【番外編】歌舞伎町のバーで出会った社会心理学者の話

歌舞伎町の片隅に、”学問を肴に酒を飲む”がコンセプトの珍しいバーがある。

その名も「学問バー・Kisi」。

 

日替わりのマスターは研究者か大学院生で、各々の研究分野について、夜な夜なお客さんとアツいトークが繰り広げられている。

 

オープンしたての頃は物理や数学などガチ度の高いテーマが並んでいたものの、最近はとっつきやすいテーマが増えた気がしていて、たまにサイトのスケジュール(https://gakumon-bar.com/)をチェックしていた。

 

ある夜。

私はひとり新宿でライブを観終わった後、ふと思い出してその日のスケジュールを見た。

 

社会心理学者と恋愛の失敗について考える>

(正式タイトル忘れたけどこんな感じ)

 

え、面白そう。

 

私は普段、ひとりでバーに行くなど絶対にしないタイプだが、勇気を出して歌舞伎町のビルに足を踏み入れた。

 

 

ドアを開けると店内はほぼ満席。

カウンターに面した壁はホワイトボードになっていて、なるほど講義ができそうな造りだ。

 

「初めて来たんですけど、どういう感じですか?講義が聞けるんですか?」

 

カウンターに席を作ってもらい、その日のマスターである社会心理学者に雑な質問を投げる。

 

マスター「講義する時もあるんですけど、今日は喋りすぎたので今はゆるゆる質問を受け付けている時間です」

 

すると、私の隣に座っていた20代の女性が言った。

 

「もう帰っちゃったんですけど、さっきまでここにいた男の子が ”恋愛コンサルタントに100万払ったのに、マッチングアプリの返信の添削してもらってるだけ” って相談を聞いてました笑」

 

なんそれ!!

聞きたかった!!!

 

お客さんは大学生から外国の方まで多種多様で、私はしばらく彼らのQ&Aに耳を傾けた。

マスターはもちろんお客さんも言語化能力が高く、心なしか賢そうな人が多い。

 

カウンターに座っていた現役美大生の「描きたいものがなくて絶望している」という相談が始まり、話題は「幸福とは何か」みたいなテーマに移った。

 

マスター「”人は他者貢献でしか幸せになれない”っていうのは、既にいろんな研究で証明されてるんですね。だから僕は、やっぱり人は子供をもった方がいいと思うんです。自分の子供は、何の見返りも求めず自分を好きになってくれて、信頼してくれる唯一の存在で、代わりはいないから」

 

美大生「ペットはどうですか?」

 

マスター「猫が好きだから猫を飼うのならいいけど、心の穴を埋めたくてペットを飼う人が実はいちばんヤバい。動物ってやっぱり人間と反応が違うんですよ。代わりにはならないです」

 

私「例えば自分が何かのクリエイターで、絶対的に味方でいてくれるファンがいたらどうですか?」

 

マスター「ファンは味方でもあり、同時に監視をする存在でもあるんです。だから、ファンの期待に応えようとして自分のコンセプトからずれていく人がたくさんいる。そうなるとキツい」

 

このマスター、すごい。

めちゃくちゃ喋りが上手いし、頭の回転が速い。

 

私はこのブログで散々「研究者の話は長いしつまらん」と書いてきたが、素人向けの講義に慣れている人はこうも違うのかと感動した。

 

だんだん場の空気に慣れてきた私は、自分の相談をすることにした。

 

「私、人生で一度も子供を産み育てたいと思ったことがないんです。自己肯定感も幸福度もだいぶ高いんですけど、それが結婚・出産に結びつかない。そういう人はどうしたらいいですか?」

 

マスターは言った。

 

「特に女性は、素敵な人に出会うと『この人の子供なら欲しい!』って思うと聞くから、やっぱりまずは出会うことじゃないですか?ほら、今なら『大谷翔平の子供なら欲しい!』とかよく聞きますし」

 

たしかになぁ…

私も順調な彼氏がいる時は「この人と結婚するんだろうな」と漠然と考えていたことをふと思い出した。

 

1時間くらいで帰ろうと思っていたが、マスターの話が面白くて閉店までいてしまい、店を出る時、最後まで残っていたお客さんとエレベーターで一緒になった。

 

私の目の前には、膝丈のワンピースを着て丁寧に化粧をした男性が立っていた。

 

先ほどまでソファ席に座っていたのを横目に見ていたので、どうしても気になり話しかけた。

 

「常連さんですか?」

 

男性は、低い声で言った。

 

「はい。たまに来ます」

 

「何されてる方ですか…?」

 

「昼間は普通に男の格好で、会社員してます」

 

老若男女がランダムに集うバーという場所。

その日のメンツによって当たり外れはあるのだろうけど、面白いなぁと思った。

 

私がひとりでバーに行かない理由は、女がひとりカウンターで文庫本を開こうものなら”話しかけられ待ち感”が出てしまうのではないか?という恥ずかしさによるものだが、こういうスタイルなら入りやすくていい。

 

また機会があったら行ってみます。

(そして、できれば一度マスターをやってみたい)