骨格フェチの太宰オタク

有名私大院卒、大手IT企業勤務、29歳、名前は神崎(仮)。

薄暗いバーで撮った、顔がよくわからない雰囲気だけの写真。

 

「有名私大」ってなんだよ?

面倒くさそうな奴だな?

 

と思わずにはいられない微妙なプロフィールにいいねをしてしまったのは、彼が3枚目に載せていた写真が、私が大学時代に研究していた画家の絵だったからだ。

 

<大学でXXXの研究してた>

 

テンションが上がった私は、自らそんな第一投を投げた。

 

<え!卒論テーマ何?>

 

私が卒論の内容を軽く紹介すると、神崎はものすごく食いつき、彼自身もその画家に思い入れがあることと、大学では太宰治の研究をしていたことを教えてくれた。

 

<…ってな話を飲みながらしようぜ>

 

わずか1~2ラリーのやり取りで「飲みましょう」を繰り出してくる人間を私は容赦なく切ってきたが、彼は例外だ。

多分こいつとなら、2時間は余裕で飲める。

 

そうして平日の夜、駅で神崎と待ち合わせた。

 

自分が顔を出してないくせにアレだが、私はTinderで顔のわからない人に会ったことがない。

いつになく緊張していると「海苔子さんですか?」と声をかけられ、振り向くと、期待をいささか下回るファッションモンスターが立っていた。

 

いや、そうだわな…

雰囲気写真って期待させるよな…

私が今まで会ってきた人の中にも、実物を見てがっかりした人はいたのだろうな…

 

謎のタイミングで自分のTinder人生を反省しつつ、私たちは焼き鳥屋に入った。

 

神崎は太宰研究をしていたとは思えないほど、よく喋る陽キャだった。

 

この感じなら、いじっても大丈夫そう。

 

確信した私は、序盤で尋ねた。

 

「有名私大ってどこ?笑」

 

「いやー、言わない言わない」

 

「じゃあ質問を変える。何で『有名私大』って書き方をするの?」

 

「いいね!を稼ぐためだよ」

 

「…?」

 

「有名私大って書いとけばさ、『大学名聞いてもわからない』っていうような子からもいいねがもらえるわけ」

 

「Tinderっていいね数表示されないから意味なくない?」

 

「あ、そうか」

 

神崎はハッとした表情をして、続けた。

 

「俺、マッチングアプリ4つやってて、全部プロフィール統一してるんだよね。確かにTinderは意味ないわ」

 

お前、死ぬほど暇なのか?

 

4つの内訳を聞くと、彼はこう答えた。

 

「ペアーズとWithとOmiaiは彼女探しで、Tinderはセフレ探し」

 

「へぇー。え、今日もそのつもりで来てる?」

 

「うん」

 

うん!!!!??

美術や文学の話をするのではなかったのか、我々は。

 

「ごめん、私セフレには興味ないよ」

 

すると神崎は、Tinderの使用目的やこれまで会った人とどういう関係になったかを、根掘り葉掘り聞いてきた。

 

神崎の中で、私がセフレ候補から彼女候補に昇格しつつある気配をうっすら感じたが、私はそれを制するべく「そういえば神崎君って、大学はどこなんだっけ?」という質問をサブリミナル的に挟む小ボケを繰り返した。

 

質問を5回繰り返した頃。

神崎は完全に引いた様相で答えた。

 

「もう言うね。明治大学です」

 

「言うのかよ」

 

それから、美術や文学の話を2時間ほどして店を出た。

 

別れ際、神崎は私に尋ねた。

 

「海苔子さんは、どういう人を好きになるの?」

 

「もう最近はよくわかんなくなってきたな。神崎君は?」

 

彼は即答した。

 

「骨格ウェーブ」

 

…ちょっとキモすぎやしないか?

最初に出てくる答えじゃないだろ、それ。

 

私は苦笑しながら、太宰の名言を思い出していた。

 

『理屈はないんだ。女の好ききらいなんて、ずいぶんいい加減なものだと思う』

 

彼が6年に及ぶ太宰研究で学んだことは、多分それだけだったのだろう。