職業コンサル、31歳、名前は大道(仮)。
<浮世を離れ、海の見える家で暮らしております。>
そんな一文から始まるプロフィールとエキゾチックな顔立ち。
ただならぬ奇人オーラを感じて右スワイプすると、すぐにメッセージが届いた。
私が編集者であることと、趣味で執筆をしていることを伝えると、こう返ってきた。
<世間との調整弁に偏愛を滲出させるのが表現だと考えると、海苔子さんが書くものはきっと面白いのではないかと思います。>
私はこういう、独特なワードセンスをもつ人がとても好きだ。
慎重に言葉を選びながら返信し、それから大道と長文のやり取りが始まった。
ワードセンスもだが、彼の語彙力はちょっと桁外れなものがあり、私は度々知らない言葉を辞書で引く必要があった。
かと思えば、深夜2時にこんなメッセージが届く。
<僕は先ほど、サーターアンダギーを揚げ終えたところです。>
はい、奇人。
私は大道の文章にすっかりハマってしまい、毎日30分以上かけて返信をする日々が1週間続いた。
会う前の人とダラダラやり取りするのは得意ではないが、大道とのやり取りは文豪との文通みたいで、読むのも書くのも楽しかった。
<ところで海苔子さん。僕は今、久しぶりに東京に滞在しております。突然ですが、明日の夜XXXでカレーを食べませんか>
断る選択肢などあるはずもない。
私は急いで仕事を終え、指定されたカレー屋に向かった。
少し遅れて現れた大道は暑いのにジャケットを羽織っていたが、新入社員のスーツみたく馴染んでおらず、着られてる感があった。
顔立ち的にも、アロハシャツの方が似合うに違いない。
「沖縄の人?」
私が尋ねると、大道は食い気味に否定した。
「いえ、北海道です」
「北海道の人、深夜2時にサーターアンダギー揚げるんだ笑」
「僕が初めてサーターアンダギーを食べたのは中学生の頃だったんですけど、その時『ずいぶん雑なドーナツだな』と感じたんですよ。それから自分で揚げるようになって、研究を重ねてます」
奇人であることはあらかじめ分かっていたが、ちょっと想像以上かもしれん。
私はワクワクしていた。
「北海道で生まれて、その後は?」
「4歳で親元を離れて、18歳まで○○(某田舎)にある寮で生活してました。大学からは東京です」
「えっと、家庭が複雑なのかな?」
「いや全然。親の教育方針ですね」
「どういうこと?」
「△△△って聞いたことあります?」
彼は知らない単語を口にした。
「ウィキペディアでものすごい長文で解説されてるんですけど、その団体にいました」
私はスマホを取り出し、さっそく△△△と検索した。
検索ワードの候補には「宗教」の文字があった。
「宗教?」
「って言われがちなんですけど、違うんですよ。共産主義団体です」
私は長いウィキペディアにざっと目を通したが、そこにはカルト教団としか思えない言葉がずらりと並んでいた。
「学校はどうしてたの?」
「普通の公立に通ってました。帰る家が寮なだけですね。でも寮は仕事があるので、毎朝5時半に起きて仕事して、学校から帰ってきたら寮の子供たちと野球して、その後また仕事。高3までずっとそんな生活でした」
大道は具体的な仕事内容も教えてくれたが、それは通常であれば、給料が発生するべきものだった。
「給料は出ないんだよね?その代わり衣食住の面倒は見るよっていう、住み込みバイトみたいなこと?」
「そうですね。僕、4人兄弟の末っ子で、兄弟みんな同じ寮で育って。途中からは親も来ましたけど」
「え?」
「親は入るときに全財産を団体に寄付して、あとは無給で仕事をしながら僕らと一緒に寮生活を…」
全財産を寄付???
「いや、それ宗教でしょ」
「うーん、違うんですよね。なんて言えばいいんだろう。あ、北朝鮮みたいな感じに近いです」
私はうっすら思った。
こいつもしかして、現在進行形で信者?
「あの、いったんコーヒー飲みに行かない?」
私たちは既にカレーを食べ終わっていたが、ここで終わるわけにはいかなかった。
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