京大卒、職業は金融、35歳。
名前はKeita(仮)。
切れ長の目をした韓国顔で、私のタイプだった。
<近そうですね。お住まいはどちらですか?俺はXXの交差点のあたりです>
私たちは表示されている距離が近く、Keitaはマンション名がバレそうなほど具体的な場所を教えてきた。
どうやら、私の職場の目と鼻の先に住んでいるらしい。
ちょっと近すぎて怖いな。
でも多分、真面目な人だ。
そう直観した私は、念のため転職する前の会社で働いている設定で話を進め、彼と飲みに行くことになった。
<XXの近くでいいお店ある?>
あたかもKeitaに場所を合わせるかのように尋ねる。
すると彼は食べログのリンクを3つ送ってきたので、何も知らないテイで「△△△が気になる」と返信した。
ところが。
<じゃあ△△△予約しますね。その日は何時くらいに来れますか?>
…ん?その日?
<その日ってどの日?>
<今週だと何曜日ですか?>
<木曜か金曜なら19時半には行ける>
<了解です!>
…だから、どの日?
Keitaとはこんな感じで、要所要所で話が噛み合わなかった。
マッチングアプリユーザーなら共感していただけるだろうか。
この段階で噛み合わない人は、会ってもほぼ無駄である。
店の予約が完了した頃には、私のKeitaへの期待値はストップ安を迎えていたが、私は1点の希望に縋り付いた。
Keitaのプロフィールにはこうあったからだ。
<5年間ニューヨークで働いていて、昨年帰国しました>
金融機関でNYに駐在するエリートでも、5年間ずっと英語しか喋ってなかったら、こうなるのかもな?(ならない)
そして当日。
<先に着いたので入ってます。入って奥の左手の席です!>
Keitaからのメッセージを確認し、私は店の扉を開けた。
手を振るKeita。
写真のままの薄い顔立ち。
そしてトップスは、アンダーアーマーの黒い半袖である。
アンダーアーマー!!!!!!!!???
え、ジム帰り????
それともこの後行くの????
視線を上げると髪もセットしていないようで、ハゲの心配は一生無用であろう毛量が、乾かしたてのようにフワフワと揺れている。
私の疑問を察したかのように、Keitaは言った。
「今日在宅だったんですけど、ここ来る前にお風呂入ってきちゃって」
…で?
という殺しの一文字を飲み込みつつ、私は食事に専念しようとメニューを開いた。
彼はチャットでの段取りの悪さが嘘のようにテキパキとメニューを決め、店中に響き渡る大きな声で店員を呼んだ。
「すみませぇぇぇぇぇぇぇん!!!」
目の前に繊細なグラスがあったら、声の振動で割れたと思う。
「すっごい声通るんだね」
ぶぶ漬けでもどうどす?のニュアンスで言ったつもりだったが、Keitaは「関西人だからね」とドヤ顔を見せた。
それから私は、アンダーアーマーに仕事の話やNY生活の話などを尋ね、それなりに会話を盛り上げながら2時間ほど飲んだ。
会社は外資系らしく、アメリカの株式市場が開いている時間は仕事があるようで、「このあとも帰ったらちょっと仕事するよ」と彼は言った。
「いやジム行けや」と私は思った。
気前よく奢ってくれたアンダーアーマーに礼を言って帰宅すると、私は以前から気になっていた「ほぼ外国人ユーザーしかいない」と噂の新しいマッチングアプリを、なぜかそのタイミングでダウンロードした。
おそらく、アンダーアーマーに失望した反動である。
すると、わずか3スワイプ目で、Keitaが出てきた。
まあ距離近いし、海外生活が長かったなら使っててもおかしくないか。
そう思いながら、Keitaの数枚あるプロフィール写真を順番に見ていく。
4枚目で、手が止まった。
青空の下で、見知らぬマッチョの欧米人と肩を組み、カメラに向けてピースサインを送る彼。
胸にはさっき見たばかりの、アンダーアーマーのマークが光っていた。