元モデルのメガバンカー(前編)

早稲田大学卒、メガバンク勤務、29歳。

名前はユウ(仮)。

 

マスクをした写真しかなく顔はよくわからなかったが、プロフィール文にこうあった。

 

<身長180センチ。学生時代はファッションモデルをしていました。>

 

Tinderには、カットモデルをモデル経験にカウントし、短期留学を最終学歴にカウントするおめでたい輩が普通にいるが、「ファッションモデル」とわざわざ書いてあった。

 

こやつ、イケメンに違いない。

 

だがしかし、モデル経験をアピールするような男は、たいてい女性の容姿に厳しい。

 

顔を出さない私に興味をもつことはないだろうと思いながらも右スワイプすると、意外にもマッチし、定型文ではないメッセージが届いた。

 

<初めまして。編集者さんなんですね。何系の編集されてるんですか?>

 

それから、お互いの仕事や本の話などが続いた。

 

<好きな作家は誰ですか?>

 

ユウに聞かれ、彼と同じ早稲田出身の朝井リョウを挙げると、彼はこう返してきた。

 

朝井リョウって部活やめる人ですよね!恥ずかしながら読んだことないですけど>

 

多分だけど、朝井リョウ自身は部活をやめてない。

こやつ、浅いぞ…

 

ユウのメッセージは続いた。

 

<一緒に本屋とか行けたら楽しそうですね!笑>

 

<何わろとんねん>

 

普段ならそう返信して終わりにするダサい誘い方だったが、私は彼の顔面を見てみたい好奇心に負けた。(n回目)

 

おまけにユウのプロフィールには「新宿が近いです」とあり、私はその週末、たまたま新宿で用事があった。

 

<日曜、新宿のXXX(喫茶店)に11時でどう?早くてごめんだけど>

 

<早いですね。笑 でも、行きます!>

 

そうして私たちは、新宿の喫茶店で待ち合わせた。

 

時間通りに現れたユウは、海外の無名バンドTシャツを着て首にヘッドホンをかけ、陽キャな雰囲気を纏っていた。

 

長い手足に小さな顔。

「モデル経験あり」にも納得せざるを得ない、薄く整った顔立ちをしている。

 

しかしよく見ると、喫茶店のメニューを持つ手には指輪が4つ。

うち2つは左右の薬指だった。

 

「既婚者トーマス?」

 

私が尋ねると、ユウはキョトンとした。

 

「…え?」

 

「既婚者なの?って聞いた」

 

「ああ笑 違いますよ、ファッションです。てか、デザイン的に絶対違うじゃないですか」

 

「ファッションで左手の薬指に指輪する?」

 

「全然気にしたことなかったです。本当は全部の指に嵌めたいくらいなんですけど、初対面で引かれるかなと思って今日は4つだけに」

 

指輪を10個嵌めたい?どういう感情??

 

私はそう思いながらも、彼が他人にどう見られたいかではなく、純粋に好きなものを身につけたい動機を大事にしている点には好感をもった。

 

軽く食事をしながら、私たちはいろんな話をした。

 

メガバンクで働く彼は、入社以来ずっと会社の寮で暮らしており、チャラついた外見とは裏腹に、しっかりした経済観念をもっているように見えた。

 

そして、編集者という仕事にものすごく興味があるようで、私は新卒採用説明会ばりに仕事の話を根掘り葉掘り聞かれた。

 

あれ?めちゃくちゃ真面目かも、この子。

 

「エディターにめっちゃ興味あるんだね」

 

「前に付き合ってた子が近い業界にいたんですよ。俺もちょっと憧れがあって」

 

引く手数多であろう彼が、顔を出さない私にわざわざ会いに来た理由を、ようやく理解した。

 

「ユウ君は大学でサークルとかやってた?」

 

私は早稲田に知り合いが多いので、なんとなく尋ねた。

 

「あんまり。でも子供が好きだから、夏休みに友達とヒッチハイクで旅しながら、地方の保育園を巡って手品する、みたいなことしてました」

 

ぎゃ、ギャップ萌えぇぇ…。

私は軽く射抜かれた。

 

「…ところで、海苔子さんは何でティンダーやってるんですか?」

 

ユウが私に尋ねる。

 

「最初は彼氏できたらいいなって気持ちだったけど、興味深い人多すぎて、だんだん多目的になってきてる」

 

「ヤリモク多くないですか?」

 

「うん。でも私、だいたい初回は喫茶店でお願いしますって言うから。ヤリモクは喫茶店には来ない」

 

「あー、なるほど。それで喫茶店だったんですね。ちなみに俺もここ大好きで、先月も来ました」

 

「ティンダー案件?」

 

「違いますよ。笑 ティンダーで喫茶店行っても意味ないじゃないですか」

 

…意味ない?とは?

 

「やれないから?」

 

「んー、まあ笑 そういう目的だけじゃないですけどね」

 

こいつ、ヤリモクなのか?

あ?

どっち?

何だこの探り合い??

 

しかしその後も会話は弾み、なんやかんや2時間近く喋った。

そろそろ出ようかという空気が流れ出した頃、ユウは私に「LINE教えてください」と言った。

 

ユウのLINEのアイコンは、デフォルトのままだった。

 

「何でアイコン設定しないの?」

 

「設定したら、色が付くじゃないですか」

 

「どういうこと?」

 

「自分はこういうキャラです、みたいな。でもそんなの、実際に会えばいいじゃんって思うんですよね。SNSとかも、本当に行ったかどうかもわからないのに写真アップしていいね押し合って、なんかくだらないなって思っちゃって。だから俺、SNS一個もやってないんです」

 

この瞬間、私は本格的に射抜かれた。

 

この手の男は、#ootdをフル活用し、「え、ミシン目?」ってくらいインスタのストーリーを更新するのが相場である。

 

ギャップ萌えが過ぎる。

 

ユウは奢ってくれて、もう1軒行きませんかと誘ってくれたが、私は生憎別の用事があった。

 

「海苔子さん、お酒は飲めますか?」

 

「うん」

 

「じゃあ今度は飲みに行きましょう」

 

そして真昼間だというのに、地下鉄の駅の改札前まで送ってくれた。

 

私、こいつと結婚したいぞ?

もう付き合うとかいいから、結婚したいぞ??

 

でもこいつ東京イチ、いや言いすぎた。

新宿区イチ、モテるんじゃね…?

こんなことあるか??

 

ぐるぐると思考を巡らせながら地下鉄に揺られていると、ユウからLINEが届いた。

 

後編はこちら↓

noriko-uwotani.hatenablog.com