前編はこちら↓
金曜の夜、代々木のバルで待ち合わせた私たち。
そこそこ酒が入った頃「何フェチか」という話になり、福士君はさらりとこう言った。
「顔の変わったところにホクロがある人が好き。舐めたくなるんですよね」
通常の私ならドン引きして自宅に引き返したであろう発言だったが、福士君の顔を眺めていると「そんなところもあるんだな〜」としか思えず、怖かった。
顔を見ているだけで、許容範囲が海のように広がっていく。
たぶん私は、この人のやることなすこと全てを許してしまう。
今まで生きてきて、味わったことのない感情だった。
そして店を出た後、案の定、福士君の家に上がることになった。
読書が趣味という福士君の、クレイジーな世界観を作り上げた蔵書が見たくてたまらなかった私は、ワクワクが止まらなかった。
彼の部屋にはやはり大きな本棚があり、難しそうな経済関係の本と、取材をしたことがあるという作家の小説がずらりと並んでいる。
しかしよくよく見ると、本棚の一段につき一冊の割合で、エロ本が挟まっていた。
「これは、仕事のリサーチ用か何か?」
尋ねると、福士君はさらりと言った。
「いや、普通に鑑賞用です」
今どきエロを紙媒体で入手する若者なんていんの?
「こういうのってそもそも買わないし、買ってもせめて隠さない?何でこんな目立つ場所に置いてるの?」
「んー、判型で揃えて並べたいんですよね」
掘れば掘るほどクレイジーが露呈する福士君。
私は本棚をざっと見て、『ロジカル・セックス』と題された一冊を手にとってみた。
ぱらぱらとページを捲ると、ところどころペンで書き込みがしてある。
よく見るとそれは、校正の赤字だった。
「え、これ。何で校正してるの?」
「本を読むときペンを片手に持つ習慣があって。気づいたら書きたくなりません?」
あぁどうしよう。
この人、興味深すぎる。
普通の人に興味がもてない私は、目の前の美しき変態に完全に心を奪われていた。
福士君と私はそれから毎週立て続けに会い、付き合っているような形になった。
週末になれば、あの顔を拝める。
それが全てのモチベーションになった。
いやでもちょっと待て。
この人と長く付き合ったとして、待っているのは別居婚の未来だ。
それでいいの…?
だけど私もひとりの時間がないと生きていけないタイプだし、その意味では相性がいいような気もする。
それに、人の考えは変わる。
私が「すぐにでも結婚したい」という気持ちでないならば、とりあえず今を楽しめばいいのではないか。
少しの葛藤の後、そう結論づけることにした。
ところが、1ヶ月が過ぎた頃。
そんな葛藤も虚しく、福士君は「しばらく仕事が忙しい」というわかりやすい嘘をもって、あっさりと消えた。
名刺を渡してきた彼はきっとヤリモクではなかったし、目的を達成するために恋人を装えるほど器用な男でもなかった。
おそらくは、同時進行していた別の女性とうまくいったのだろう。
落ち込まなかったといえば嘘になるが、実のところ後悔は1ミリもない。
「遊ばれた」などとも思っていない。
どんなに短い時間であろうと、私はとても幸せだったから。
だけど私はいま、福士君に取材を申し込まれるような人間になろうと、本気で思っている。
その日がきたら、まっすぐに目を見てこう言うのだ。
「初めまして」と。