前編はこちら↓
飲みに行く流れは想定してなかったが、気になる居酒屋が近くにあったことを思い出しルイに伝えると、彼はすぐ店に電話をかけてくれた。
「佐藤で2名でお願いします。10分後くらいに行きます」
素晴らしい段取りだが、佐藤…?
絶対違うだろ。
「電話ありがとう。でも佐藤じゃないよね?本名は何ていうの?」
「よくお気づきで。本名は~~~・~~~~」
エクアドルネーム、聞き取れなすぎワロタ。
居酒屋に入ると、酒の勢いでエロい展開を打診される前に断っておこうと思い、私はさっそく尋ねた。
「プロフィールに書いてた裏垢っていうのは何?Twitterでたまに見るエロいやつ?」
「そうです。最近アカウント消しちゃったんですけどね。ただ今は他にやりたいことがあるので、真剣な彼女探しではないよって意味で一文残してます」
私はずっと、微妙なフォロワー数でエロ垢を運営する人たちの目的がわからなかった。
「ずっと気になってたんだけどさ。あれって『私も抱いてくれ!』的なDMがくるのを待ってるの?それが目的?」
「そうですね」
「顔出さなくてもDMくるの?」
「きますね。でも、向こうも写真ないから選べないじゃないですか?それで辛くなってやめました」
そんな女性がいるのか。
Twitter経由で、顔も素性もわからない男性に抱かれようとする女性が。
闇が深すぎて、ハイスペイケメンを狙い撃ちしたいヤリモクTinder女子がもはや健全に思えた。
「どういう子がくるの?可愛い子いた?」
「たまーにですけど、いましたよ。あと僕が『太ってる人が好き』って書いてたので、そういう人も多かった」
「へぇ、そうなんだ」
「あ、でも、性癖はそうなんですけど、実際に付き合う子は普通の子ばっかでしたよ!」
心配するでない。
私、太ってないや。残念だな。などとは1ミリも思ってない。
裏垢の話を終えると、私たちはまたゴリゴリのサブカルトークを再開した。
「そういえば、他にやりたいことって何?」
私が尋ねると、ルイは言った。
「作曲です。昔習ってたピアノを、もう一回ちゃんとやろうと思ってて」
ピアノ弾く男子いいな。
爪が緑じゃなければ、だけど。
ちょうどその時、仕事の電話が入っていたことに気づき、私は一時的に席を立った。
少しして戻ると、ルイが私の顔をじっと見てきた。
「…何?」
「いや、綺麗だなと思って」
マッチングアプリ芸人を長くやっていると、この手の発言が本音なのか、ワンチャンいけるかもという下心によるものなのか、手に取るようにわかる。
ナメんなよ、おい。
「はは、ありがとう。そろそろ行こうか」
居酒屋に入ってから、3時間近く経っていた。
ルイは喫茶店代も飲み代も頑なに受け取ろうとせず、私が「今日は帰る」と伝えると、何事もなく解散した。
電車に乗ると、すぐLINEが届いた。
箇条書きで並んだ「今度話すことリスト」と「来週の土曜は空いてますか?」という打診だった。
会話は面白かったが、「真剣な彼女探しではない」と宣言しながらワンチャン狙ってるグリーンネイルマンともう一度会ったところで、お互い時間の無駄である。
私は奢られたことを引け目に感じながらも遠回しに断り、ふと思った。
「真剣な彼女探しではない」
これ言って許されるのって、死ぬほどモテる奴か、ピュアなヤリモクのどっちかなんだよな。
グリーンネイルマンよ。
お前はきっと、後者に振り切った方がいい。