早稲田卒、ベンチャー役員、35歳、名前は西野(仮)。
顔は整っているが濃く、私のタイプではなかったが、履歴書と見紛うほど詳細に書かれたグローバルな経歴に興味を惹かれた。
<お別れしたばかりなので、彼女も探索中です>
プロフィール文の最後はそう締められていた。
私は自らメッセージを送った。
<「探索」という言葉は、未知のものにしか使わないんだよ>
西野は距離を非表示にしていたが、ちょうどそのとき出張で北欧にいたらしかった。
<そうなんだ。だけど、女性は未知のもの、くらいに思っていた方が、案外うまくいくのかも知れない>
<こちらは氷点下だよ。寒いけど針葉樹に積もる雪が綺麗。東京はどうかな?>
北欧の空気がそうさせるのか、元からそういう人なのか分からないが、文体がどことなくハルキストっぽかった。
しばらくやり取りを重ねた後。
<明後日、帰国するよ。コーヒーでも飲みに行かない?>
そうして話がまとまり、職場が近かった私たちは、平日の朝に喫茶店モーニングアポをかますことになった。
当日。
目が半開きの私と対照的に、時差ボケなど我関せずとシャキッとした顔で現れた西野。
私はコーヒーを啜りながら質問した。
「ベンチャーって何系?」
「宇宙関係かな」
「へぇ。具体的にどういうことしてるの?私は超文系だから、小学5年生だと思って説明して」
西野は少し考えて、事業内容を易しい言葉で説明してくれた。
そして私は、彼の頭から「探索」という言葉が出てきた理由を察した。
宇宙は確かに、未知のものだ。
話がそこそこ盛り上がってひと段落すると、西野は窓の外を眺めてつぶやいた。
「この喫茶店、すごくいいね。俺、長いことXXXに住んでて、こっちに引っ越してきてまだ2カ月なんだ」
年度末でも何でもない、中途半端な時期だった。
「何でこのタイミングで引っ越しを?私を小学5年生だと思って説明して」
西野は苦笑して言った。
「一緒に住んでた人がいたんだけど、住めなくなってしまったから」
同棲解消。
あぁ掘り下げたい。
けれど、平日の朝話すには重すぎる。
「それで、やけくそのTinderなんだ笑」
「その通り笑」
別れ際、西野は「北欧のおみやげ」と言って箱に入ったチョコレートをくれて、私たちはその場で、土曜の夜に飲む約束をした。
土曜日。
西野が予約してくれていたのは雰囲気の良いワインバーで、私は久々のザ・デートな空気にいささか緊張した。
「同棲してた彼女の話、聞いてもいい?」
「うん、全然。8年半付き合ってて、うち3年同棲してた」
な…なげぇ…!!
「何で結婚しなかったの?」
「彼女は同い年で、20代の頃は向こうが結婚したがってたけど俺の仕事が忙しくてその気になれなくて。そのときに話し合って『35歳になったら結婚しよう』って約束してたんだけど、いざ35歳になってプロポーズしたら、彼女が『したくない』と」
「え、どうして」
「多分、他に男がいた。夏にね、家に仕事関係の忘れ物して夕方取りに帰ったら、ドアのチェーンがかかってて、彼女と知らない男がいた。別に決定的な現場を目撃したとかじゃないし、彼女は『ただの同僚』って言い張ってたけど」
絵に描いたような修羅場であるが、西野は淡々と話した。
朝に会った時もそうだったが、あまり感情表現をしない人なのだろう。
2時間ほど飲んで店を出ると、西野は言った。
「最近よく行くバーがあるんだけど、この後どう?」
まずい。デートすぎる。
ここのところ、本来の目的を忘れたTinder芸人と化していた私は、動揺しながらも西野の後について行った。
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