旧帝大卒、ピアニスト、29歳。
名前は千秋(仮)。
ピアノを演奏している引きの写真しかなく顔はよくわからなかったが、180センチの長身とメガネをかけた知的な雰囲気、そして無駄な高学歴に興味を惹かれた。
加えて、彼はプロフィールに1枚の絵を載せていて、それは私が大学時代に研究していた画家の作品だった。
<海苔子さんの写真のセンスが好きです。3枚目の写真はどこで撮ったものですか?>
千秋は私が載せていた写真についてあれこれ質問してきたので、私も彼の絵についてツッコんだ。
<XXX(画家)好きなの?私、大学で研究してたよ>
<え、本当ですか!いちばん好きな画家で、CDのジャケットにも使わせてもらってるんですよ>
CD出してんの…?
もしや、すごい人?
<それどこかで聴ける?差し支えなければ>
<めちゃくちゃ本名ですけど…よければどうぞ!>
Spotifyのリンクが送られてきて、開くと千秋が出しているアルバムに飛んだ。
真夜中に部屋でひとり、再生ボタンをタップする。
流れ出すオシャレでムーディーな旋律。
私の中で彼のイメージが、のだめカンタービレの千秋様と化した。
<いいね。オシャレな曲だった>
<ありがとうございます!XXXの話とかしたいので、よければ一度お会いしませんか?>
そして私は千秋とカフェで待ち合わせた。
雰囲気写真だけ見て会うと大抵がっかりする(自戒を込めて)が、現れた千秋は、空気階段の水川かたまりみたいな端正な顔立ちをしていた。
スタイルがよくオシャレで、手が大きくて綺麗。
どうしよう。
写真よりだいぶイケている。
私のテンションは爆上がりしたが、平静を装った。
「何で◯◯大学出てピアニストになったの?」
最も気になっていた経歴を尋ねる。
「両親が東京藝大の同級生で、父は今も現役のチェロ奏者なんですけど、」
音楽一家に生まれた千秋は、クラシックやジャズを聴いて育った。
彼自身もピアノとギターに親しみ、高校生の頃からプロと一緒に演奏をしていて、はじめは親と同じ東京藝大を目指そうとした。
しかし当時は学びたかった科目が東京藝大にはなく、私立の音大に入れるほどの経済的余裕もなかったため、とりあえず旧帝大に進学。
大学でも引き続きプロとして演奏を続け、今もその延長で活動しながら、副業も色々やっているという。
「ピアノ演奏だけでやってくの、なかなか大変なので。音楽講師とか、あとフリーでエンジニアの仕事もしてます」
「エンジニア!?それはどこで勉強したの?」
「大学で少しかじってました。勉強は昔からわりと好きなんですよね」
私は彼の高校時代を妄想した。
同級生がRADWIMPSやアジカンを聴くなか、ひとりクラシックやジャズを聴くクラスメートの男の子。
背が高くイケメンで、勉強もできる。
ねぇ知ってる?
あの子、放課後にバーで演奏してるらしいよ…
駄目だ。
サブカルクソ女のワイ、どう考えても惚れる。
「学生時代、モテたでしょ?」
私は率直に尋ねた。
「あ、いやぁ…………そうでもないですよ!」
「その間はモテた人のやつだ」
「まぁ、彼女が途切れたことはなかったですね笑」
カフェは混んでいて90分で追い出されたが、まだ明るかったのでブラブラと歩いた。
すると、どこからかピアノの演奏が聞こえてきて、千秋が反応した。
「何かイベントとかやってるんですかね?」
「どうだろう。あっちの方かな?行ってみよう」
音のする方角に歩くと、本当にたまたま、ストリートピアノが置いてあった。
こんなことある!??
私は千秋に言った。
「何か弾いて」
「え…!緊張するなぁ」
目の前では大学生くらいの男の子がディズニーの曲を弾いていて、10人ほどのギャラリーがいた。
演奏が終わり拍手が起きる。
男の子が立ち上がり去っていったので、私は千秋の背中を押して座らせた。
千秋はそっとピアノの鍵盤に触れ、ほんの数秒、何かが降りてくるのを待つみたいに天を仰いだ。
もしこの先、仮にこの人と付き合う未来があったなら、私はこの場面を何度も思い出すんだろう。
漠然とそう思った。
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