かくして私はDineをやめ、Tinder界に舞い戻った。
顔を隠し、「なんかこの人面白そう」と軽率にマッチングしては、挨拶や自己紹介をすっ飛ばしてタメ口でチャットをする。
あぁ…楽しい。
個性豊かな人々とチャットをしているだけで、失恋の痛みが紛れた。
そんな中、ひときわユニークな男性が目に留まった。
普通に生きていたらまず出会わないであろう「天文学者」という職業と、
<星を見に行きたい人いますか?>
から始まり
<彼女探しではありません>
で終わる、怪しげなプロフィール文が気になった。
<出版とかメディア界隈の人とは話が合うんですよね>
天文学者がそう言うので、私たちは神保町の喫茶店で会うことになった。
待ち合わせ5分前、天文学者からメッセージが届いた。
<着きました。赤いコート着てます>
<はーい、了解>
私はすぐにそう返信したが、「赤いコート」という言葉に少し嫌な予感がした。
天文学者、めちゃくちゃダサい可能性あるぞ?
まあ、いいんだけど。
向こう彼女探しじゃないって言ってるし、別にいいんだけどよ。
待ち合わせの喫茶店に近づくと、入り口の前で赤い革ジャンの男が異彩を放っていた。
素材は革なのに、なぜかお尻の下くらいまで丈がある。
どこで売ってるの?それ。
「初めまして、海苔子です」
「こんにちは。リョウタです」
リョウタはすらりとした長身で、綾野剛を3発殴った感じの雰囲気のある顔立ちをしていた。
白シャツデニムでいいんだよ。お前みたいな奴は。
何でよりによって赤い革ジャンを選ぶんだよ。
コーヒーを飲みながら、リョウタが天文学者を志した経緯や、好きな本や行ったことのある国について話した。
リョウタは天文学に限らず知識が豊富で、会話はなかなか楽しかった。
「ところで彼女探しじゃないって書いてたけど、何でTinderやってるの?」
気になっていたことを尋ねる。
「彼女はいないんですけど、今あまり恋愛をする気分じゃなくて。でも在宅勤務で引きこもりみたいな生活してるんで、少しは外の人と話したいな、と思って」
「天文学者って在宅勤務できるんだ?」
「はい。基本はずっと家で読んだり書いたりしてます」
無駄に白衣を着て、山奥で静かに望遠鏡を覗き込む、クールな天文学者のイメージが私の中で崩れた。
「彼女探しじゃないなら、男の人に会ったりもしてる?」
「いや、女の子だけっすね」
即答するリョウタ。
何なんだよ、お前。
「…まあ彼女ができてもいいんですけどね」
だから何なんだよ、お前。
何で作ろうと思えばいつでも彼女できるスタンスなんだよ。
私は話題を変えた。
「天体観測する時はどの辺まで見に行くの?」
「おすすめは山梨ですね。夜に車で出かけて、朝まで星を見て、温泉に浸かってから帰るのが最高なんですよ」
「え、徹夜…?飽きない?」
「全然飽きないです。あっという間に8時間経っちゃう」
ライトな天体観測ツアーなら同乗させてもらいたかったが、ガチすぎて断念した。
夜中8時間、寝ずに天体を眺めるなど拷問である。
「プラネタリウムに行ったりはする?」
「都内は全部行ったと思います。去年『大人のプラネタリウム』ってプログラムやってて、すごく面白かった」
その場でスマホ検索してみる。
「R18オトナ♡プラネタリウム」とは、ギリシャ神話の性愛を切り口に星座を紹介する18禁プログラムであった。
なぜだろうか。
<彼女探しではないです>と書いていたリョウタからは、かつて出会ったヤリモク以上に、性の匂いがした。
堂々としていないからこそ奥底から滲み出る、「むっつりスケベ」のそれである。
LINEを交換して別れた帰り道、私はイヤホンでBUMP OF CHICKENの『天体観測』を聴いた。
リョウタと午前2時ほうき星を探しに行く想像をしてみる。
その後の展開は、どう頑張ってもR18だった。