は無料、男性は2回目以降それなりにお金がかかるようで、ビジネスとしては正直続くのかな?と疑問に思っている。
私は楽しかったので、また機会があれば参加してみます。
アポ相手が出家した話②
<え、大丈夫?どうしたの?>
私がそう尋ねると、
<風邪をこじらせて、X月X日から3週間入院してた。死ぬかと思った>
と返ってきた。
詳細は会って話すと言われたので、私たちは予定を合わせ、再び平日の昼に待ち合わせた。
現れた宮川は、相変わらずガタイがよく元気そうに見えた。
「体調、大丈夫?」
カレー屋で向かい合いあらためて尋ねると、彼は病状について説明してくれた。
「身体が弱いわけじゃないんだけど、コロナと特別相性が悪いんだよね。今まで5回以上罹ってるし、毎回症状もかなり重い。今回もコロナがきっかけでXXXXXXって病気になってしまって」
聞いたことのない長い病名をその場でググると、致死率が20%を超える難病だった。
彼は本当に3週間入院し、生死の境目を彷徨い、病院で年を越したとのことだった。
「今はもう大丈夫なの?食事は普通に摂れる?」
「うん。一応残業なしで帰らせてもらってるけど、生活は普通にできてる」
「そうか。よかった」
「うん…」
彼は前回とは打って変わって口数が少なく、終始、何か小難しいことを考えているような表情を浮かべていた。
様子が変だな。
何の話をしよう…
私が思考を巡らせていると、彼の方から口を開いた。
「本気で死ぬかもしれないって思ったら、価値観が変わってしまった」
「うん?」
「俺もう30になるからさ。このままこの会社にいていいのかなって」
あぁ、そうか。
それは病気のせいでもあり、年齢のせいでもあるだろう。
私も30の節目にはいろいろと考えたし、実際、一度目の転職もした。
「他にやりたいことあるの?」
「うーん…」
彼はしばらく考えた後、こう言った。
「入院してる間もずっと考えてて、いろんな道があるんだけどさ。突き詰めると、出家だったんだよね」
「え?笑」
予想だにしない答えについ笑ってしまったが、彼はニコリとも笑わなかった。
あ、本気だ。
笑っちゃ駄目なやつだった。ごめん。
「高校生の頃、高野山大学も検討してた時期があって。周りに反対されて結局は外大に入ったけど」
「へぇ…」
「自分の使命は少しでも真理に近づくことだって感じること、ない?」
「すまん。ない」
「そうか…俺は高校生の頃からずっとそう感じてた」
私は彼の悲しげな目を見て確信した。
こいつは出家してしまう。
出世じゃなくて、出家。
「高野山、一回行ったことあるけどいいよね。宿坊に泊まって朝の勤行に参加した。精進料理も意外とおいしかった」
「え、本当?」
奇跡的に高野山の引き出しをもっていた私は、高野山トークでその場を乗り切り、約束通り彼にカレー代を支払ってもらって解散した。
仕事に戻り、スパイスカレー屋で精進料理の話をしていた状況を振り返り、一人で笑ってしまった。
煩悩を捨てた彼と私は、多分もう会わないだろう。
と、ここまで書いていて思い出した。
そういえば私は、Tinderで僧侶に会ったことがあった。
ご縁があれば、またどこかでマッチしましょう。
アポ相手が出家した話①
昨年の9月に転職をした私は、以前より仕事が忙しくなった。
取引先が多く、日々新しい人に出会い200枚の名刺があっという間に消えていくような環境で、大きな心境の変化があった。
週末に、知らない人に会いにいく元気がない。
平日が刺激的すぎるから、休日は心を休めたい。
私が毎週のように知らない人に会っていたのは、ただ暇だったからだと気づいた。
今の環境では、精神的にも体力的にも無理だ。
だがしかし、これで何もしなければ何もないまま歳を取るだけだ。
職場は大都会で、以前より華やかなキラキラオフィスになった。
周囲には優良企業の本社がわんさかある。
これを利用しない手はないのではないか?
そう思った私は、”平日ランチアポ”を強行することにした。
プロフィールに「平日XXでランチできる人」の一文を入れると、「いけます!」という人がすぐに現れた。
私は当時まだ試雇期間であったにも関わらず、Outlookに意味深な「予定あり」を入れて、月曜の昼にその人と待ち合わせた。
外大卒、29歳。
話せる言語の欄に、とあるマイナー言語が挙げられていた。
名前は宮川(仮)とする。
宮川が指定したパスタ屋に向かうと、それらしき人が入り口で待っていて、開口一番こう言われた。
「ごめん、財布を忘れた。ここ現金しか使えないから、カード使える店に変えるか、立て替えもらって次は俺が払う、みたいにしてほしい」
彼は今どき電子マネーを一切利用してないという。
だいぶ年下だったこともあり「千円くらい出すよ」と奢ろうとしたが、宮川は頑なに「次は俺が払う」と言って譲らなかった。
外大のイメージで線の細い感じを想像していたが、宮川は「ラグビー部か何かすか?」と聞きたくなるほど背が高く体格がよかった。
「ここ来るの初めて?それならおすすめはこれ」
常連であるらしい宮川の薦める通りに注文を済ませ、手始めになぜ大学でマイナー言語を選択したのかと尋ねた。
「理由は特になくて、たまたま受かっただけ」
そんなこと、ある???
その程度の情熱で訳の分からない言語を4年も学べる???
あと、何でずっとタメ口なん?
私もタメ口貫いてるから全然いいけど、何でさっきからタメ口なん???
様々な疑問に蓋をしつつ、その後に聞いた彼の人生は、もっと衝撃的だった。
「大学にXX(マイナー言語の国)から来てる留学生の女の子がいて、その子のことを好きになってしまって。彼女が国に帰ると言うから、大学を辞めてついて行った」
はい?!
「え、中退?」
「うん。親とも絶縁くらいの勢いで。まあ向こうで大学に入り直したけど」
そうまでして出国した彼だったが、彼女とは2年の交際を経て別れ、とはいえ彼は現地の大学に入ってしまったのでそのまま卒業し、就職を機に帰国した。
現在はとある専門商社で働いているという。
純朴なラガーマンみたいな見た目の彼が、ひとりの女性に対してそこまでの情熱を秘めていたことに驚いた。
なんかもっとこう、普通の恋愛をしてそうな印象だった。
私は私で、転職したばかりであること、前職では何をしていたかなどを話し、50分ほどで店を出た。
入社以来、こんなに充実したランチは初めてのことだった。
いいぞ、これ。
すごく新鮮だ。
宮川は恋愛対象として刺さる相手ではなかったが、職場も近くランチ仲間としては最高だと感じた。
別れ際にLINEを交換し、彼は「信用してほしい」と言って名刺もくれた。
そして次はいつにするかとすぐ調整をしたが、二人とも忙しくなかなか予定が合わなかった。
また来月に入ってから調整しようと一旦やり取りを終わらせ、3週間後ほど経って「そういえばいつ行く?」と私から連絡してみたが、「来週なら行けるかも」という返事が来てそのまま返信が途絶えた。
あれ?フェードアウトされたかな。
彼女でもできたのだろうか?
それならそれでいいのだけど。
あるいは、新手のランチ奢られ目的?
わざわざ名刺くれたし、千円のためにそんなことしないか。
理由が気になったが催促するのも気が引けて、放置することにした。
1ヶ月以上が経った。
久しぶりに、宮川からLINEが届いた。
<連絡できなくてごめん。ずっと入院してたんだけど元気になったから、来週どう?>
入院…?
続く。
Timeleftで知らない人たちとディナーに行った話
Instagramの広告は「あなたこれ欲しいんでしょ?」と言わんばかりに、衣類や化粧品や整形やAI英会話レッスンやマッチングアプリや相席居酒屋や卵子凍結やマンション購入や、挙げ句の果てにはソロウェディング写真などを勧めてくる。(ソロウェディングって何だよ。ふざけるな)
はいはい、うぜーうぜーと思いながらもたまに可愛い服を見つけてその場で買ってしまうので、うまくマーケティングできているのだろう。
ある日、興味深い広告が流れてきた。
名前はTimeleft。
フランス発のマッチングサービスで、コンセプトは「毎週水曜日、知らない人たち5人でディナーに行く」というもの。
マッチングはAIによって行われるため、価値観の近い人たちが集められるらしい。
おぉ、なんだか面白そうだ。
しかも東京は3エリア設定があり、私の職場からアクセスのいい街が含まれていた。
開始時間は20時らしいから、仕事終わりでも大丈夫そうだ。
口コミを見ようと検索してみたが、日本に上陸して間もないそのサービスはまだ利用者が少ないようで、数件しか見つけられなかった。
私はとりあえず登録を済ませ、価値観を決定づけるのであろういくつかの質問に答えたあと、1回分の参加チケット(約1500円)を購入してとある水曜日に参加エントリーをした。
参加メンバーは前日の夜、店の情報は当日の朝に送られてくるとのことだった。
ところが前日の夜。
参加メンバーが開示されるはずの時間にアプリを開くも、何も表示されてない。
適当すぎるだろ!と思いながら時間を空けてアクセスすると、ちゃんと表示されていた。
情報すっくねぇー!
性別も年齢も分からない。
とはいえ、いろんな業界の人がいてちょっと面白そうだ。
ワクワクしながら眠り、当日の朝。
店情報が開示されるはずの時間にアプリを開くも、何も表示されてなかった。
適当すぎるだろ。(2回目)
店に合わせて服を選びたいのに。
仕方ないのでそのまま出社し、時間を空けて開くと、またも遅れて表示されていた。
<タイ料理◯◯、XX店>
エスクニック!?!?!?
いくらなんでもトリッキーすぎない!?
パクチー苦手な人けっこういるよ?!
呆然としながらも、私はタイ料理好きだからまあいっかと思い、猛スピードで仕事を終わらせて店に向かった。
ビルの上の階にあるその店に向かおうと1階でエレベーターを待っていると、チンと音がしてドアが開いた。
エレベーターの中で、タイ人のカップルがめちゃくちゃキスをしている。
私の視線に気づき、そそくさと出ていくカップル。
どうやら現地人御用達系の店らしい。
数分遅れで店に着き、入り口で「Timeleftです」と伝えると、タイ人のスタッフがテーブルに案内してくれた。
先客1名。女性。
ひとり?!
と私がビビるより早く、彼女は「あーよかった。誰も来なかったらどうしようかと思いました」と笑った。
おそらく同世代で、なんとなく雰囲気も私に似ている。
この人がいれば大丈夫かもしれないと、少し安心した。
二人で「普通は居酒屋とかバルとかですよね。エスニックてw」とツッコみながらメニューを眺めていると、続いて10分遅れで女性が一人、男性が一人やってきた。
男性の姿を見た瞬間、私の顔は引き攣った。
この人、Tinderで会った。
ブログに書いた。
え、こんなこと、ある?????
「あの、以前お会いしたことある気がします」
先手を切ってそう言うと、彼もようやく気づいたようで「あ!」というような顔をした。
気まずい。
大都会TOKYOで、なぜこんな偶然が起きてしまうのだろう。
私は東京中のおもしれー男に会い尽くしてしまったのか?
目の前の男と話した内容が、走馬灯のように頭を駆け巡る。
初対面で4~5時間飲んだ相手だった。
性癖の話も哲学の話もした。
1回しか会わなかったけど、何もかも覚えている。
己の記憶力の良さを呪った。
最初に到着していた女性が「え、気まずい感じですか?大丈夫ですか?」と間に入ってくれて、非常に助かった。
結局その日は4人しか来ず、無難な話を2時間ほどして割り勘で会計を済ませ、解散した。
みんなアーリーアダプターゆえに好奇心が強く、外資系アプリに手を出すからにはそこそこ英語ができて、海外に縁がある人ばかりだった。
確かに、自分に近い人が集まっている。
きっとまだまだユーザーは少ないだろうけど、それでこの精度はけっこうすごい。
アプリには話のネタに困らないようにトークテーマが用意されていて、その通りに話してもいいとのことだったが、
我々は結局使うことはなかった。
4人中2人は過去にも何度か参加したことがあり、全員女性の会もあれば全員男性の会もあったという。
何度か参加したら、面白い出会いがありそうだ。
最後にみんなでLINEを交換した際、Tinderで会った子には「私のLINE知ってるよね。ブロックとかしてないから、またね」と言って別れたが、帰って名前を検索しても出てこなかった。
記憶がないほどナチュラルに、めっちゃブロックしてた。
知人に会わない保証があるならまた参加したいけど、私はもうダメだ。
きっとまた同じようなことが起きる。
だから変なエスニック料理屋の思い出として、ここに残しておく。


