京大卒、ベンチャー企業勤務、31歳。名前はユウキ(仮)。
<世界一周しました。エピソードの弱い国を中心に二周目を狙ってます>
旅先で撮影された写真に写るユウキは、キャラの濃さに反して特徴のないプレーンな顔立ちをしていた。
<エピソードの強い国ってどこ?>
尋ねると、ユウキは500字ほどのエピソードトークを送ってきた。
なるほど、面白い。
私も負けじと強いエピソードで返し、しばしエピソード合戦が続いた。
<海苔子さん、飲みに行きませんか?場所時間は合わせます>
敗北を察したのだろうか。
早々とユウキに誘われた私は、平日の夜、指定された居酒屋に向かった。
ユウキは先に着いて座っていた。
「仕事終わりですよね?来てくれてありがとうございます」
写真のままの、解散5分後には忘れてしまいそうな特徴のない顔立ち。
だけど、低く落ち着いた声が印象的だった。
ハイボールで小さく乾杯をして、私はさっそく尋ねる。
「ユウキ君も仕事終わりだよね?何の仕事してるの?」
「IT系の会社でプログラマーと、それとは別に舞台俳優をやってます。公演の間は仕事ができないので、正社員じゃなくて時給で働いてるんですけど」
こんなに特徴のない顔で俳優か。
エキストラなら需要ありそうだが。
うっすらそう思いつつ、同時に私は、ユウキがTinderを使う目的に仮説を立てた。
もしかしてだけど~
もしかしてだけど~
公演チケット買ってくれる人を探してるんじゃないの?
酒のせいだろうか。
脳内でどぶろっくが歌った。
私はお前の顔ファンにはならんぞ?と若干の警戒心を抱きつつ、ユウキの経歴を尋ねる。
「出身は熊本で、大学は京都で数学を専攻してました」
「数学?珍しいね」
「子供の頃、本屋で好きな本を一冊買ってあげるって親に言われて数学の問題集を選ぶくらい、ずっと数学が好きだったんですよ」
「すごい。パズル感覚だ」
「そう。でも大学の数学は解けて気持ちいいとかそういう次元じゃなくて、もはや哲学なんですよね。面白くなくなって、エンタメが好きだったので卒業後はXXX(関西のテレビ局)に入りました。でも裏方より演者をやりたくなって、テレビ局辞めて声優の学校に入って」
なかなかの迷走っぷりである。
「なるほど。いい声してるなって思った」
「ありがとうございます。声優の学校って、授業で身体を使った演技をちゃんとするんですよね。まずそれができないと声だけの演技は難しいので。それで舞台役者もいいなぁって思い始めて、上京してきました。今はベンチャーで働きながら、年に2回くらい舞台に立つ生活です」
手に負えない迷走っぷりである。
「最終的には舞台役者一本で食べていきたい、って感じ?」
聞くと、ユウキは真顔で言った。
「理想は、芸人です」
「ん?」
「漫才やりたいんですよね。でもダウ90000っているじゃないですか?ああいうコメディユニットにも憧れがあります。とにかくお笑いがいいです」
京大を出て、31歳で芸人を目指し始める。
そんな人生があってもいいだろう。
本人に可愛げがあれば、きっと応援してくれる人もいるだろう。
しかし私は、ユウキを2時間ほど観察して気づいていた。
この子はものすごくプライドが高い。
見た目含め、おそらく舞台には向いてない。
「そっかそっか。ダウ9000面白いよね」
私は「頑張って」とも「やめとけ」とも言えず、曖昧なリアクションで場を濁した。
店を出る際、ユウキは「僕がお誘いしたので」と奢ってくれた。
もしかしてだけど~
もしかしてだけど~
チケット売るための先行投資なんじゃないの?
脳内のどぶろっくは未来を憂えていて、完全にキャラが崩壊していた。
しかし意外にも、ユウキは連絡先を聞いてこなかった。
数日後にはTinderからも消えていた。
私は公演のお誘いを断らずに済んだことに安心しつつも、何か傷つけるようなことを言っただろうかと少し気になってしまった。
「ユウキ君、芸人のラジオは聴いてる?」
「○○とXXXはずっと聴いてますね。海苔子さんは?」
「一緒!投稿してる?」
「いや、さすがに。え、投稿してるんですか?」
「○○は7回読まれたことあるよ」
そう言った時、ユウキの笑顔が一瞬だけ引き攣ったのを私は見逃さなかった。
有り余る大喜利センスで、彼をビビらせてしまったのだろうか。
もしかしてだけど。