前編はこちら↓
場所と時間を決めるにあたり、岩田は恐ろしく段取りが悪かった。
彼が提示した候補日時は私の都合が悪く、代案を出すもなかなか返信がこない。
CMBの特徴の一つに、「1週間やり取りがないとチャットルームが強制的に閉じられる」というものがある。
前日に「明日で○○さんとのチャットルームは閉じられます」という通知が英語でくるのだが、岩田は何度もそのタイミングで返信を寄越し、その度にチャットルームは1週間延長された。
そんなにやる気ないならもういいよ!と思ったが、最終的には岩田が場所と時間をこちらの都合に合わせてくれたので、期待は薄かったが会うことにした。
「海苔子さんですか?初めまして」
写真のままの容姿に、プレーンな服装。
これといって難はなさそうに見えたが、どうしてだろう。
向き合った瞬間から、私の頭はあの言葉で埋め尽くされていた。
セクシーダイナマイト(仮)。
「初めまして。岩田さんって、関西出身ですか?」
かつてTinderのプロフィールに書かれていたので答えを知っていたが、あえて尋ねた。
「大学までずっと京都でした。XXX(某総合商社)で働いてて、社会人1年目から東京です」
その商社には、私の友人が何人か勤めている。
社歴も近いはずなので試しに名前を挙げると、岩田は全員知っていて少し警戒心が薄れた。
それから初対面らしい無難な会話が続いたが、エキセントリックなLINE IDを設定する人とは思えないほど岩田は真面目で、悪く言えば面白くなかった。
「いい加減結婚しないと、ヤバいんですよね」
岩田はそう言った。
CMBの利用目的は婚活らしい。
1時間半ほど話してカフェを出て、岩田がお会計を済ませてくれたので私は尋ねた。
「おいくらでした?」
「えっと…85万円でした」
数字ボケというものは、だいたいスベる。
私はあえてツッコまずにボケで返した。
「じゃあ半分払います。42万5千円、PayPayでもいいですか?」
「え?」
私も普通にスベり、束の間、お通夜みたいな空気が流れた。
そして現金を千円回収され、連絡先を交換しないまま解散した。
最初の違和感って、やっぱり外れないものだな…
解散した後でしみじみそう思いながら、私はLINEを開き、忘れもしないあの言葉を検索窓に打ち込んだ。
<sexy_dynamite…>※仮
あの日と同じアイコンの岩田が出てきた。
これ、いま友達に追加して「ありがとうございました!」って送ったら、だいぶ怖いだろうな。
そんなホラーなシナリオを思いついたが、実行に移すほど私はバグってなかった。
その後、CMBを通じて2人会ったが、いずれも真面目すぎてあまり盛り上がらず、また、アプリ自体ユーザーが少ないため同じ人ばかり出てくるようになり、数ヶ月で消してしまった。
最後に余談。
岩田はTinderの方では転生を繰り返しているようで、名前や写真を変えてはその後何度も現れている。
その度に私は想像する。
もしTinder経由で出会っていたら、彼の別人格が見られただろうか?
その姿はきっとセクシーダイナマイトで、少なくともあの日の岩田よりは、面白かったように思う。