エロ天文学者

かくして私はDineをやめ、Tinder界に舞い戻った。

 

顔を隠し、「なんかこの人面白そう」と軽率にマッチングしては、挨拶や自己紹介をすっ飛ばしてタメ口でチャットをする。

 

あぁ…楽しい。

個性豊かな人々とチャットをしているだけで、失恋の痛みが紛れた。

 

そんな中、ひときわユニークな男性が目に留まった。

京都大学卒、天文学者、29歳。

 

普通に生きていたらまず出会わないであろう「天文学者」という職業と、

<星を見に行きたい人いますか?>

から始まり

<彼女探しではありません>

で終わる、怪しげなプロフィール文が気になった。

 

<出版とかメディア界隈の人とは話が合うんですよね>

 

天文学者がそう言うので、私たちは神保町の喫茶店で会うことになった。

待ち合わせ5分前、天文学者からメッセージが届いた。

 

<着きました。赤いコート着てます>

 

<はーい、了解>

 

私はすぐにそう返信したが、「赤いコート」という言葉に少し嫌な予感がした。

天文学者、めちゃくちゃダサい可能性あるぞ?

まあ、いいんだけど。

向こう彼女探しじゃないって言ってるし、別にいいんだけどよ。

 

待ち合わせの喫茶店に近づくと、入り口の前で赤い革ジャンの男が異彩を放っていた。

素材は革なのに、なぜかお尻の下くらいまで丈がある。

どこで売ってるの?それ。

 

「初めまして、海苔子です」

 

「こんにちは。リョウタです」

 

リョウタはすらりとした長身で、綾野剛を3発殴った感じの雰囲気のある顔立ちをしていた。

白シャツデニムでいいんだよ。お前みたいな奴は。

何でよりによって赤い革ジャンを選ぶんだよ。

 

コーヒーを飲みながら、リョウタが天文学者を志した経緯や、好きな本や行ったことのある国について話した。

リョウタは天文学に限らず知識が豊富で、会話はなかなか楽しかった。

 

「ところで彼女探しじゃないって書いてたけど、何でTinderやってるの?」

 

気になっていたことを尋ねる。

 

「彼女はいないんですけど、今あまり恋愛をする気分じゃなくて。でも在宅勤務で引きこもりみたいな生活してるんで、少しは外の人と話したいな、と思って」

 

天文学者って在宅勤務できるんだ?」

 

「はい。基本はずっと家で読んだり書いたりしてます」

 

無駄に白衣を着て、山奥で静かに望遠鏡を覗き込む、クールな天文学者のイメージが私の中で崩れた。

 

「彼女探しじゃないなら、男の人に会ったりもしてる?」

 

「いや、女の子だけっすね」

 

即答するリョウタ。

何なんだよ、お前。

 

「…まあ彼女ができてもいいんですけどね」

 

だから何なんだよ、お前。

何で作ろうと思えばいつでも彼女できるスタンスなんだよ。

 

私は話題を変えた。

 

「天体観測する時はどの辺まで見に行くの?」

 

「おすすめは山梨ですね。夜に車で出かけて、朝まで星を見て、温泉に浸かってから帰るのが最高なんですよ」

 

「え、徹夜…?飽きない?」

 

「全然飽きないです。あっという間に8時間経っちゃう」

 

ライトな天体観測ツアーなら同乗させてもらいたかったが、ガチすぎて断念した。

夜中8時間、寝ずに天体を眺めるなど拷問である。

 

プラネタリウムに行ったりはする?」

 

「都内は全部行ったと思います。去年『大人のプラネタリウム』ってプログラムやってて、すごく面白かった」

 

その場でスマホ検索してみる。

「R18オトナ♡プラネタリウム」とは、ギリシャ神話の性愛を切り口に星座を紹介する18禁プログラムであった。

 

なぜだろうか。

<彼女探しではないです>と書いていたリョウタからは、かつて出会ったヤリモク以上に、性の匂いがした。

堂々としていないからこそ奥底から滲み出る、「むっつりスケベ」のそれである。

 

LINEを交換して別れた帰り道、私はイヤホンでBUMP OF CHICKENの『天体観測』を聴いた。

 

リョウタと午前2時ほうき星を探しに行く想像をしてみる。

その後の展開は、どう頑張ってもR18だった。