Tinderをスワイプしていると、たまにプロの芸人に遭遇する。
私は以前、Tinderの広告塔を務めるラランドのニシダとマッチしてやり取りを続けたが、結局のらりくらりと躱されて会うことは叶わなかった。
一度でいいから、Tinderで(そこそこ売れてる)芸人に会ってみたい…。
サブカルクソ女の私は以前からそう思っていたが、ついにそれが叶った。
事務所や年齢は伏せるが、名前はM(仮)とする。
テレビの露出もそこそこあり、「お笑いが好きな人なら知ってる」レベルの方で、M-1では準々決勝まで駒を進めていた。
そのレベルの人なら名前を伏せてコソコソ活動しそうなものだが、Mは名前も事務所も丸出しで、やけに堂々としていた。
マッチすると、意外にもMの方からメッセージがきた。
<どうも。ショートカットよきです>
もともとMを知っていて、ファンではないが会ってみたかった私は”お笑いに興味がなく、Mのことも知らない”という設定を貫くことに決めた。
<テレビに出てる人?>
<はい。完全に>
そしてしばらくやり取りを続けようとしたが、早々と気づいた。
私からお笑い好きという要素を排除してしまったら、Mと話すことがねぇ。
だから私は、全てのメッセージの語尾に変な単語をくっつけるというボケをかまし(Mもそれに乗っかってくれた。プロである)奇人感を演出した後、自分から誘った。
<芸人さんに興味があるのだけど、コーヒー飲みに行かない?>
<いや俺に興味もたんかい>
Mはそう言いながらも快諾し、喫茶店で会うことになった。
<ごめん、15分遅れ枡田アナ>
待ち合わせ時間の直前、Mからメッセージが届いた。
結局、彼は普通に30分遅刻してきたが、かえって都合がよかった。
現れたMに、こう言えたからだ。
「どんな人なんだろうと思って、この30分でYouTubeとWikipedia見ちゃった」
さすがに何も知らない演技を続けるのはつらい。
すると、Mは言った。
「えぇっ!見ないでほしかった」
「遅刻するからだよ。何してたの?」
「昨日の夜からずっと芸人仲間と飲んでて」
「ミーハーでごめん、誰か聞いていい?」
「XXX、◯◯、あと△△…ってわかる?」
おぉわかる!!!
当然わかるぞ私は!
なんせ、FANYチケットに累計60万課金してるお笑いガチ勢なのだから!!!
「あぁ、聞いたことあるかも」
「Tinderも、XXXに勧められて始めたんだよね」
へぇーっ!!!
知ってる人の名前がぽんぽん出てきて、私は静かに興奮した。
「でも、名前とか事務所とかあんな堂々と出して大丈夫なの?」
「大丈夫。俺は”自分のファンには手を出さない”ってポリシーをもってるんだけど、ファンが一人もいないから」
「え…?」
「芸人になったらモテると思うじゃん?テレビに出たらDMが来るとか、出待ちやファンレターが増えるとか聞くじゃん?本っ当にゼロ」
失礼ながら、私は爆笑した。
このレベルの知名度があって、ファン0人は異常である。
「自分のこと知らない人の方がいい?」
「いや、知ってくれてる分には嬉しい。Tinderでもたまに『Mさんのこと知ってます』とかメッセージ来るんだけど、それはいいんだよ。知ってるだけで、ファンじゃないから。ただ、お笑い大好きです!って感じの子は会わないようにしてる」
「へぇ。何で?」
「なんかそういう子って、俺の向こう側を見てそうじゃん?」
「俺の向こう側?」
「他の芸人とコンパしたいとかさ」
おぉ、なるほど。
私は自分の戦略が間違ってなかったことを確信し、ほくそ笑んだ。
そうして2時間弱いろんな話をして、LINEを交換し解散した。
後日。
私がお笑いフリークであることを知るリア友にこの話をして「Mさん、普通にいい人だった」とまとめると、彼女は辛辣な一言を放った。
「芸人で、オチがただのいい人っていちばんヤバくない?」
「確かに」と、私は思った。