メンヘラ京大ニキ②

①はこちら↓

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<今日、海苔子さんに教えてもらった本を電車で読み終わりました。思いがけず泣いてしまいました。人の文章を読んで泣いたのは、人生2度目のことです>

 

私がレオに紹介した本は、名作ではあるが泣くような内容ではなかった。

失恋して間もない彼の心理状態による涙だろうと思ったが、自分が教えた作品がブッ刺さったと言われること自体は、嬉しいものだった。

 

<人生1度目は何だったの?>

 

そうしてTinder上で会話が再開し、奇妙な話だが私たちはもう一度会うことになった。

 

<前回は僕が行きたいところに付き合ってもらったので、今度は海苔子さんが行きたいところに行きましょう>

 

そして具体的な話が進んだが、彼は一向にLINEを聞いてこない。

 

何なんだこいつ???

一生Tinderで連絡取るつもり?

 

しかし私自身、「Tinderで会って連絡先を交換しなかった人と、Tinderで連絡をとり続けて再会する」という前代未聞の状況を、どこか面白がっていた。

 

ちょうど、一人では入りづらい系の行きたい居酒屋があったので打診すると、彼は快諾した。

 

<よさそうですね。そこにしましょう!>

 

<ありがとう。私が予約しとくね。何時にする?>

 

しかし、このメッセージを送った直後。

彼は突然消えた。

 

え?

何で…???

操作ミスった???

それともサイコパス???

 

とんとん拍子に話が進んでいたので心底驚き、自分からLINEを聞いておけばよかったと後悔したが、こうなってしまったらもう仕方ない。

 

私はモヤモヤしながら、レオのことを忘れようとした。

 

それから数日経ち、私はふと気づいた。

 

その時マッチしていた他の誰からも、メッセージがこない。

新しくスワイプしてみるも、同じ人しか出てこない。

試しに全ての人をLIKEしてみるものの、誰ともマッチしない。

 

これは…かの有名な…

シャドーバンというやつか!!!

 

Tinderを使い始めてX年、私は一度もシャドーバンやアカウント凍結を経験したことがなかった。

 

原因は不明。

 

生活の一部が切り取られたような喪失感を味わい、レオと連絡が取れなくなったことに加え、自分がいかにTinder中毒であったかに気づいてショックを受けた。

 

そしてシャドーバンの解決策を鬼検索したところ、「ヘルプセンターに問い合わせてひたすら放置」しかなさそうだと分かった。

 

まぁ、仕方ない。

 

私はヘルプセンターに連絡した後、デトックス期間を設けることにした。

 

1週間ほど経った頃。

 

スマホに突然、<◯◯さんからメッセージが届いています>という懐かしいポップアップが現れた。

 

レオではなく、マッチして連絡をとり続けていた別の人だった。

その人によると、どうやらシャドーバンされた私は一時的に画面から消えていたが、突然「新しいマッチ」として再登場したらしい。

 

しかし、過去のメッセージ欄やマッチしてる人のリストを見直すも、レオはいなかった。

 

彼がアカウントを作り直して再び私を見つけ出すか、私がアカウントを作り直して彼を探すか。

再び連絡を取るには、そのどちらかしか方法はない。

 

まぁ無理だろう。

お互いそこまでの情熱はないだろう。

 

そう思いながら惰性で3回ほどスワイプすると、レオが私にSUPER LIKEを送ってくれていたようで、すぐに現れてマッチした。

 

<ずっと探してました。海苔子さんが急にいなくなってしまったので、アカウントを作り直して、日本中の3X歳の女性を見尽くしました笑>

 

え、そこまでしたの…?

 

<なんかシャドーバンされてたっぽい。ごめんね>

 

<海苔子さんがいない間に文章を書いたので、校正してくれませんか?>

 

URLが続いていた。

 

少し、嫌な予感がした。

 

③はこちら↓

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メンヘラ京大ニキ①

京大卒、IT企業勤務、29歳。

名前はレオ(仮)。

 

黒髪マッシュで、プロフィール文には好きな作家や芸人、画家の名前が並ぶ、ゴリゴリのサブカル男子だった。

 

<海苔子さん、初めまして。これまでマッチした人と行った喫茶店はXXと◯◯、△△です>

 

<最初にそれ教えてくるの斬新すぎる>

 

始まりは、そんな奇妙な会話だった。

 

彼はこの時、ヨーロッパで美術館巡りをする一人旅を計画していたため、旅程の相談にのっているうちに、喫茶店で会うことになった。

 

現れたレオは、背は低かったが顔は整っていて、モノトーンのシンプルな服装に、メリケンサックみたいなクセの強い指輪を嵌めていた。

 

前にも書いたが、京大出身者の奇人率は異常である。

多分、こいつもそう。

 

仕事や趣味の話を軽くしてから、私は彼の大学時代について尋ねた。

 

「学部は?」

 

「文学部です」

 

はい、奇人。

 

私自身が文学部出身なので断言するが、あえて文学部を選ぶ高学歴男子は9割方どこか変だ。

 

「ただ、文学というよりは社会学寄りで。ジェンダーに興味があったので、男尊女卑に関係する社会制度とか、そういうのを調べてました」

 

思いのほか興味深いテーマだったので、私は深掘りした。

 

「具体的にどういうの?」

 

「まず、当時付き合ってた彼女を束縛してしまうというか…支配欲みたいなのが自分の中にあって、男性が女性に対して支配欲をもっているのは社会制度のせいじゃないか?と思ったんですよね」

 

???

 

「ん、ちょっと待って。彼女に対するそれは支配欲というか独占欲じゃない?」

 

「支配と独占って何が違うんですか?」

 

「支配って王様と家来じゃん。相手がその関係性を、立場上は受け入れてる状態。独占はもうちょっと感情的なもので、感情だけなら一方向でも成り立つニュアンスがある気がする」

 

「あぁ、なるほど。じゃあ独占の手段が支配ってことじゃないですか?」

 

「うん、それは分かるんだけど…」

 

決して初対面の人相手にするべきことではないのだが、私はここでディベートのスイッチが入ってしまった。

 

”自分が彼女を支配したい=男性は女性を支配したがる生物だ”っていう主語の拡大がまず解せないし、ましてやその根拠を社会制度に求めるというのは、どういう思考回路なんすか???

 

という剥き出しの疑問をオブラートに包みながら解説を求めたが、私のオブラートはどろどろに溶けていて意味を成さなかったらしい。

 

話が進むほどに、レオが若干イラついていくのが分かったので、話題を変えた。

 

「創作とか、したことある?」

 

この手の人はたいてい、創作活動に憧れをもっている。

 

「全然。前に付き合ってた人がライターで、文章力がすごかったので、こんな人に敵うわけないなって思っちゃって」

 

「へぇ。むしろ影響されて書きたくなりそうなのに」

 

「なかったですね。あ、でも。別れた時にその人に2時間かけて短いメールを打ったんですけど、その文章だけは自分でも気に入ってます」

 

「え、読みたい」

 

完全にダメ元で言ったつもりだったが、レオは少し考えた後、スマホを操作し始めた。

 

「実は相手、既婚者だったんですよね」

 

それから私は、レオの失恋エピソードを聞いた。

 

出会いは都内のバー。

お互い一人で来ていて、同じ音楽を好きだったことで意気投合した。

 

はじめから既婚だと知っていたが、気持ちを止めることができず、週3くらいの頻度で半年間会い続けた。

 

「向こうの旦那がいない間に、家に行ったりも普通にしてて。それで会いすぎて、僕が距離感を間違えてしまったというか」

 

別れは彼女から切り出された。

 

旦那に不倫がバレたとかそういう理由ではなく、よくある短い恋愛の終わりだった。

 

「見せる前に、ちょっと恥ずかしいところだけ削らせてください」

 

そしてレオはスマホを何度か操作し、手渡してきた。

 

おそらく彼女は年上だったのだろう。

敬語で書かれた、500字程度の別れの文章だった。

彼女への感謝と謝罪、行こうと約束していたあの喫茶店や美術館に一緒に行きたかったと固有名詞がつらつらと並んだ、よくある別れのメッセージである。

 

大前提として、私は不倫を美化する人間が許せない。

 

行き着く先は奈落だと知りながらその道を選び、別れ際になって悲劇のヒロインぶるご都合主義は、軽蔑の対象でしかない。

 

だけど私は、こんなメールが打てる彼を、少し羨ましく思った。

 

「なんか、いいな」

 

「…え?」

 

「私は不倫を美化する人間を許さないけど、こういう強烈な恋愛感情を誰かに向けられること自体は、羨ましい」

 

逆の立場で言われたらムカつくだろうなと思ったが、序盤でディベートかましてしまった時点で、私はレオにどう思われても構わなかった。

 

2時間ほど話して喫茶店を出て、別れ際。

私はレオに尋ねた。

 

「Tinderやって、少しは気が紛れた?」

 

彼のプロフィール文は「散歩・喫茶店仲間を探してます」的なもので、あまり恋愛スタンスではなかった。

 

「うーん、どうだろう。彼女を忘れるために始めたんですけど…やっぱり代わりはいないなって思うばかりです。とか言ったら、海苔子さんにも失礼ですが」

 

そうだろう、そうだろう。

数人会ったくらいで過去を忘れられるなら、誰も苦労しない。

 

「時間が経つことでしか解決できないものはたくさんあるから、しょうがないね。またね」

 

連絡先は交換しなかった。

 

もう2度と会わないだろうと思っていたが、数日後。

Tinder経由でメッセージが届いた。

 

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犬系会計士

MARCH卒、会計士、28歳。

ウェンツ瑛士の遠い親戚みたいなハーフ顔で、写真もプロフィールも犬好きオーラ全開だった。

 

私はハーフ顔がタイプではなく、おまけに犬アレルギーだが、ウェンツはチャットの返信にユーモアがあり好感がもてた。

 

やり取りを続けること1週間。

突然、こんなことを聞かれた。

 

<もしよければ教えてほしいんですけど…海苔子さん、家賃いくらですか??>

 

ウェンツは引っ越しを検討していて、私が住む街も候補の一つらしい。

 

<失礼な奴で草>

 

私はそう返信しつつもご丁寧に家賃と街の情報を教えてあげて、その週末、最寄りの喫茶店で会うことになった。

 

その日、ウェンツは内見をいくつか済ませて来たようだったので、開口一番尋ねた。

 

「いい家、見つかった?」

 

「んー、今日はダメでした。ちょっと見てもらえます?」

 

リュックからPCを取り出し、EXCELの表を開いて見せるウェンツ。

マンション名と家賃、面積、築年数などが表になった、山のような物件情報である。

 

「何これ?自分で作ってるの?」

 

「はい。あ、手打ちじゃないですよ!プログラミングで物件情報サイトから抽出して、新着物件が入ったら自動的に更新されるようになってます」

 

え、普通に検索画面で見ればよくね?

変わった子だな。

 

そして私たちは物件についてああだこうだ議論し、お互いの人生についてもああだこうだ教え合い、90分ほどお茶をした。

 

ウェンツは飼い犬のように人懐っこくて、よく喋りよく笑う子だった。

 

「僕、すぐ好きになっちゃうんですよね」

 

恋愛観について話していると、彼はそう言った。

 

「でしょうね!」と思ったがさすがに口にはせず、「私のことは好きにならないでおくれ」とひっそり願っていた。

 

別れ際。

 

「じゃあ、私はライブに行くからここで」

 

「行ってらっしゃい。僕は先輩と飲みに行きます」

 

「何の先輩?」

 

「前の職場の先輩です。XXXのタワマンに住んでる会計士で、早稲田出てて、背が高くてイケメンで。彼女いるのにめちゃくちゃ遊んでますけど(笑)毎週飲みに行くくらいお世話になってるんです」

 

「へぇー。楽しんで」

 

そして私はライブに向かい、公演が終わりスマホを見ると、ウェンツからLINEがきていた。

 

<先輩が、Tinderで海苔子さんに会ったことあるって言ってます!>

 

…!!?

 

その瞬間、<XXXに住んでる会計士、早稲田、長身>というキーワードと一緒に思い出した。

 

こいつだ。

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こういうとき人は「世界は狭いね~!」とはしゃぐものだが、私は静かに焦った。

 

やべぇ。

会いすぎた。

 

このブログのタイトルは「70人に会った話」だが、実は2023年12月現在、会った人数は100を超えている。

 

100人会えば、会った人同士が繋がる。

 

世界が狭いんじゃない。私が広げすぎたのだ。

 

<覚えてるよ。XXX(タワマンの名前)に住んでる子だ>

 

<そうです!今そこで飲んでますよ。来ます?先輩も海苔子さんに会いたがってます!>

 

ちょっと面白そうだなと思ったが、返信する前に私は自分のブログを読み返した。

 

福田、クズじゃねぇか!!!

私はLINEすらブロックしてるじゃねぇか!!!

 

過去に自分が書いたものが、こんな形で役立つとは思ってもみなかった。

 

<今日はさすがにやめとく。あと私、先輩のLINEブロックしてるっぽいw もし何か言ってたら謝っといて!また機会があったら3人で是非>

 

その日からウェンツは、頻繁に「オレ通信」を送ってくるようになった。

今日これを食べましたとかそういう、心底どうでもいいアレである。

 

私はそもそもウェンツに心惹かれるものがなかったうえ、あの福田と仲良くしている男を、尊敬できるはずもなかった。

 

数週間後、こんなLINEが届いた。

 

<◯◯(私の住む街)に家決まった!月末に引っ越す!海苔子も嬉しいやろ??>

 

そしてウェンツは現在、うちから徒歩5分のマンションで暮らしているらしい。

 

私はかろうじてウェンツをブロックをしないまま塩対応を続けているが、たまに<いま先輩と飲んでるけど来ない?>というお誘いがくる。

 

基本的には無視するが、心の中ではいつもこう返信している。

 

Chu! 犬アレルギーでごめん。

ロールキャベツ系ピアニスト③

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「え、お前、そっちなの?」

 

会うの2回目にして「お前」呼ばわりする私もだいぶヤバいが、つい本音が漏れた。

 

「いや、ごめん。言うだけ言ってみただけ。だってTinderだし」

 

だってTinderだし。

 

私は、アプリによって明確に目的を変えるセクシーダイナマイトを思い出していた。(以下参照)

 

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たかがTinder。

 

でも、されどTinderなのだ。

 

私はこの場所を通して、うつ病の子を救ったり、誰かを好きになったり、小説を書いたり、してきたのだ。

 

「そういうのしない主義だから。帰ろっか」

 

「ごめん待って。無理なら無理でいいから。普通に話したい」

 

今から友達モードに軌道修正できるかよ。

 

そう思ったが、千秋と話すこと自体は面白く、翌日も休みだったので、時間の無駄とわかっていたがもう1軒行くことにした。

(「楽しんで無駄にした時間は無駄じゃない」ってジョンレノンが言ってたしな)

 

そして2軒目を出て、終電手前の帰路。

 

千秋は遠回りをして私と同じ路線で帰ると言ったので、一緒に地下鉄に乗った。

 

ガラガラの車内で横並びに座り、私はふと気になったことを尋ねた。

 

「何で私に会おうと思った?」

 

ヤリモクなら、顔を出してない私に、なぜ興味をもったのか。

今なら本音が聞ける気がした。

 

「チャットの言葉遣いというか、言い回しが独特な人だなって思ったんだよね」

 

嬉しい返しだったが、千秋は全てを台無しにする言葉を続けた。

 

「あと、なんとなくブスとかデブではないだろうって気がした。俺、ブスとデブ以外は抱けるんで」

 

ダイレクトすぎて、笑うしかなかった。

 

彼がストリートピアノの鍵盤に触れ、空を仰いだ数秒。

あの場にいた誰もが、彼をピュアな好青年だと信じていたはずだ。

 

実態は「ブスとデブ以外は抱ける」と豪語するクズでした。

ねぇ、あの日あそこにいた皆さん。

見てる?

 

「付き合う人はどう?見た目のこだわりある?」

 

「ちゃんと付き合う人なら、なおさら見た目はどうでもいいかな」

 

千秋がそう即答したもので、私は感心した。

やっぱり彼は世界の論理ではなく、自分の感性を大事に生きているのだろう。

 

「そういえば、さっき話した婚約してた元カノ。大学で美術の研究してて、編集者だったんだよね」

 

「へぇ。私みたい」

 

昔の恋人と属性が近い人を見ると、私も気になるので気持ちはわかる。

 

しかしここで、一つ疑問が生じる。

 

見た目がどうでもいいのなら、その子にあって私にないものは、何だったのだろう。

本命枠ではなく、「言うだけ言ってみた」とホテルを打診される私とその子は、何が違ったのだろう。

 

感性に刺さらなかったと、片付けるしかないのか。

 

私が先に電車を降りると、千秋からLINEがきた。

 

<今日はありがとう。たくさん話せて楽しかったよ!また連絡するね>

 

翌日、またLINEがきた。

 

<昨日、帰りの電車で海苔子さんが引き合いに出してた言葉、何だっけ?いいなと思ったのに忘れちゃって>

 

私は何かの本から引用した言葉を、そのまま打ち込んで返信した。

 

<それだ!ありがとう>

 

千秋に刺さる言葉を、きっと私はそれなりに提供できると思う。

 

だけどそれは、これまで溜め込んできた知識の断片でしかなく、私という存在が刺さっているわけでは決してないのだ。

 

切ねぇ。

 

とこのブログを終わらせようとして、タイトルの説明をしてないことに気づいた。

 

「草食系に見えて実は肉食系」の男を、ロールキャベツ系男子と呼ぶらしい。

 

悲しいかな、綺麗に巻かれたロールキャベツの中身は、切ってみないとわからない。

 

<終>

ロールキャベツ系ピアニスト②

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千秋の演奏が始まる。

 

しっとりとした旋律が街を包んでいき、私は彼の美しい指先を横から見つめていた。

 

しかし、途中で気づく。

 

この曲、知らん!!!

 

こういう一般ギャラリーがいる時って、ディズニーとかジブリとかビートルズとか、誰もが知ってる曲の方がよくない?

え、カラオケの1曲目でバラード歌うタイプ??

 

曲は5分ほどで終わり、とりあえず私は盛大な拍手を送った。

 

そして知ったかぶりもできないと判断し、尋ねた。

 

「いまの、何の曲?」

 

千秋は苦笑して答えた。

 

ビートルズの~~~です」

 

惜しい。知らん。

Let It Beとか、代表的な曲にしてくれよ。

 

内心そう思ったが、演奏してもらったことに対してお礼を伝えた。

 

「いいものを聴かせてもらった。ありがとう」

 

「いえいえ。緊張しました…。ところで海苔子さん、まだ時間あります?もう少し話したいので、別のカフェ行くか飲むかしません?」

 

千秋はそう言ってくれたが、私は次の予定があったので、その日はそこで解散した。

 

<今日はありがとうございました!またごはんとか、ライブとか誘わせてください!>

 

千秋からすぐにLINEが届き、その後も毎日やり取りが続いた。

 

ちょっとこれは、久々にいい感じかも知れない。

 

だがしかし、私はクラシックにもジャズにも疎く、正直あまり興味もなかった。

 

彼が引き出しの多いタイプならいいが、研究者的な1点深掘り型だと、だんだん会話がつまらなくなるパターンに違いない。

 

あと、私が川谷絵音が好きとか知ったら、引いてしまうんじゃなかろうか??

 

ロマンスがありあまる不安を抱え、音楽の話題を避けつつ他愛のないやり取りを続けること3日。

 

<週末、もし空いてたら飲みに行きませんか?>と千秋に誘われた。

 

そして翌週の土曜の夜、千秋が予約してくれたビストロで再会した。

 

千秋は相変わらずかっこよく、薄暗い店には大きなスピーカーがあり、ジャズのレコードが流れていた。

 

「ここ、音響がいいんですよね。前にも来たことがあって」

 

それから、音楽以外の話をたくさんした。

 

千秋は意外と好奇心が強く様々なことに関心をもっていて、会話の引き出しが多かった。

 

私が「◯◯っていう本に書いてあったんだけど」と引き合いに出す作品のほとんどを知っているほど、読書家でもあった。

 

あ、大丈夫そう。

ずっと喋れるタイプの子だ。

 

安心すると同時に、別の不安が沸き起こってきた。

 

芸術系の人は、たいてい難しい。

仮に付き合ったところで、どうせ長くは続かない。

 

「海苔子さんはいつから彼氏いないの?」

 

気づけば彼はタメ口になっていた。

 

自分の恋愛遍歴を控えめに話して千秋に同じ話を振ると、大学時代から5年も付き合い婚約までした彼女がいたが、その子と別れてからはあまり長続きしてないと教えてくれた。

 

「ファンに手出したりとか、ないの?」

 

私が冗談半分で言うと、彼はあっさりと答えた。

 

「あるよ」

 

「…え?」

 

「バーで演奏する時ってお客さんとの距離が近いから、終わったあと一緒に飲んだりとかザラで」

 

「へぇ…。で、仲良くなって連れて帰るわけ?」

 

「うん。でも、だいたい2回くらいエッチして、向こうも2回くらいライブ観にきてくれて、それでなんとなく終わりになるパターンが多い」

 

ほ、ほぅ…

 

「意外。もっと真面目な子だと思った」

 

「ミュージシャン界隈ってみんなそんな感じだから、感覚狂っちゃうんだよね」

 

バンドマン、美容師、バーテンダー

3大「付き合ってはいけないB」という言葉を思い出した。

 

私は軽く引いたが、それでもいろんな話をしながら楽しく3時間ほど飲み、店を出た。

時計を見ると22時だった。

 

千秋は言った。

 

「まだ時間あるなら、もう1軒行く?」

 

「いいよ」

 

「それか、ホテル行く?」

 

「…はい?」

 

あまりにもさらりと言われ、思わず低い声が出た。

 

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ロールキャベツ系ピアニスト①

旧帝大卒、ピアニスト、29歳。

名前は千秋(仮)。

 

ピアノを演奏している引きの写真しかなく顔はよくわからなかったが、180センチの長身とメガネをかけた知的な雰囲気、そして無駄な高学歴に興味を惹かれた。

 

加えて、彼はプロフィールに1枚の絵を載せていて、それは私が大学時代に研究していた画家の作品だった。

 

<海苔子さんの写真のセンスが好きです。3枚目の写真はどこで撮ったものですか?>

 

千秋は私が載せていた写真についてあれこれ質問してきたので、私も彼の絵についてツッコんだ。

 

<XXX(画家)好きなの?私、大学で研究してたよ>

 

<え、本当ですか!いちばん好きな画家で、CDのジャケットにも使わせてもらってるんですよ>

 

CD出してんの…?

もしや、すごい人?

 

<それどこかで聴ける?差し支えなければ>

 

<めちゃくちゃ本名ですけど…よければどうぞ!>

 

Spotifyのリンクが送られてきて、開くと千秋が出しているアルバムに飛んだ。

 

真夜中に部屋でひとり、再生ボタンをタップする。

流れ出すオシャレでムーディーな旋律。

 

私の中で彼のイメージが、のだめカンタービレの千秋様と化した。

 

<いいね。オシャレな曲だった>

 

<ありがとうございます!XXXの話とかしたいので、よければ一度お会いしませんか?>

 

そして私は千秋とカフェで待ち合わせた。

 

雰囲気写真だけ見て会うと大抵がっかりする(自戒を込めて)が、現れた千秋は、空気階段の水川かたまりみたいな端正な顔立ちをしていた。

 

スタイルがよくオシャレで、手が大きくて綺麗。

 

どうしよう。

写真よりだいぶイケている。

 

私のテンションは爆上がりしたが、平静を装った。

 

「何で◯◯大学出てピアニストになったの?」

 

最も気になっていた経歴を尋ねる。

 

「両親が東京藝大の同級生で、父は今も現役のチェロ奏者なんですけど、」

 

音楽一家に生まれた千秋は、クラシックやジャズを聴いて育った。

 

彼自身もピアノとギターに親しみ、高校生の頃からプロと一緒に演奏をしていて、はじめは親と同じ東京藝大を目指そうとした。

 

しかし当時は学びたかった科目が東京藝大にはなく、私立の音大に入れるほどの経済的余裕もなかったため、とりあえず旧帝大に進学。

 

大学でも引き続きプロとして演奏を続け、今もその延長で活動しながら、副業も色々やっているという。

 

「ピアノ演奏だけでやってくの、なかなか大変なので。音楽講師とか、あとフリーでエンジニアの仕事もしてます」

 

「エンジニア!?それはどこで勉強したの?」

 

「大学で少しかじってました。勉強は昔からわりと好きなんですよね」

 

私は彼の高校時代を妄想した。

 

同級生がRADWIMPSアジカンを聴くなか、ひとりクラシックやジャズを聴くクラスメートの男の子。

背が高くイケメンで、勉強もできる。

ねぇ知ってる?

あの子、放課後にバーで演奏してるらしいよ…

 

駄目だ。

サブカルクソ女のワイ、どう考えても惚れる。

 

「学生時代、モテたでしょ?」

 

私は率直に尋ねた。

 

「あ、いやぁ…………そうでもないですよ!」

 

「その間はモテた人のやつだ」

 

「まぁ、彼女が途切れたことはなかったですね笑」

 

カフェは混んでいて90分で追い出されたが、まだ明るかったのでブラブラと歩いた。

 

すると、どこからかピアノの演奏が聞こえてきて、千秋が反応した。

 

「何かイベントとかやってるんですかね?」

 

「どうだろう。あっちの方かな?行ってみよう」

 

音のする方角に歩くと、本当にたまたま、ストリートピアノが置いてあった。

 

こんなことある!??

 

私は千秋に言った。

 

「何か弾いて」

 

「え…!緊張するなぁ」

 

目の前では大学生くらいの男の子がディズニーの曲を弾いていて、10人ほどのギャラリーがいた。

 

演奏が終わり拍手が起きる。

男の子が立ち上がり去っていったので、私は千秋の背中を押して座らせた。

 

千秋はそっとピアノの鍵盤に触れ、ほんの数秒、何かが降りてくるのを待つみたいに天を仰いだ。

 

もしこの先、仮にこの人と付き合う未来があったなら、私はこの場面を何度も思い出すんだろう。

 

漠然とそう思った。

 

続きはこちら↓

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【番外編】Coffee Meets Bagelを使ってみた話(後編)

前編はこちら↓

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場所と時間を決めるにあたり、岩田は恐ろしく段取りが悪かった。

彼が提示した候補日時は私の都合が悪く、代案を出すもなかなか返信がこない。

 

CMBの特徴の一つに、「1週間やり取りがないとチャットルームが強制的に閉じられる」というものがある。

 

前日に「明日で○○さんとのチャットルームは閉じられます」という通知が英語でくるのだが、岩田は何度もそのタイミングで返信を寄越し、その度にチャットルームは1週間延長された。

 

そんなにやる気ないならもういいよ!と思ったが、最終的には岩田が場所と時間をこちらの都合に合わせてくれたので、期待は薄かったが会うことにした。

 

「海苔子さんですか?初めまして」

 

写真のままの容姿に、プレーンな服装。

 

これといって難はなさそうに見えたが、どうしてだろう。

向き合った瞬間から、私の頭はあの言葉で埋め尽くされていた。

 

セクシーダイナマイト(仮)。

 

「初めまして。岩田さんって、関西出身ですか?」

 

かつてTinderのプロフィールに書かれていたので答えを知っていたが、あえて尋ねた。

 

「大学までずっと京都でした。XXX(某総合商社)で働いてて、社会人1年目から東京です」

 

その商社には、私の友人が何人か勤めている。

社歴も近いはずなので試しに名前を挙げると、岩田は全員知っていて少し警戒心が薄れた。

 

それから初対面らしい無難な会話が続いたが、エキセントリックなLINE IDを設定する人とは思えないほど岩田は真面目で、悪く言えば面白くなかった。

 

「いい加減結婚しないと、ヤバいんですよね」

 

岩田はそう言った。

CMBの利用目的は婚活らしい。

 

1時間半ほど話してカフェを出て、岩田がお会計を済ませてくれたので私は尋ねた。

 

「おいくらでした?」

 

「えっと…85万円でした」

 

数字ボケというものは、だいたいスベる。

私はあえてツッコまずにボケで返した。

 

「じゃあ半分払います。42万5千円、PayPayでもいいですか?」

 

「え?」

 

私も普通にスベり、束の間、お通夜みたいな空気が流れた。

 

そして現金を千円回収され、連絡先を交換しないまま解散した。

 

最初の違和感って、やっぱり外れないものだな…

解散した後でしみじみそう思いながら、私はLINEを開き、忘れもしないあの言葉を検索窓に打ち込んだ。

 

<sexy_dynamite…>※仮

 

あの日と同じアイコンの岩田が出てきた。

 

これ、いま友達に追加して「ありがとうございました!」って送ったら、だいぶ怖いだろうな。

 

そんなホラーなシナリオを思いついたが、実行に移すほど私はバグってなかった。

 

その後、CMBを通じて2人会ったが、いずれも真面目すぎてあまり盛り上がらず、また、アプリ自体ユーザーが少ないため同じ人ばかり出てくるようになり、数ヶ月で消してしまった。

 

最後に余談。

 

岩田はTinderの方では転生を繰り返しているようで、名前や写真を変えてはその後何度も現れている。

 

その度に私は想像する。

 

もしTinder経由で出会っていたら、彼の別人格が見られただろうか?

 

その姿はきっとセクシーダイナマイトで、少なくともあの日の岩田よりは、面白かったように思う。