東京出張中のサブカルクソ男

メーカー営業、31歳、名前は尾崎(仮)。

 

とても営業職とは思えない、クリープハイプ尾崎世界観みたいなこういう髪型をしていた。

 

※私が上司ならぶっ飛ばしていると思う。

 

尾崎は案の定、ずぶずぶのサブカル趣味をもっていて、プロフィール文を読む限りかなり趣味が合いそうだった。

 

そして居住地は某田舎県。

偶然にも私の地元である。

一方で、現在地の距離は2kmと表示されていた。

 

<4月からXX県に来ました!東京出張も月1であります!>

 

どうやら今、東京出張中らしい。

 

Tinderには、その日の飯仲間を探している出張族がわりと多い。

 

ひとり寂しく晩酌するより、現地の女の子が隣にいてくれた方が楽しいに決まってるので気持ちはわかるが、私には暇つぶしに付き合っている余裕などない。

 

しかし、懐かしい我が地元で生きる尾崎に親近感を覚え、マッチした。

 

彼はさっそくサブカル全開のメッセージを送ってきた。

 

<ライブのために昨日から前泊してます。さっそく下北で○○(お笑いライブ)観てきました。明日も△△観に行きます>

 

私は財布に入れていたチケットを確認した。

全く同じライブに行こうとしていたのだ。

 

<マジ?私も行くよ。C列6番にいるから声かけてよ>

<Dの2なんで視界に入ります>

 

え!こんなことある!?

運命?

 

ときめきながら迎えた当日。

私は後頭部をガン見されることを予想し、ワックスでアホ毛を押さえて会場に向かった。

 

開演前。

 

席に座り斜め後ろを振り返ると、それらしき人物が座ってスマホをいじっていた。

 

う、嘘だろ。

 

顔も髪型も着ているシャツまで尾崎世界観そっくりだが、写真の印象より15キロくらい太っている。

体型だけでいうと、岡崎体育に近い。

 

おい。

黒髪マッシュのサブカル男は痩せていると相場が決まってるんだよ。

何だその体型は。

あの写真はいつ撮ったんだよ?

 

尾崎はずっとスマホを覗き込んでいて、私の視線に気づいている様子はない。

 

昨晩「ライブ終わったら話そう」と自ら誘ったことを後悔していると、公演が始まった。

 

お笑いライブの客は女性が多く、男性はいるだけで目立つ。

 

「ははっ!」という野太い笑い声が左後ろから聞こえてくるたびに、私は笑えなくなった。

 

脳内で「斜め後ろ頭らへんに痛いほど視線感じないかしら」と椎名林檎が問いかける。それに対し「ここでキスして、じゃねぇよ!!!」とツッコむ、この世で最も無駄な時間が流れた。

 

駄目だ。ライブに集中できん。

 

公演が終わり、「ごめん、急用ができちゃって!」と声をかけて帰ることも考えたが、遠い田舎からはるばる上京した小太り世界観を放置できるほど私は鬼じゃない。

 

立ち上がり、尾崎に「よう」と声をかけると、

 

「海苔子さん?思った以上に髪切り揃ってるな~」

 

と彼は笑顔を見せた。

 

酒でも飲みたい気分だったが、早く切り上げられるようにと喫茶店に入った。

 

公演の感想を言い合い、尾崎の経歴を尋ね、好きな芸人やバンドの話、聴いているラジオの話をした。

 

結論、共通点はものすごく多かった。

 

にも関わらず、びっくりするほど会話が盛り上がらない。

 

尾崎「いちばん好きな芸人は○○」

私「面白いよね。ラジオは聴いてる?」

尾崎「第1回から全部聴いてる」

私「私、投稿読まれたことあるよ」

尾崎「へぇー(テンション低)」

 

~終~

 

おい、もっと驚け。

話を広げろ。

質問をしろ。

ラジオネームを聞け!!!!!

 

私は彼の反応の薄さにキレそうになりながら、コーヒーを飲み干した。

尾崎が「夜だからカフェインはちょっと」といちごシェイクを啜っている様子にさえ、だんだん腹が立ってきた。

 

別れ際、尾崎は私にこう言った。

 

「絶対どこかのライブで会うと思うんで、また!」

 

事実、嫌でも再会するだろう。

 

席が離れていて視界に入らなかったとしても、あの野太い「ははっ!」という声で、私は気づいてしまうだろう。

 

今度はせめて私が後方に座り、彼の視界に入る前に、忍者の速さで会場を出たい。

 

そして公演中は念を送り続けよう。

 

斜め後ろ頭らへんに痛いほど視線感じないかしら

そりゃあたしは綺麗とか美人なタイプではないけれど

 

こっち向かないでね?