早稲田大学卒、30歳。
ほかは在住エリアを書いただけの、シンプルなプロフィールの男からこんなメッセージがきた。
<おすすめの本を教えてください>
私は仕事でも趣味でもめちゃくちゃ本を読む人間なので、よくこの質問をされる。
<ジャンルを指定するか、読んだ後どういう気持ちになりたいかを教えて>
<ビジネス以外で、でもちょっと頭を使う感じのものがいいです>
私は3冊、おすすめの本のタイトルに理由を添えて送った。
<ありがとうございます!全部買います>
出版不況の時代、私はこうして朝井リョウの本を30冊以上売ってきた。
朝井氏はそろそろ私にマージンをくれてもいいと思う。
それから2日後。
薦めた本を読んだという速読な彼から丁寧な感想文が送られてきて、<今週末、もし空いてたらお茶しませんか>と締められていた。
私は近所の喫茶店で、速読君に会うことになった。
<先に入りました。朝井リョウの本を机に置いてます>
約束の10分前、速読君からロマンチックな目印が届く。
目印を頼りに探し出した速読君は、目鼻立ちがはっきりした陶器みたいな肌の男で、さながら実写版ダビデ像だった。
同時に、私はダビデから漂う負のオーラを察した。
鬱病。
どうしてか、一瞬でそんな気がした。
席に着いてコーヒーを頼むと、ダビデはあらためて本の感想を伝えてくれた。
「ダビデ君、読むの速いんだね。気に入ってもらえてよかったよ。仕事は何してるの?」
「XXXでコンサルやってます。でも実はいま休職中で時間があって、それで本ばかり読んでて」
あ、やっぱり。
「何かあったの?」
「アサインされたプロジェクトにどうにも情熱を注げなくて、ちょうどそのタイミングで取引先と揉めて、眠れなくなってしまったんですよね。上司にしばらく休めって言われて、休みながら転職活動もしてるけどなかなか難しいです」
「いまも寝れてないの?」
「病院で薬をもらっているので、睡眠薬を飲んで寝てます。初対面なのに重たい話ですみません」
それから私はカウンセラーのように、ダビデの話をひたすら聞いた。
話せばきっと、少しは楽になる。
そう思ったからだ。
私はダビデの顔が全くタイプではなかったし、下心など1ミリもなかったが、それでも目の前に苦しんでいる人がいれば、楽にしてあげたかった。
ひと通り話を聞き終わり、私はダビデに言った。
「でもさ、Tinderで知らない女性に会うくらいには元気が残っててよかったよ。知らない人に会うってめちゃくちゃエネルギーいるじゃん?」
「実は実際に会うの、海苔子さんが初めてなんですよ。話しやすい人で本当よかったです」
気づけば私たちはコーヒー1杯で2時間もねばっていた。
「そろそろ出ようか」
私が言うと、ダビデは「あの、ここを出る前に」と止めた。
「おすすめの本を10冊教えてくれますか?休職中に全部読むので」
私は精神科に通うダビデの状況を鑑みて、様々なジャンルをバランスよく入れながらその場で10冊を選んだ。
鞄からメモ帳とボールペンを取り出し、なぜか記者スタイルでメモを取るダビデ。
そしてLINEを交換し、別れ際。
ダビデは空を仰いでこう言った。
「あー、なんかすごく元気が出ました。人と話すって大事ですね。本当にありがとうございました!」
なんだか人助けをしたような気持ちになり、私も嬉しかった。
ダビデから再び連絡があったのは、それから1ヶ月後のこと。
<おかげ様で復職しました。話したいことがあるので、また会えますか?>
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