前編はこちら↓
それから約1ヶ月ぶりに、居酒屋で再会した私たち。
ダビデはさっぱりとした顔をして、前回会った時よりも元気そうに見えた。
「体調よさそうだね。仕事どう?」
聞くと、ダビデは少し表情を曇らせた。
「復職はしたんですけど、とりあえず残業なしで出来ることだけやる、みたいな感じになってて。プロジェクトは変わってないので、精神的にはやっぱりしんどいですね。まだ薬も飲んでます」
「そっか。でも前に会った時よりかなり元気そうだよ」
「体調はよくなりましたね。あと、海苔子さんに会ってから人生変わりました。本当に。自分でもびっくりしてます」
「え、何が?そんなに?」
「本を薦めてもらってから、仕事100だった生活にちょっと隙間ができたというか。違うことを考える余裕が生まれたというか」
「本が響いたならよかったよ。私は作者じゃないけど笑」
「人生って本当、わからないものですよね。いい大学出ていい会社入って真っ直ぐ生きてきたのに、30歳でつまずくなんて思いもしなかった。でも俺は本当に、海苔子さんに救われました」
私は困惑した。
自分がしてあげたことに対して、感謝の度合いがデカすぎたからだ。
「Tinderで1回会っただけの人にこんなに人生変えられるなんて、思ってもみませんでした」
カウンターでよかった、と思った。
本を薦めただけでこんなに感謝されても、私はどんな顔をしていいかわからない。
「本当にありがとうございました。それをどうしても伝えたかったんです」
大袈裟だよ、ダビデ。
本を薦めたのは私だけど、読んで何かを感じる力は元からお前にあったものなのだから。
私は「よかった、よかった」と言って、それから取るに足りない話を3時間ほどして駅で解散した。
別れ際、ダビデは私に紙袋を差し出した。
「これ、ささやかながらお礼です。よければ食べてください」
小さな箱に入ったチョコレートだった。
後日そのチョコレートを食べるとあまりにも美味しかったので、私は何気なくネットでブランドを調べた。
一粒500円を超える高級品で、私が受け取った一箱は4000円するものだと知った。
…ん?
これはもしや、古風な愛情表現?
なんとも思ってない人に4000円のチョコあげる?
彼氏候補としてダビデを見ていなかった私はいささか複雑な気持ちになったが、あれから数ヶ月。
ダビデから特に連絡はない。
きっと彼は純粋に、私に人生を変えられたと思い込んでいて、そのお礼としての純度の高いチョコレートだったのだろう。
ならばそれでいい。
Tinderで人をひとり救った。
私もそうやって、ずっと思い込んでいよう。