ICU卒、弁護士、30歳。
平安時代ならイケメンと持て囃されたであろう、短い黒髪と純和風の顔立ちをした彼の名はケンといった。
話を聞くと育ちはアメリカで、帰国してICUを出た後で再びアメリカに戻り、大学院に入り直したという。
「裕福な家庭で育ちました」感が文章から滲み出ていて、それでいてユーモアもあり、チャットのやり取りで私の期待値はかなり上がっていた。
待ち合わせは土曜昼12時、新宿の喫茶店。
現れたケンを見て、私は顎が外れそうになった。
ダ・マ・サ・レ・タ
これがドライブデートなら、私はブレーキランプを5回点滅させてそう伝えたに違いない。
伸ばし放題の髪はボサボサで、写真ではかけていなかった銀縁メガネのレンズが、信じられないほど汚れている。
写真から清潔感を95%オフした、かろうじて原型を留めた男がそこに立っていた。
おぉ神よ。
西海岸で華やかなキャンパスライフを送ってきた爽やかな彼や、何処へ。
失望を隠すように私は明るく振る舞い、喫茶店のメニューを広げた。
「私はオムライスにするけど、ケン君は?」
「俺すごい少食で、普段はお昼食べないんだよね。1日1食。夜だけ」
「…じゃあ、1つ頼んでシェアする?」
こくりと頷くケン。
私のテンションメーターは、この時点で下がりすぎて針が吹っ飛んでいた。
編集者をやっていてよかったと思うのは、こういうとき瞬時に取材モードに切り替えられるところである。
友達にも恋人にもなれないお前は、今この瞬間から「取材対象」だ。
私はケンの恋愛観を、あえて掘り下げることにした。
「彼女はどのくらいいないの?」
「半年前までは、彼女…?みたいな人がいた。同棲してたんだよね。キャバ嬢と」
私は俄然ケンに興味が湧いた。
何だそのクリープハイプの歌みたいな話。
そして「同棲してたんだよね。キャバ嬢と」という無駄な倒置法。
「お店で知り合った子?」
「いやいや笑 そういう店は行かないよ。普通にペアーズで」
ボサボサヘアーのイケてないハイスペ男子と、世間を知らない可愛いキャバ嬢(想像)の恋愛。
ドラマやないか。
「何で別れちゃったの?」
「別れるというか、厳密に言うと多分そもそも付き合ってはなくて。そのキャバ嬢が2DKの部屋をひとりで借りてて、1部屋空いてるから住めばって言われて、職場からアクセスよかったから住んでただけ」
他人事のように、ケンは淡々と続けた。
「だから向こうは普通に別の男を連れ込んでたりしてた。その時は事前に連絡があって、部屋から一切出ないでねって言われる感じ」
解せぬ。解せぬ。解せぬぞ!!!
「…恋愛感情はなかったの?てかそのキャバ嬢、何がしたかったんだろう」
「さぁ。最初の方はちょっと恋愛っぽい雰囲気はあったけど、1ヶ月もしたらただの同居人になってた。こっちも本名とか会社名とか一切教えてなかったし、ただ職場の近くに住まわせてもらってるだけの関係。でも1年くらいは続いたかな」
1年が過ぎ、ケンが転職して「オフィスからのアクセスが悪くなった」ことを理由に、同棲(というか居候)を解消したという。
本名さえ知らない男を自宅に住まわせるキャバ嬢も、それに甘んじる目の前の男も、私にはさっぱり理解できなかった。
「ケン君は、相手の職業とか気にならないんだね」
「全然気にならない。年齢とか学歴もどうでもいい」
私がTinderで知ったことの一つ。
優秀な人の中には、稀にこのパターンがいる。
一見「人をスペックで判断しない人格者」のようだが、実態はまるで違う。
根本的に他人への興味がなく、来るものを拒まず、去る者を追わない。
ただ、そういう主義なだけ。
結局オムライスはほとんど私が食べたが、ケンが支払いを済ませてくれた。
彼は最後まで、私にも会社名や本名を明かさなかった。
私は願う。
お前の心のアクリル板を溶かす女性が、いつか現れんことを。
そういえば一つ、弁護士のお前に聞き忘れたことがある。
そのプロフィール写真は、詐欺罪に当たらんのですか?