10年来の友人と結婚する世界線の話⑫

待ち合わせは平日の夜、会社の近くのバルだった。

 

数えてみると、あの衝撃から3年が経っていた。

もう恋愛感情はないが、ただ一人の友人として、この空白の期間に何があったのか知りたいと思った。

 

うまく話せるだろうか。

待ち合わせ場所に着くと、俄かに緊張した。

 

「久しぶり」

 

3年前と何も変わらずラフな格好で現れたタクヤは、会って早々、片手に下げていた白いビニール袋を私に差し出した。

 

「昨日フライトでXXX(海外)行ってたから、おみやげのお菓子」

 

袋を受け取ると同時に、つい左手の薬指を目で追った。

指輪はなかった。

 

「ありがとう。こんなご時世でも国際線飛んでるんだ?」

 

「お客さんなしで、貨物だけね。揺れても何も気にしなくていいから楽だよ」

 

「そうなんだ」

 

それから私は転職や引越しの話をして、界隈のグルメ情報などをお互いに共有し合った。

 

「外食ばっかりなの?」

 

私が尋ねると、彼はこう答えた。

 

「牛丼と蕎麦とコンビニのルーティーンだね。たまにあの交差点のとこにあるイタリアンも行く」

 

「あ、あそこ美味しいよね」

 

話を聞きながら思った。

女子供の気配が1ミリもない。

 

これはもう、完全に、離婚確定だ…!!!

 

だからといってじゃあ付き合いたいとかそんな願望は一切なかったが、それでも彼が黙って結婚したという事実を、どうにか本人の口から引き出したかった。

 

聞きたい。

もうダイレクトに、聞いてしまいたい。

いや、聞け。聞くんだ海苔子!!!

 

頭の中に別人格が現れ必死に励ましたが、どうしてか私の口からは、どうでもいい話しか出てこなかった。

 

当時はちょうど”まん延防止等重点措置(通称マンボウ)”期間で、全ての飲食店が21時に閉店を強いられていた。

 

19時に集合してきっかり2時間で追い出された私たちは、あてもなくぶらぶらと歩いた。

 

冬と春の境目のような時期だった。

肌寒かったのでコンビニで温かいお茶を2つ買い、なんとなく橋の下に降りて座り、ちびちびと飲んだ。

 

聞け。

聞くんだ。

 

…駄目だ、なんも言えねぇ。

 

頭の中で何度繰り返しただろう。

 

私はその日、結局何も聞き出すことができず、ただ現在のタクヤに妻や彼女はいないという確信だけを得て帰宅した。

 

まぁいいか。

近所の飲み友達として、またお互い気が向いたら会えばいいか。

 

タクヤの方も、きっと同じ考えだったのだと思う。

 

それ以降、特に誘うことも誘われることもなく、近所に新しくオープンした店の情報をたまに送り合ったりするだけの、薄い関係がしばらく続いた。

(※私がTinder芸人と化したのは、ちょうどこの時期である)

 

状況が変わったのは、それからさらに2年以上が過ぎてからのこと。

 

コロナがだいぶ落ち着き、私は久しぶりに友人と海外旅行に行くことになった。

 

出発の2日前に天気予報を見ると、東京と目的地は晴れだったが、間に台風があった。

 

<こういう場合って迂回して飛ぶのかな?それとも欠航?>

 

友人とLINEをしていて「ちょっとパイロットに聞いてみよう」という話になり、私は久しぶりにタクヤに連絡をした。

 

彼はすぐ返信をくれた。

 

<迂回できたらするし、できなかったら突っ切る。それで欠航になることはまずないから大丈夫!>

 

<突っ切るの?怖…!でも飛ぶならよかった。ありがとう>

 

<てか久々に飲まない?>

 

数年前、何も聞けなかった肌寒い夜を思い出した。

 

さすがに時効かな。

今なら、聞ける気がする。

 

<うん、ぜひ。おみやげ買ってくるよ。帰国したら連絡する>

 

そうして私たちは、再び会うことになった。

 

続く。