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千秋の演奏が始まる。
しっとりとした旋律が街を包んでいき、私は彼の美しい指先を横から見つめていた。
しかし、途中で気づく。
この曲、知らん!!!
こういう一般ギャラリーがいる時って、ディズニーとかジブリとかビートルズとか、誰もが知ってる曲の方がよくない?
え、カラオケの1曲目でバラード歌うタイプ??
曲は5分ほどで終わり、とりあえず私は盛大な拍手を送った。
そして知ったかぶりもできないと判断し、尋ねた。
「いまの、何の曲?」
千秋は苦笑して答えた。
「ビートルズの~~~です」
惜しい。知らん。
Let It Beとか、代表的な曲にしてくれよ。
内心そう思ったが、演奏してもらったことに対してお礼を伝えた。
「いいものを聴かせてもらった。ありがとう」
「いえいえ。緊張しました…。ところで海苔子さん、まだ時間あります?もう少し話したいので、別のカフェ行くか飲むかしません?」
千秋はそう言ってくれたが、私は次の予定があったので、その日はそこで解散した。
<今日はありがとうございました!またごはんとか、ライブとか誘わせてください!>
千秋からすぐにLINEが届き、その後も毎日やり取りが続いた。
ちょっとこれは、久々にいい感じかも知れない。
だがしかし、私はクラシックにもジャズにも疎く、正直あまり興味もなかった。
彼が引き出しの多いタイプならいいが、研究者的な1点深掘り型だと、だんだん会話がつまらなくなるパターンに違いない。
あと、私が川谷絵音が好きとか知ったら、引いてしまうんじゃなかろうか??
ロマンスがありあまる不安を抱え、音楽の話題を避けつつ他愛のないやり取りを続けること3日。
<週末、もし空いてたら飲みに行きませんか?>と千秋に誘われた。
そして翌週の土曜の夜、千秋が予約してくれたビストロで再会した。
千秋は相変わらずかっこよく、薄暗い店には大きなスピーカーがあり、ジャズのレコードが流れていた。
「ここ、音響がいいんですよね。前にも来たことがあって」
それから、音楽以外の話をたくさんした。
千秋は意外と好奇心が強く様々なことに関心をもっていて、会話の引き出しが多かった。
私が「◯◯っていう本に書いてあったんだけど」と引き合いに出す作品のほとんどを知っているほど、読書家でもあった。
あ、大丈夫そう。
ずっと喋れるタイプの子だ。
安心すると同時に、別の不安が沸き起こってきた。
芸術系の人は、たいてい難しい。
仮に付き合ったところで、どうせ長くは続かない。
「海苔子さんはいつから彼氏いないの?」
気づけば彼はタメ口になっていた。
自分の恋愛遍歴を控えめに話して千秋に同じ話を振ると、大学時代から5年も付き合い婚約までした彼女がいたが、その子と別れてからはあまり長続きしてないと教えてくれた。
「ファンに手出したりとか、ないの?」
私が冗談半分で言うと、彼はあっさりと答えた。
「あるよ」
「…え?」
「バーで演奏する時ってお客さんとの距離が近いから、終わったあと一緒に飲んだりとかザラで」
「へぇ…。で、仲良くなって連れて帰るわけ?」
「うん。でも、だいたい2回くらいエッチして、向こうも2回くらいライブ観にきてくれて、それでなんとなく終わりになるパターンが多い」
ほ、ほぅ…
「意外。もっと真面目な子だと思った」
「ミュージシャン界隈ってみんなそんな感じだから、感覚狂っちゃうんだよね」
バンドマン、美容師、バーテンダー。
3大「付き合ってはいけないB」という言葉を思い出した。
私は軽く引いたが、それでもいろんな話をしながら楽しく3時間ほど飲み、店を出た。
時計を見ると22時だった。
千秋は言った。
「まだ時間あるなら、もう1軒行く?」
「いいよ」
「それか、ホテル行く?」
「…はい?」
あまりにもさらりと言われ、思わず低い声が出た。
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