13歳で喪主になった経営者(前編)

青山学院大学出身、ゲーム会社勤務、29歳。

 

RADWIMPS野田洋次郎を彷彿とさせる本人の顔写真と、

<XX出身。脚本書いてます>

という短いプロフィール文。

 

出身地が珍しく私と同じで、親近感を覚えてマッチした。

聞くと、彼はゲーム会社でRPGの脚本を書いているという。

 

<私も小説書いたことあるよ>

 

そこからしばらくチャットが続いた後、私は洋次郎とコーヒーを飲みに行くことになった。

 

<俺、○○(私が住む街)まで行きますよ。歩きます>

 

洋次郎と私の最寄駅は4駅ほど離れていて、歩けば30分はかかる。

 

電車賃を浮かせたいのか?

もしや、めちゃくちゃ金ない奴?

まあいいや、コーヒーくらい奢ってあげよう。

 

そうして全く期待せず、私は行きつけの喫茶店を指定した。

約束の10分前になり、洋次郎から連絡があった。

 

<間違えて逆方向に歩いちゃって、遅れそうだからタクシーで向かいます>

 

…?

 

<いいよ、ゆっくりで。先に入って本読んでる>

 

<もう乗っちゃった。多分ちょうどくらいに着く>

 

そうして洋次郎は時間通りに現れた。

 

「ここは奢るよ。好きなものをどうぞ?」

 

私が言うと、洋次郎は一番安いブレンドコーヒーを頼んだ。

 

「私も地元一緒なんだよね。△△高校出身」

 

「え、姉貴と一緒だ。俺は□□高です」

 

彼の出身校は、地元でいちばん偏差値の高いところだった。

そこを出ての青学は、正直残念というか「何かあった?」レベルである。

 

私は気になり、彼の半生を尋ねた。

 

「ちょっと家庭が複雑で」

 

小学生の頃に両親が離婚。

母親に育てられたが、その母親は彼が中学1年生の時に他界。

13歳にして、母の葬儀で喪主を務めることになった。

 

「もう葬儀のことで忙しすぎて、わけがわからなくて、涙なんか出ないんですよ。結局、母の死では1回も泣かなかった」

 

当時、彼の姉は高校一年生。

「もう二人でやっていけるでしょ?」という親戚の言葉により、姉との二人暮らしが始まる。

 

「姉が病んで引きこもりになってしまって、勝手に母の遺産を全部遣われたんです。で、俺の大学の学費が払えないってなったところに、青学なら特待生で行けると言われたから、とりあえず入った感じ。面白くなくて1年で辞めちゃったんですけど」

 

彼は壮絶な人生を、架空のゲームの脚本のように淡々と語った。

 

「…お姉さんは今、どうしてるの?」

 

「絶縁状態で、もう10年くらい会ってないから分からない」

 

彼には実質、家族がいない。

どれだけの孤独を抱えて生きてきたのだろう。

 

「で、大学を辞めてゲーム会社に就職したと?」

 

「いや、就職じゃなくてね、」

 

洋次郎には不眠症の友人がいた。

その友人を救うために、彼は独学でプログラミングを勉強し、不眠症の人に向けたヒーリング系のアプリを作った。

それがあれよあれよと広まり、起業。

現在は社員20人を抱えるゲーム会社の社長をしていて、都内の一等地にオフィスを構えているという。

 

めちゃくちゃ成功しとるやないか~い。

 

「すごいじゃん。何でTinderやってるの?」

 

彼のプロフィールは、女にモテるためのそれではなかった。

女を引っ掛けたいなら、経営者だの社長だのと書けばいいのに、しがない脚本家を装っていたからだ。

 

「ゲーム界隈の人とばかり喋っていると、マスの感覚を忘れるんですよ。だから、違う世界の人と定期的に喋りたくて」

 

ちょうどその頃、喫茶店のBGMが蛍の光に変わり、閉店を知らせた。

 

「ねぇ、このあと時間ある?飲まない?」

 

ひとりの人間として洋次郎に強く興味を惹かれた私は、気付けばそう口走っていた。

 

後編はこちら↓

noriko-uwotani.hatenablog.com