東大卒、スタートアップCEO、30歳。
名前はYuta(仮)。
英語で書かれたプロフィール文には、出張でよく行く国名がずらりと書かれていた。
<おすすめの本を教えてください。僕が最近読んだのは…>
Yutaからメッセージが届き、こいつは大物に違いねぇ!と直観した私は丁寧に返信をした。
チャットはしばらく続いたが、Yutaの返信はいつもAM2時~4時のド深夜だった。
死ぬほど働いているのだろうか?
そして君も、ショートスリーパーなの?
かつて出会った頭の良すぎる経営者(以下)
を思い出しながら、なんとかこの人から「会いましょう」を引き出せないものかと試行錯誤した。
2週間を経て、ようやく私はYutaからお誘いを受けた。
<今度、お茶しない?海苔子さんの好きな喫茶店に行こう>
タクシー代が痛くも痒くもないからなのだろうか。
時給のエグそうな人に限って、決まってエリアをこちらに寄せてくれる。
私が指定した行きつけの喫茶店に、Yutaはラフな服装で現れた。
「海苔子さん?こんにちは」
実物のYutaはちょっと不自然なほどにこやかで、人当たりがよかった。
貼り付けたようなその笑顔に、絶対に本心は見せないよという強い意志を感じた。
私が簡単に自己紹介をしてからYutaの仕事について尋ねると、彼はスマホで会社のホームページを開いて説明をしてくれた。
「XXXって会社で、こういう事業をやっていて…」
AIを駆使してインフラ問題を解決する、新進気鋭のスタートアップ企業。
私は彼のわかりやすい説明を聞きながら、「この話どこかで聞いたことあるような…」と記憶を辿っていた。
あ、思い出した。
「こういう感じの事業、○○○(某テレビ番組)で観たことある」
「うん、出た」
!!!!!!!
あ、あの時の、あの社長でしたか。
へぇ…
へぇぇぇぇぇぇ(動揺)
唯一無二の技術があり、参入障壁が高く、世界で戦える。
放送時には既に数億円の資金調達に成功していた、将来性の塊みたいな会社だった。
私は番組を見ながら「上場したら投資してぇ」などと思っていたのだった。
「お会いできて光栄です」
「いえいえ、そんな」
変わらぬ笑顔で謙遜するYutaに「何でその分野で起業したの?」と尋ねると、彼は経歴を教えてくれた。
生まれ育ちは某田舎の山奥。
小中学校のクラスメートはただひとり。
片道3時間も山道を歩いて通学する環境で育った。
「そのクラスメートとは山が違ったから、通学の往復6時間ずっとひとりで」
YAMA GA CHIGATTA?
私も比較的田舎で育ったが、さすがにそのワードは聞いたことがない。
「二宮金次郎みたいに、ずっと本を読みながら歩いてたんだよね。そしたら図書室の本を全部読み終えてしまった」
高校からは一学年200人の普通規模の学校になり、様々なカルチャーショックを受けながらも彼は東大を目指した。
「でも、地元を出ることを親に反対されて。東京へ行くならお金は一切出さないって言われたんだけど、出ちゃった」
彼が高校生の頃、某IT企業の役員が学校へ講演に来たことがあった。
東京に出てきた家なしの彼は、真っ先にその役員を訪ねて事情を説明した。
「何でもやるので仕事くださいって言ったら『給料は出さないけど、その代わり家と食事の面倒はみる』っていう住み込みバイトみたいな形で雇われることになってね。そこでプログラミングを覚えたら、ちょっとずつ仕事がもらえるようになって、半年で家賃が払えるくらいになった」
彼はその後、在学中に起業。
現在に至るという。
頭の良さもだが、度胸と行動力がエグい。
私は圧倒されていた。
他にやることがなかったからと山を歩きながら本を読んで知識と学力を養い、親の仕送りがなかったからと住み込みで働いたことで、強制的にプログラミングを覚えることになった。
決して恵まれてはいない境遇を全部跳ね返して、むしろガソリンにして、いまや頂上まで登り詰めている。
遠すぎて、見えない。
コーヒーを飲みながら2時間ほど話して、喫茶店の閉店時間になり外に出た。
私と彼は人としてのレベルが違いすぎて、恋愛関係に発展することはまずないだろう。
でも、せめてもう少し仲良くなりたい。
そう思った私は、Yutaに言った。
「今度、飲もうよ」
彼は変わらぬ笑顔で「ぜひ」とLINEを教えてくれたが、私は70人会った経験から察していた。
その飲みが実現する日はこない。
タクシーで去っていくYutaを見送りながら、様々な感情が渦巻いていた。
自分が彼の恋愛対象に入り得ないことの切なさ。
嫉妬するのもおこがましいほどの、人生の差に対するささやかな絶望。
「田舎で育ったから、都会育ちの人には知識もセンスも敵わなくて当たり前」と言い訳にして逃げていた自分の不甲斐なさ。
それでも、あんなすごい人と2時間も話せた。
その事実だけは、光栄に思った。
なぁ、上場したら教えてくれよ?
そうして私は、家に帰りパソコンで彼の名前を検索した。
期待の若手起業家として載った経済誌、有名女優との対談、その他数え切れないほどの賞賛の記事。
それらをぼんやり眺めていると、1枚の写真に目が留まった。
やや緊張した面持ちで取材に応じる彼の姿。
その左手の薬指には、シルバーの指輪が光っていた。
「え、既婚…?」
さっき見た彼は、指輪をしていなかった。
香ばしい。
香ばしいぞ、これは!!!
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