メンヘラ京大ニキ①

京大卒、IT企業勤務、29歳。

名前はレオ(仮)。

 

黒髪マッシュで、プロフィール文には好きな作家や芸人、画家の名前が並ぶ、ゴリゴリのサブカル男子だった。

 

<海苔子さん、初めまして。これまでマッチした人と行った喫茶店はXXと◯◯、△△です>

 

<最初にそれ教えてくるの斬新すぎる>

 

始まりは、そんな奇妙な会話だった。

 

彼はこの時、ヨーロッパで美術館巡りをする一人旅を計画していたため、旅程の相談にのっているうちに、喫茶店で会うことになった。

 

現れたレオは、背は低かったが顔は整っていて、モノトーンのシンプルな服装に、メリケンサックみたいなクセの強い指輪を嵌めていた。

 

前にも書いたが、京大出身者の奇人率は異常である。

多分、こいつもそう。

 

仕事や趣味の話を軽くしてから、私は彼の大学時代について尋ねた。

 

「学部は?」

 

「文学部です」

 

はい、奇人。

 

私自身が文学部出身なので断言するが、あえて文学部を選ぶ高学歴男子は9割方どこか変だ。

 

「ただ、文学というよりは社会学寄りで。ジェンダーに興味があったので、男尊女卑に関係する社会制度とか、そういうのを調べてました」

 

思いのほか興味深いテーマだったので、私は深掘りした。

 

「具体的にどういうの?」

 

「まず、当時付き合ってた彼女を束縛してしまうというか…支配欲みたいなのが自分の中にあって、男性が女性に対して支配欲をもっているのは社会制度のせいじゃないか?と思ったんですよね」

 

???

 

「ん、ちょっと待って。彼女に対するそれは支配欲というか独占欲じゃない?」

 

「支配と独占って何が違うんですか?」

 

「支配って王様と家来じゃん。相手がその関係性を、立場上は受け入れてる状態。独占はもうちょっと感情的なもので、感情だけなら一方向でも成り立つニュアンスがある気がする」

 

「あぁ、なるほど。じゃあ独占の手段が支配ってことじゃないですか?」

 

「うん、それは分かるんだけど…」

 

決して初対面の人相手にするべきことではないのだが、私はここでディベートのスイッチが入ってしまった。

 

”自分が彼女を支配したい=男性は女性を支配したがる生物だ”っていう主語の拡大がまず解せないし、ましてやその根拠を社会制度に求めるというのは、どういう思考回路なんすか???

 

という剥き出しの疑問をオブラートに包みながら解説を求めたが、私のオブラートはどろどろに溶けていて意味を成さなかったらしい。

 

話が進むほどに、レオが若干イラついていくのが分かったので、話題を変えた。

 

「創作とか、したことある?」

 

この手の人はたいてい、創作活動に憧れをもっている。

 

「全然。前に付き合ってた人がライターで、文章力がすごかったので、こんな人に敵うわけないなって思っちゃって」

 

「へぇ。むしろ影響されて書きたくなりそうなのに」

 

「なかったですね。あ、でも。別れた時にその人に2時間かけて短いメールを打ったんですけど、その文章だけは自分でも気に入ってます」

 

「え、読みたい」

 

完全にダメ元で言ったつもりだったが、レオは少し考えた後、スマホを操作し始めた。

 

「実は相手、既婚者だったんですよね」

 

それから私は、レオの失恋エピソードを聞いた。

 

出会いは都内のバー。

お互い一人で来ていて、同じ音楽を好きだったことで意気投合した。

 

はじめから既婚だと知っていたが、気持ちを止めることができず、週3くらいの頻度で半年間会い続けた。

 

「向こうの旦那がいない間に、家に行ったりも普通にしてて。それで会いすぎて、僕が距離感を間違えてしまったというか」

 

別れは彼女から切り出された。

 

旦那に不倫がバレたとかそういう理由ではなく、よくある短い恋愛の終わりだった。

 

「見せる前に、ちょっと恥ずかしいところだけ削らせてください」

 

そしてレオはスマホを何度か操作し、手渡してきた。

 

おそらく彼女は年上だったのだろう。

敬語で書かれた、500字程度の別れの文章だった。

彼女への感謝と謝罪、行こうと約束していたあの喫茶店や美術館に一緒に行きたかったと固有名詞がつらつらと並んだ、よくある別れのメッセージである。

 

大前提として、私は不倫を美化する人間が許せない。

 

行き着く先は奈落だと知りながらその道を選び、別れ際になって悲劇のヒロインぶるご都合主義は、軽蔑の対象でしかない。

 

だけど私は、こんなメールが打てる彼を、少し羨ましく思った。

 

「なんか、いいな」

 

「…え?」

 

「私は不倫を美化する人間を許さないけど、こういう強烈な恋愛感情を誰かに向けられること自体は、羨ましい」

 

逆の立場で言われたらムカつくだろうなと思ったが、序盤でディベートかましてしまった時点で、私はレオにどう思われても構わなかった。

 

2時間ほど話して喫茶店を出て、別れ際。

私はレオに尋ねた。

 

「Tinderやって、少しは気が紛れた?」

 

彼のプロフィール文は「散歩・喫茶店仲間を探してます」的なもので、あまり恋愛スタンスではなかった。

 

「うーん、どうだろう。彼女を忘れるために始めたんですけど…やっぱり代わりはいないなって思うばかりです。とか言ったら、海苔子さんにも失礼ですが」

 

そうだろう、そうだろう。

数人会ったくらいで過去を忘れられるなら、誰も苦労しない。

 

「時間が経つことでしか解決できないものはたくさんあるから、しょうがないね。またね」

 

連絡先は交換しなかった。

 

もう2度と会わないだろうと思っていたが、数日後。

Tinder経由でメッセージが届いた。

 

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