裏垢もってるエクアドル人【前編】

慶応卒、エンジニア、31歳、名前はルイ(仮)。

 

マスクをした写真しかなかったが<ハーフです>と書かれていて、イケメン風に見えた。

 

<趣味は哲学書と古典を読むこと、ピアノを弾くこと>

 

そんないたって真面目なプロフィールの最後に、気になる一文があった。

 

<裏垢やってます>

 

裏垢ってエロいやつ…?

ヤリモクなのか???

 

なんだか気になっていたら、ルイからメッセージが届いた。

 

<好きな本はXXXと◯◯です>

 

鬱がテーマの古い作品だったので、私はこう返信した。

 

<懐かしい。最近は鬱がひとつの要素として描かれることはあっても、それだけを主題に据える作品ってなくなったよね。鬱が病気として認知されたからかな?>

 

<そうだと思います。商業的な作品については分かりませんが、アート寄りの作品には「まだ人類が発見してない現象を描く」という側面がありますから>

 

それから私たちは、鬱や哲学や美術について、長い長い討論を重ねた。

 

およそ2週間、メッセージはどんどん長文になっていき、送り合った文字は軽く1万字を超えていたと思う。

 

<思考の限界こそが科学の限界なので、僕はそこを探索したいと思ってます>

 

あ?

どういう意味??

 

次第にトピックが難解になっていき、文章によるコミュニケーションに限界を感じ始めた頃。

 

<結局は男ですからすみません、という話になるのですが、よかったらお茶しませんか?>

 

私はようやく、ルイと会うことになった。

 

待ち合わせ場所に向かう途中、ふと気づいた。

 

そういえば裏垢のことを聞いてない。

 

まあでも、1万字以上やり取りして、日曜15時に喫茶店で待ち合わせて、まさかヤリモクなんてことはないよな?

 

そう思い、待ち合わせ場所に向かった。

 

現れたルイは写真の印象よりも異国人っぽい顔をしていたが、それ以上に気になったのが爪だった。

 

緑色に塗られていたのである。

 

「どこの国のハーフ?」

 

とりあえず私が尋ねると、彼は言った。

 

「すみません、実はハーフじゃないんです。エクアドル人」

 

エクアドル人!!!

 

ってどこ!?

 

「…南米だっけ?」

 

「そうです。生まれも育ちも日本で、エクアドルに行ったことさえないんですけどね。外国人っていうとやっぱりウケが悪くて」

 

見た目で気づくだろ!とお考えの方、ぜひググってみてほしい。

エクアドル人の顔は南米にしてはやや薄く、アジア系が入ってるように見えなくもないのだ。

 

私はチャットの内容を思い出していた。

 

「学生の頃に叶わぬ恋をして、鬱っぽい作品に救われた」というようなことを彼は書いていたからだ。

 

「もしかして叶わぬ恋っていうのは、国籍が関係してた?」

 

「はい。大学時代、『親が外国人はダメって言うから別れてほしい』と彼女にフラれまして。彼女自身は気にしてなかったんですけどね」

 

辛かろうな、それは。

 

私はルイに同情しながらも、コーヒーカップを持つ彼の手を見るたびに少し帰りたくなった。

 

そんなことより爪が緑すぎる。

 

だけど私たちは、1万字以上も文字でやり取りした仲だった。

聞きたいことも話したいことも山ほどあって、チャットの延長のような深い会話が続き、あっという間に2時間が経った。

 

日が暮れ始めた頃、ルイは言った。

 

「海苔子さん、このあと予定あります?よかったら飲みません?」

 

「あ、是非」

 

恋人候補としては厳しいと思いながらも会話は面白く、まだ話したいことが残っていた。

 

そして、快諾した後で気づいた。

 

裏垢のこと、聞けてない。

まさかこのアポを、Twitterで中継してないよな…?

 

後編はこちら↓

noriko-uwotani.hatenablog.com