前編はこちら↓
喫茶店に移動した私たちは「宗教だ」「いや宗教じゃない」と、およそ初対面とは思えない議論を長々としていたが、その団体については後でじっくり調べようと決め、話を進めた。
「で、大学は東京なんだっけ。そのタイミングで寮を出たの?」
「高校卒業と同時ですね。半分くらいの子は寮に残ってましたけど、僕は大学に行きたかったので」
「東大?」
「はい」
…でしょうね。
彼のプロフィールの学歴欄は空欄だったが、頭のよさは5分喋ればわかった。
そして大道は4年で大学を卒業し、某有名コンサル会社に入社した。
「入社5年で退職してフリーになって、いま4年目ですね」
仕事はとても順調で、会社員時代よりも稼いでいるという。
なんと華麗なエリートの経歴だろう。
宗教と深夜のサーターアンダギー以外は。
「大道君の家族は今どうしてるの?」
聞くと、いまは親も兄弟もみな寮を出て、地元に帰ったり海外に行ったりして、民間企業に勤めながら暮らしているとのことだった。
「寮を出る時って一文なしだよね?みんなどうやって生活するんだろう」
「そういう時代もあったみたいですけど、マスコミに報道されて叩かれてからゆるくなって、親は退職金みたいな形である程度のお金はもらえたらしいです」
大道は決して団体の肩をもっている風ではなかったし、現在は一切関わりがなく、当時の仲間の連絡先も知らないレベルらしい。
だから私は、なぜ彼が頑なに宗教と認めないのか、かえって気になった。
(宗教の明確な定義は知らんけど)
寮時代の大道は授業をじっと聞くのが無理な子どもで、学校はつまらなかったが、寮生活は意外と楽しかったという。
朝、学校の図書館で借りた本を授業中に読み、昼休みに返してもう1冊借りて午後に読んで返す。
本を1日2冊読むだけの学校生活。
寮は相部屋で常に仲間がいたから、学校には友達がひとりもいなかった。
むしろ「学校で友達を作る」という当たり前を知らなかった、と言った方が正しい。
それは東大に入ってからも同じだった。
友達は一人もいない。
もちろん今も。
彼には孤独という感情が、わからない。
「就活でさ、学生時代に何を頑張りましたかって聞かれるじゃん。あれ何て答えてた?寮のこととか話すの?」
「勉強のことだけ話してましたね。寮にいた頃は高3の1月に初めて赤本を見たくらい勉強してなくて。大学に入ってから自発的に勉強する面白さを知って、けっこうちゃんと研究してたのでその話を」
彼の「たいして勉強せず東大に入った」は、天才ぶりたい奴のくだらない誇張ではなく、どうやら事実のようだった。
世の中には、こういう信じられないほど優秀な人が、たまにいる。
私は最後にひとつ質問をした。
「何でTinderやってるの?」
現在、某田舎で一人暮らしをしている彼は、距離を非表示にしていた。
課金している証拠だ。
しかしながら彼女を探している風でもなく、そもそも異性に興味があるのか、交際経験があるのかさえ怪しい。
それを遠回しに聞く術を知らない私に、唯一できる質問がこれだった。
大道はしばらく考えてから言った。
「暇だからですかねぇ…」
「暇って概念はあるんだ笑」
「田舎に引っ越してからずっと、仕事以外では人と接してなかったんですけど、久々に東京行くからやってみようかなって思ったんです」
「へぇ。何人か会った?」
「いえ、海苔子さんが初めてです」
解散して家に帰ると、大道からTinder経由でメッセージが届いていた。
<とても楽しかったです。よければまたお会いできると嬉しいです>
毎日30分かけて長文を打ち込んでいたあの1週間のワクワクは、もう消えてしまっていた。
私は返信する前に、例のカルト教団の長いWikipediaを全文読み、鬼検索した。
宗教か宗教じゃないか議論はどこにでも転がっていて、さまざまな意見があった。
誰もが少しは間違っていて、少しは正しいのだろう。
奇人を期待し、奇人が来たのに、ガチ奇人で引いてしまった、そんな情けない私もまた然り。