早稲田卒、29歳、会計士、身長182センチ。
名前はFuku(仮)。
タワマンと思しき自宅から見える東京タワーの遠景と、タワマンと思しき洗面台の鏡を利用した自撮り。
顔の下半分はスマホで隠しているが、滲み出る雰囲気が私のタイプだった。
だがしかし残念なことに、初手からメッセージが終わっている。
<海苔子ちゃん、会おうよ~~~>
通常であればブロック案件だが、私は彼の顔の下半分を見てみたいという好奇心に駆られた。
おまけにFukuは、場所も時間もこちらの都合に合わせてくれるという。
<XXX(喫茶店)ならいいよ>
そうして喫茶店と時間を指定し、平日の夕方にお茶をすることになった。
スーツで現れたFukuは、スタイルが良くシュッとしていた。
Fukuがコーヒーを飲もうとマスクを外す。
緊張の一瞬。
顎が少々しゃくれてる。
でもまあ許容範囲か。
これでタワマン。
あれ、けっこうアリでは!?
そう思ったゲンキンな私は、本名と会社名を伝えて自己紹介をした。
「へー!あの会社、楽しそうだよね」
Fukuは私の仕事に興味を持ち、色々と質問をしてきた。
一通り自分の話をし終わったので、今度は私がFukuに尋ねる。
「…で、あなたの名前は?」
「んー、秘密!」
前代未聞、ワッチュアネームに答えない男。
どうせ福田か何かだろうけど。
はじめはセンスのない冗談かと思ったが、福田(仮名)はどうやら本気で名前を教える気がないらしい。
私はこれから先の数十分が無駄になることを確信した。
福田(仮名・以下略)はその日の夜に仕事関係の飲み会があると事前に教えてくれていたので、世間話の一環として聞いた。
「今日、飲み会なのにスーツなんだね。場所はどの辺?」
「相手がお客さんだからねー。場所は、会社わかっちゃうから秘密!」
もう、お手上げでぇす。
「秘密」という返しから話題を作るなんて、暗闇でジグソーパズルを組むようなものだ。
私は会話を広げる努力をやめ、形式的にLINEを交換して解散した。
もう一生会うことはないだろうと思っていたが、翌日以降、なぜか福田からのLINEが止まらなくなった。
<おはようございます!>
<ノリノリちゃん、今日は何してる?>
<元気??>
<ノリノリちゃん、俺明日から名古屋出張になっちゃったよー!>
<出張疲れた~~~>
「ノリノリちゃん」という呼び方に白目を剥きながら、私は3回に1回くらいの割合で一応返信をした。
あの日は緊張してうまく話せなかっただけで、本当は私のことを良いと思ってくれていたのではないか。
この説に、一縷の望みをかけたのだ。
<ねえ今日暇ー!>
平日の昼下がり、福田からそう送られてきたタイミングで、私はジャブを打った。
<19時には上がれそうだけど飲む?>
<んー、明日早いからやめとく>
ははーん、おちょくられてるな?
私はその日から、福田に返信することをやめた。
何かを察した福田から
<ノリノリちゃん、彼氏できちゃったのー?>
と送られて来たが、私は無視を決め込んだ。
福田からのメッセージは、その後も届き続けた。
<ねぇー!!>
<おはようございます!>
<ノリノリちゃーん!会おうよ~>
多分これは福田が手で打っているのではなく、Botなのだろう。
あなたが人間の心を取り戻した暁には、またコーヒーでも飲みましょう。
そう思いながら、私は福田Botをブロックした。