国立院卒、建築士、28歳、名前はカイト(仮)。
背が高くオシャレで、ペアーズなんかで無双できそうなイケメンだったが、文章が固くアプリ慣れしてないオーラが漂っていた。
そして、自宅と思しき写真の本棚のラインナップが、ほとんど我が家と同じだった。
推せる。推せるぞこいつは。
<海苔子さん、XXXは読まれましたか?>
カイトからメッセージが届き、私たちはチャットで本の話を続けた。
彼は自分の言葉できちんと感想を表現するタイプで、ますます推せた。
1週間後。
<マッチングアプリでメッセージしてて初めて楽しいって思えました。会ってお話してみたいです。>
う、初々しい…
すまん、ワイはもう70人以上会ってるんすわ…
パイセンの余裕を通り越して申し訳なさを覚えつつ、私は彼と喫茶店で会うことになった。
現れたカイトは写真のままのイケメンで、ガチガチに緊張していた。
「実はマッチングアプリ自体使うの初めてで、会うのも海苔子さんが初めてなんです」
私はなぜか、このパターンによく遭遇する。
彼らはもれなくいい奴だが、正直なところ初回で顔がわからない人を選ぶ神経は解せない。
私は彼の緊張を解そうと、あえてぶっ込んだ。
「失恋したばかり?」
「え!あ、はい。そんな感じです」
彼は5年付き合った彼女と別れてまだ2ヶ月という状況だった。
「2年同棲してたんです。ただそのうち1年半は、俺が仕事の都合で大阪に行ってて。転勤が終わって帰ってきたら、めちゃくちゃ浮気されてました」
ふたりの出会いは地元の中学校。
大阪にいる間も月に一度は帰っていたが、その時の彼女はいつも通りだった。
「転勤終わったし、これからはずっと東京だからそろそろ結婚かなーくらいに思ってたんですけど、いざ一緒に暮らし始めたら彼女の態度が急に冷たくなって」
「浮気してるって何でわかったの?」
「夜、彼女がスマホで動画観たまま寝落ちしてたので、こっそりインスタのDMを見たんです。浮気相手は、彼女がよく話してた会社の上司でした」
「ん、LINEじゃなくて?何でインスタのDM開こうと思ったの?」
「彼女が教えてくれたんですよ。『最近は浮気の連絡手段でインスタのDM使うらしいよ』って」
彼女、どういう感情???
新作落語みたいなオチに、失礼ながらちょっと笑いそうになった。
「堂々としとけばバレない、みたいに思ったのかな」
「本当わからないです。俺は修復したかったんですけど、もう向こうが心ここに在らずって感じだったので別れて。彼女が先に家を出て行って、来週俺も○○のあたりに引っ越します」
それから私は、カイトの仕事の話をいろいろと聞いた。
彼の勤め先は建築事務所。
残業代も出ないのに朝早くから深夜まで働かされていて、完全にブラックだった。
「なかなか大変そうだね」
「はい。でも、キツいでしょってよく言われるんですけど、意外とそうでもないんですよね。仕事が少ない時期は『もっと振ってくれ!』って思うくらい」
カイトは将来、自分の事務所を開きたいという。
このパッションと、フィジカルとメンタルの強さは、若さゆえだろうか。
院卒で浪人もしたというカイトは社会人歴が浅く、10年目を超えている私には新入社員のように眩しく映った。
かつては私にもそんな時代があったのだ。
いつしか手を抜くことを覚え、「年収100万上がるけど残業が増える?じゃあムリ!」というイージーモードになってしまったのだが。
若すぎるカイトを私は恋愛対象として見れなかったし、彼もまたそうだったのだと思う。
もう会わないんだろうなと思いながら、形式的にLINEを交換した。
「海苔子さんって小説書いてるんですよね?今はどんな話書いてるんですか?」
カイトが私に尋ねた。
「友達の話だよ。私は自分の半径5メートル以内のことしか書けなくてさ」
「半径5メートル以内のことを書けるのは、それだけアンテナ張っていろいろ感じながら生きてる証拠じゃないですか。それって、すごいことですよ」
「素敵なことを言うね」
多分この子は、すぐ幸せになるだろうと思った。
「俺もいつか、エッセイとか書いてみたいんですよね」
「いま書いたらいいよ。人間、なぜか不幸な時の方がいいものを創れるから」
「確かにそうですね…笑 頑張ります」
「書けたら読ませてね」
その日はこないと分かっていても、別れ際にさらりとこう言えるくらい、私は大人だった。