【番外編】THE SINGLE銀座コリドー店に行った話

私が20代前半だった頃。

 

今となっては信じられないが、まだ世間には「マッチングアプリやってる奴ヤバい」という空気が漂っていた。

 

そんな時代、友人と冷やかし半分で、某地方都市のシングルスバーに行ったことがある。

 

女性は入店すると待合室に通され、無料のドリンクを飲みながら、指名を待つキャバ嬢のように店員に呼ばれるのを待つ。

 

呼ばれたら相席開始。

1人15分で、終われば待合室に戻り、また呼ばれるのを待つ。

その繰り返しだった。

 

おそらく店員は若い女性を優先的に呼んでいて、20代前半の私たちは呼ばれる回数が露骨に多かった。

だから無料で接待させられているような、辛い気持ちになったことを覚えている。

 

あれから時は流れ、見事にマッチングアプリ芸人と化した30代前半の私。

 

相席屋がプロデュースする1対1の相席バー ”THE SINGLE”の存在を知り、仕事終わりに行ってみることにした。

 

場所は新橋、コリドー街。

 

店は地下にあり、ぱっと見ちょっと入りにくいが、階段を下りると若い男性スタッフが元気よく声をかけてきた。

 

 

この店を利用するにはアプリのDLが必須で、私は事前に登録を済ませていたが、店内で改めて使い方やシステムの説明を受けた。

 

「もし他にわからないことがあれば、いつでもステッフにおっしゃってください」

 

男性スタッフは、はっきり「ステッフ」と言った。

 

ステッフゥ!!と心の中で弄る間もなく、さっそく席に案内される。

 

個室居酒屋の居抜きっぽいカジュアルな雰囲気で、全ての個室にカーテンがかかり、他のお客さんの様子は一切見えないようになっていた。

 

「まもなく男性の方がいらっしゃいますので、こちらのQRコードからドリンクを注文してお待ちください」

 

スマホでカクテルの注文を済ませたところ、一人目の男性がやってきた。

テーブルに置かれていた砂時計が、ステッフの手によってひっくり返される。

 

20分の相席、開始。

 

相手のプロフィールはアプリ内で見られるようになっていて、ざっと確認するとこんな感じだった。

 

名前は山内(仮)、神奈川県在住、37歳、職業は事務。

趣味は海外旅行(25カ国)、株取引、ちょこザップ。

 

顔はかまいたちの山内をめんぼうで薄く伸ばし、オーブンで焼いた感じ。

 

Tinderに出てきたら秒で左スワイプするだろうが、おそらく常連なのだろう。

会話はスムーズだった。

 

「初めまして。海苔子さんもご旅行がお好きなんですね。どういうところに行かれるんですか?」

 

私の海外経験は山内の25カ国を軽く超えているので、このトピックなら永遠に語れる。

 

しかし、もうあの頃の私ではない。

 

マッチングアプリ芸人として芸歴を重ねた私は、2回目はないと判断したその瞬間から、いかに山内から有益な情報を得るかに頭を切り替えていた。

 

旅行の話題を軽く広げてサッと風呂敷を畳むと、話題を変えた。

 

「どういうところの株買ってるんですか?」

 

「飲食のチェーン店はほぼ持ってます。だから普段の食事は株主優待をフル活用していて、食費が全然かからないんですよ」

 

山内は嬉しそうに続けた。

 

「家がXXのあたりにあるので、ほとんどのチェーン店は家の近くにあって。出社で東京に出てくる日は、XXにないお店を巡るようにしてます。今日もお昼は○○に行きました」

 

「桐谷さんみたいですね笑 どこの会社がおすすめですか?」

 

磯丸水産ですね。ランチで海鮮丼食べられるんですよ」

 

「へぇ。いいですね」

 

「あ、でも、デートの時はちゃんと美味しいもの食べに行きますよ?」

 

そんなことは心配してねぇよと思いながら愛想笑いを浮かべていると、先ほどのステッフがやってきた。

 

「残り時間5分になりましたので、評価の記入をお願いします」

 

THE SINGLEには評価システムがある。

 

といっても、かつて私がバチェラーデートで「髪型が似合ってない」と書かれブチ切れたあのクソ制度ではない。

 

”マナーに問題はなかったか"を星5つで評価させ、著しく悪かった人を出禁にするためのものだ。

 

とはいえ、本人の目の前でスマホを開いて星をつけるのってなんだかなぁ…と思いながらも、私は山内に星5つをつけ、次の部屋へ移動した。

 

続いて、2人目。

 

アプリを見るとプロフィールは空っぽで、名前はヒロシ(仮)、神奈川県在住、29歳ということしかわからなかった。

 

色白で目が細く、引きこもりですと言われても違和感のないひょろっとした男性だ。

 

「何系のお仕事されてるんですか?」

 

「事務やってます。さっき終わって今ここに着いたばかりで。ドリンク頼みますね」

 

「あ、どうぞどうぞ」

 

まさかの事務2連チャン。

さぁ何を喋ろうか。

事務は広げようがないし、プロフィールは空っぽだし。

 

テーブルには会話に使える質問リストが置かれているが、こんなものに頼らずとも会話を広げるのがプロのマッチングアプリ芸人というものだ。

 

 

「お住まい、神奈川のどちらですか?」

 

「△△のあたり…ってわかります?実家なんですけど」

 

「けっこう遠いですね。通勤大変じゃないですか?」

 

「はい、1時間以上かかります。それでもやっぱ楽だしお金貯まるので」

 

あぁ…価値観合わなそう。

 

ヒロシは私のプロフィールを見て言った。

 

「海苔子さん、お笑い好きなんですか?僕もけっこう好きなんですけど、好きな芸人は誰ですか?」

 

私は比較的メジャーな芸人を何組か挙げたが、彼は一組も知らなかった。

 

おい。

そのレベルで好きとか言うんじゃねぇ。

 

それでもどうにか会話をもたせて、20分。

私は彼にも星5つをつけて、退店した。

 

個人的に感じたTHE SINGLEを利用するメリットは、アプリや相席屋と比べ真剣度が高そうなこと。

また、相席した人とはアプリ内で1週間メッセージを送れるため、無理にLINEを交換する必要がないことだ。

 

デメリットは、着席しっぱなしなので身長がわからないこと。

学歴や収入なども会話から予測するしかないこと、だろうか。

 

私はこう思った。

 

 

それにしてもこの日、私が何よりも心を動かされたのは。

 

20代前半のあの頃と違い、どんな相手でも会話を繋げられるようになった己の成長ぶりであった。

 

マッチングアプリで苦戦するほど、バキバキに磨かれるコミュ力

 

仮に恋愛がうまくいかない人生だとしても、これだけはいろんなところで生かされるはずだ。