犬系会計士

MARCH卒、会計士、28歳。

ウェンツ瑛士の遠い親戚みたいなハーフ顔で、写真もプロフィールも犬好きオーラ全開だった。

 

私はハーフ顔がタイプではなく、おまけに犬アレルギーだが、ウェンツはチャットの返信にユーモアがあり好感がもてた。

 

やり取りを続けること1週間。

突然、こんなことを聞かれた。

 

<もしよければ教えてほしいんですけど…海苔子さん、家賃いくらですか??>

 

ウェンツは引っ越しを検討していて、私が住む街も候補の一つらしい。

 

<失礼な奴で草>

 

私はそう返信しつつもご丁寧に家賃と街の情報を教えてあげて、その週末、最寄りの喫茶店で会うことになった。

 

その日、ウェンツは内見をいくつか済ませて来たようだったので、開口一番尋ねた。

 

「いい家、見つかった?」

 

「んー、今日はダメでした。ちょっと見てもらえます?」

 

リュックからPCを取り出し、EXCELの表を開いて見せるウェンツ。

マンション名と家賃、面積、築年数などが表になった、山のような物件情報である。

 

「何これ?自分で作ってるの?」

 

「はい。あ、手打ちじゃないですよ!プログラミングで物件情報サイトから抽出して、新着物件が入ったら自動的に更新されるようになってます」

 

え、普通に検索画面で見ればよくね?

変わった子だな。

 

そして私たちは物件についてああだこうだ議論し、お互いの人生についてもああだこうだ教え合い、90分ほどお茶をした。

 

ウェンツは飼い犬のように人懐っこくて、よく喋りよく笑う子だった。

 

「僕、すぐ好きになっちゃうんですよね」

 

恋愛観について話していると、彼はそう言った。

 

「でしょうね!」と思ったがさすがに口にはせず、「私のことは好きにならないでおくれ」とひっそり願っていた。

 

別れ際。

 

「じゃあ、私はライブに行くからここで」

 

「行ってらっしゃい。僕は先輩と飲みに行きます」

 

「何の先輩?」

 

「前の職場の先輩です。XXXのタワマンに住んでる会計士で、早稲田出てて、背が高くてイケメンで。彼女いるのにめちゃくちゃ遊んでますけど(笑)毎週飲みに行くくらいお世話になってるんです」

 

「へぇー。楽しんで」

 

そして私はライブに向かい、公演が終わりスマホを見ると、ウェンツからLINEがきていた。

 

<先輩が、Tinderで海苔子さんに会ったことあるって言ってます!>

 

…!!?

 

その瞬間、<XXXに住んでる会計士、早稲田、長身>というキーワードと一緒に思い出した。

 

こいつだ。

noriko-uwotani.hatenablog.com

 

こういうとき人は「世界は狭いね~!」とはしゃぐものだが、私は静かに焦った。

 

やべぇ。

会いすぎた。

 

このブログのタイトルは「70人に会った話」だが、実は2023年12月現在、会った人数は100を超えている。

 

100人会えば、会った人同士が繋がる。

 

世界が狭いんじゃない。私が広げすぎたのだ。

 

<覚えてるよ。XXX(タワマンの名前)に住んでる子だ>

 

<そうです!今そこで飲んでますよ。来ます?先輩も海苔子さんに会いたがってます!>

 

ちょっと面白そうだなと思ったが、返信する前に私は自分のブログを読み返した。

 

福田、クズじゃねぇか!!!

私はLINEすらブロックしてるじゃねぇか!!!

 

過去に自分が書いたものが、こんな形で役立つとは思ってもみなかった。

 

<今日はさすがにやめとく。あと私、先輩のLINEブロックしてるっぽいw もし何か言ってたら謝っといて!また機会があったら3人で是非>

 

その日からウェンツは、頻繁に「オレ通信」を送ってくるようになった。

今日これを食べましたとかそういう、心底どうでもいいアレである。

 

私はそもそもウェンツに心惹かれるものがなかったうえ、あの福田と仲良くしている男を、尊敬できるはずもなかった。

 

数週間後、こんなLINEが届いた。

 

<◯◯(私の住む街)に家決まった!月末に引っ越す!海苔子も嬉しいやろ??>

 

そしてウェンツは現在、うちから徒歩5分のマンションで暮らしているらしい。

 

私はかろうじてウェンツをブロックをしないまま塩対応を続けているが、たまに<いま先輩と飲んでるけど来ない?>というお誘いがくる。

 

基本的には無視するが、心の中ではいつもこう返信している。

 

Chu! 犬アレルギーでごめん。