旧帝大卒、32歳、国家公務員。
千葉雄大に似た目のくりっとした犬顔で、私のタイプではなかったものの、珍しくスーパーライクを受け取ったのでマッチングした。
「編集者さんなんですか?俺、小説家志望なんです。話相手になってください!」
あら、珍しい。
だがしかし、私はウェブ周りと雑誌しか担当したことがなく、文芸誌や書籍は専門外である。
そう理った上で、それでも話がしたいと千葉が言うので、平日の夜にお茶をすることになった。
現れた彼は仕事終わりのためか疲れを見せていて、さながら三徹した千葉雄大だった。
「お時間取ってくれてありがとうございます!」
公務員らしく地味なスーツ姿で、低姿勢を貫く千葉。
私はさっそく尋ねた。
「どんな小説を書いてるの?」
「それが、全然書けてないんですよね」
聞くと、千葉は大学時代から小説家志望で、執筆の時間を確保するために残業の少ない公務員になった。
しかしいざ書こうとしても書けず、特にここ1年は全く進んでいないという。
「1日どのくらい書いてるの?」
「うーん、2文字とか。書き始めようとするとつい他のことしちゃって駄目なんです」
2文字。
それは執筆とは言わんよ、千葉。
「他のことって例えば何?」
「YouTube見たり音楽聴いたりですね。趣味と言えるほどの趣味はないんですけど。仕事も別に楽しくなくてお金のためって割り切ってるから、なんかずっと無気力で、このままでいいのかなって悩んでるんです。昔から人にやれって言われないとできない性格で、そのせいもあると思うんですけど」
千葉の話を聞きながら、私はだんだんイライラしてきた。
何かをやりたいと思うことと、実際にやることの間には、確かに深い川が流れている。
だけど、何もやらないで言い訳ばかり並べる人間が、私は大嫌いだ。
「本当は書きたいなんて思ってないんじゃない」
気づいたら、千葉にキツい言葉を浴びせていた。
「人に言われないと書けないなら、それは自分のやりたいことじゃないよ。なんとなく過ぎていく毎日が嫌で、生きる目的を捏造してるだけなんじゃないの?本気で小説家目指してる人は、もっと色んなこと我慢して犠牲にして必死で書いてるよ。千葉君の書けないっていう悩み、次元が低すぎるよ」
見るからにたじろぐ千葉。
「いや、書きたいって気持ちは本当です!そのために彼女と別れたこともあるし」
「どういうこと?」
「結婚したいって言われて、でも俺は小説家を目指してるからまだ無理だって言って」
この発言により、私のイライラは爆発した。
「執筆は働きながらできるし、そのために公務員になったんだよね?で、結果書いてないんだよね?だとしたら、それは何かを断る理由にはならないんじゃない」
あぁ、まずい。
初対面の相手にいくら何でも言いすぎだ。
てか何だこの時間。
帰りてぇ。
この後の流れをどうしようと頭をフル回転させていると、千葉がゆっくり口を開いた。
「こんなにはっきり言ってくれる人、初めてお会いしました。なんか目が覚めました。ありがとうございます。やっぱりちゃんと書かなきゃって、いま改めて思いました」
刺さってるワロタ。
千葉は続けた。
「あの…もし迷惑じゃなければ、これから定期的に会って俺の進捗を聞いてもらってもいいですか?そうしたら、頑張れる気がするんで」
「それは私に何のメリットがあるのかな?」
喉元まで出かかった質問を冷めたコーヒーでギリギリ呑み込んで、私は千葉に言った。
「ツイッターでもブログでも何でもいいから、もっと色んな人の目にふれるところで宣言した方がいいよ。大きな目標があるときは、風船をなるべく高くあげた方がいいからさ」
そうして私はやんわりと逃げた。
LINEさえ教えるのが嫌で、テーブルに千円札を置いて、文字通り逃げた。
三徹した千葉雄大よ。
本当に三徹してから出直してこいや。