キックボクサー志望のフリーター

立命館大学卒、職業不詳、33歳。

名前はタケル(仮)。

 

ますだおかだ岡田みたいな、昭和の男前感のある顔立ちをしていた。

タイプではなかったが、連携したSpotifyの選曲がフジファブリックで、なぜだか気になった。

 

<好きな作家は○○と△△、あとXXです^^>

 

タケルから最初のメッセージが届く。

文末の ^^からおっさん感が滲み出ているが、趣味は合いそうだ。

 

しばらくチャットを続けていると、<今度よかったらお茶しませんか?>と誘われた。

 

私は気になっていたことを、率直に尋ねた。

 

<仕事何してる人?>

 

普通、営業とかコンサルとか、そうでなくても会社員とか、何かしら書いているものだ。

空欄は怪しい。

 

<フリーターです^^>

 

…ふぁ!?

 

メッセージは続いた。

 

<勧誘などは絶対しないので安心してください^^>

 

勧誘しませんの後に付けられる「^^」ほど、不安を煽るものはない。

 

<何で33歳でフリーターなの?>

 

<やりたいことがありまして、、>

 

夢追い系か?

きちぃな…

 

本音ではそう思ったが、場所も時間も合わせるという彼の熱意に負け、平日朝の仕事前、最寄りの喫茶店に呼び出した。

 

タケルはラフな服装で、時間通りに現れた。

 

「バイトは何してるの?」

 

「配達員とか。何個か掛け持ちしてます」

 

「大学卒業してからずっと?」

 

「いえ、メーカーで6年働いてました。でもブラック企業で土日出勤もたまにあったので、このままじゃやりたいこと何もできないなと思ってフリーターに」

 

「やりたいことって何?」

 

「キックボクシングと音楽ですね」

 

二兎!!!

33歳フリーター、相場はひとつだろ。

 

「どちらかでプロになりたいってこと?それとも趣味として?」

 

「両方で、お金を稼げるようになりたいです」

 

ん???

 

どうにも状況が理解できず詳細を聞き出すと、こういうことだった。

 

学生時代のタケルは特にやりたいことがなく、周りに流されるまま就活をし、メーカーに入った。

仕事がつらく「このまま会社員として人生を終えるのは嫌だ」と思い、やりたいことを改めて考えたら、キックボクシングと音楽だった。

 

現在、キックボクシングは週2でレッスン(有料)を継続中。

 

音楽はオーディションをいくつか受けたところ、研修生的な感じで事務所に仮所属できることになり、こちらも週に何日かレッスン(有料)を継続中。

 

バイト代だけでは足りないので貯金を切り崩し、まる2年が経とうとしている。

 

以上。

 

「音楽は自分で作ってるの?」

 

「作らなきゃなーとは思ってるんですけど、完成させたことはないですね」

 

「オーディションはカバー曲?」

 

「はい。スキマスイッチとか」

 

もう、諦めろよ。

30過ぎてスキマスイッチのカバーしてる奴、100%売れねぇよ。

 

「ミュージシャンってさ、自分の中に何か強烈な感情があって、それを表現する手段が音楽しかなかった、みたいな人がなるべくしてなると思うんだよね。ただ歌うのが好きなだけなら、どうして趣味じゃ駄目なんだろう」

 

「仰っていることはわかります。でも、何だってやってみないと分からないと思うんです」

 

「2年やったんだよね?」

 

「事務所のレッスン契約が3年なので、だからあと1年はと思ってて」

 

頑固だな、こいつ。

 

「じゃあキックボクシングは?こういうふうになりたいっていう目標はあるの?」

 

「憧れの選手はいます。でもみんな年下か同い年くらいで、子供の頃からやってるような人ばかりで。29歳で始めた自分がそこに行けないのは分かってるので、せめて『後楽園ホールで試合に出たことあるんだよ』って言えるようになれたらいいなって」

 

「1回後楽園ホールに立てたら満足?」

 

「いや、それは違いますね…」

 

「なんか、フワフワしてるね」

 

「ですよね。自分でも分かってるんですけど」

 

タケル、すまん。

私は少々ムカついてきた。

論破させてもらう。

 

「今からどんなに頑張ってもトップになれないと分かっていて、どうしてわざわざそこを目指すの?それとも、歌えるキックボクサーみたいなキャラ枠でやってく?だとしたら、いま本当にその枠が空いていて、かつ需要があるのか、先にマーケティングするべきだよ」

 

「仰るとおりだと思います。歌えるキックボクサー、もう既にいるんですよね…」

 

場はただの辛口人生相談と化していた。

怯んだタケルは、私に質問を始めた。

 

「海苔子さんは “何者かになりたい欲”、ないですか?」

 

「私は仕事が楽しいから。ずっと編集者でありたいし、それ以外は趣味でいい」

 

「会社員で終わるの、嫌じゃないですか?」

 

大学生か、お前。

 

「Alexandrosってバンドいるじゃん?あの人たち、青学の在学中にデビューできなかったら、普通に就職したのね。『おじいちゃんになってもデモテープを送り続けるために』って。その代わり休日は全部音楽に捧げて、結果デビューして成功した」

 

「へぇ…そうなんですか」

 

「タケル君は、前職が合ってなかっただけだと思う。定時で帰れる会社は探せばあるし、何するにしても就職した方が経済的にも精神的にも安定すると思うよ」

 

「でも、いったんやりたいことに全振りするってことを、やってみたいんですよね」

 

「バイトは週5?」

 

「はい。たまに週6です」

 

「それのどこが全振りなの」

 

「でも、何だってやってみないと分からないじゃないですか?」

 

この言い訳が、彼の口癖のようだった。

 

やってみないと分からない。

 

「想像できるんじゃないかな。2年もやったなら。あと、ここまでいけば満足って分からないまま闇雲に続けても、幸せになれないと思うよ」

 

私は我に返った。

デジャブだ。

前にもあった、このパターン(以下参照)。

noriko-uwotani.hatenablog.com

お前らの目的はマジで何なんだよ???

 

「私、そろそろ仕事行くわ」

 

「ありがとうございました。話せてよかったです」

 

私は自分のコーヒー代を置いて喫茶店を出た。

 

やってみないと分からない。

 

彼は同じ理由でTinderを使い、私に会ったのだろう。

 

耳障りのいい言葉をくれる人か、厳しい言葉を投げてくる人か。

見分ける方法などいくらでもあるが、おそらくそれ以前に。

 

彼はそもそも自分が欲しいのがどちらなのか、分からなかったのだと思う^^