京大卒、メーカー勤務、31歳。
名前は洋平(仮)。
写真に写る彼は、痩せた長身と地味な顔立ちがザ・理系な印象だった。
メッセージで好きな本の話をしているうちに「喫茶店で話しましょう」となり、私は真っ先に「平日の朝でも良い?」と打診した。
なぜかって?
期待値の低い男に会うためだけに、貴重な休日を潰したくないからだ。(すまん洋平)
<在宅でフレックスなので、わりと何時でも大丈夫です!>
洋平がそう言ってくれたので、9時集合で喫茶店を指定した。
しかし前日の夜。
<すみません。朝に会議入れられちゃって、8時でもいいですか?>
私は白目を剥きながら承諾の返事をし、翌朝、必死で早起きをして寒い街路を歩いた。
先に中に入っていた洋平は、タートルネックにジャケットを羽織り、長い前髪をワックスでクシャッとさせ、片耳にピアスをした予想を裏切る陽キャだった。
【Alexandros】の川上洋平に似ている。
というか頑張って寄せてる。
きっとこいつは美容師に「こんな感じで」と川上洋平の写真を見せる、陽キャにだけ許された技を繰り出しているに違いない。
「おはようございます!」
「洋平君、朝つよいんだね」
「はい。いつも大体7時には起きてます」
寝起きとは思えないテンションで、洋平はよく喋った。
私が人生で出会ってきた京大卒はほとんどが奇人で、中でも理系はコミュ力が鬼低い傾向にあった。
”京大理系院卒”のイメージが、音を立てて崩れていく。
「洋平君、本当に京大?学部も?」
「そうですよ。京大生は変な人ばっかりってみんな言うんですけど、全学生のあらゆる部分を平均したのが俺です」
奇人を平均したら凡人が出来上がるのだろうか。
いささか哲学的である。
洋平は大手化学メーカーで理系と文系の橋渡しのようなポジションに就き(彼の天職だと思う)、地方転勤を繰り返してきて、数ヶ月前に東京に出てきたばかりだという。
「前は○○に住んでて、超田舎でしたけどツーリングにハマってけっこう楽しかったんですよねー」
こいつはどこで誰といても、そこそこ幸せに生きられる人だ。
私とは違う。
卑屈な感情ではなくて、どちらがいいとか悪いとかいう話でもなくて、性質が違うのである。
洋平の話を一通り聞き終わった私は、思わずこう尋ねた。
「何でそんなに明るいの?」
「いやいや、明るくないですよ笑 土日は家で漫画ばかり読んでて、『お前根暗だな』って言われます」
「根暗っていうのは、ぱっと見は明るいから『根』がつくんだよ」
私は寝ぼけた頭に最後のガソリンを注入するように、残ったコーヒーを流し込んだ。
「あ、いまの名言っぽくない?」
「ぽくないですね」
洋平はケラケラと笑い、9時半から始まるという会議のために、お金を置いて帰って行った。
あ、そういえばLINEを聞かれなかったな。
まあいいや。
と思っていると、洋平からTinderでメッセージが来た。
<ありがとうございました!>
<そういえば、XXXでおすすめの喫茶店あります?>
会った後もTinderで会話を続けるパターン。
お初にお目にかかります。
だめだ、ついていけねぇ。
私はスマホをそっと裏返した。
寒い冬の朝の1時間。
好きな人と布団の中でぬくぬく過ごせる状況にある人が、私は心底妬ましい。
それでもひとりで頑張って起きてこんな風に活動をすれば、帰り道の気温と体温は、往路より少しだけ上がる。