名前は吉岡(仮)。
マラソン大会に出た時の写真に写る彼はいかにも真面目そうで、「サークルで5番目にイケてる先輩」の雰囲気を醸し出している。
<引っ越したばかりです。近所の散歩仲間、飲み仲間を探しています>
プロフィールにはそうあったが、メッセージは初めから長文で積極的だった。
家が一駅分ほどしか離れていなかった私たちは、ある土曜の夕方、近所のカフェで会うことになった。
現れた吉岡は決してダサくはなかったが、どことなく田舎者のオーラを放っていた。
背高いし、顔も悪くないし、磨けばめちゃくちゃ光そう。
プロデュースしてぇ。
Before Afterを撮影してインスタのリールに流してぇぇ。
内心そんなことを思いながら、何食わぬ顔でコーヒーとプリンを頼む。
吉岡が見るからに緊張していたので、私はあえて「緊張してる?笑」と聞いた。
「はい。まだ東京に引っ越して2週間しか経ってなくて、Tinderで会うの初めてなんですよね」
どうやら彼は、本物の田舎者らしい。
「前はどこにいたの?転職か何か?」
「あ、そうです。出身は岐阜で、大学は名古屋でそのまま就職して、2週間前に転職で上京してきたばかりで」
「そうなんだ。初めて会うのが顔出してない人って、勇気あるね」
「海苔子さんとは話が合いそうだったから。それに、美の基準なんて時代によって変わるすごく曖昧なものじゃないですか?だからあまり外見に囚われたくないんですよね」
なんと美しい価値観だろう。
こいつはちょっと、普通じゃないかもしれない。
それから1時間強、本の話や近所のおいしい店などを共有し、私はバンドのライブに行く予定があったので解散した。
解散するやいなや、吉岡からLINEが届いた。
<今日はありがとうございました!ライブ終わったら、感想送ってくださいね>
この日私が観に行くと言ったバンドを、吉岡は知らなかった。
だからこの「会話を続けるための方便」に私はニヤけ、ニヤけてしまうほどには、吉岡に好感をもっていた。
夜、カフェ代を奢ってもらったお礼とライブの感想を送り、それからほとんど毎日連絡を取り合うようになった。
とはいえ、会った時間はほんの1時間ちょっと。
それほど多くの話題を共有したわけではなかったので、ネタに尽きた吉岡からのLINEはだんだんシュールになっていった。
<茄子がおいしい季節ですね>
<海苔子さんの好きな野菜は何ですか?>
何だこの質問。
ばあさんか?
色気のない会話をこなすこと2週間。
ようやく吉岡は飲みに誘ってくれた。
指定された店は、しっかりした食事を出すタイプのバーで、料理もお酒もおいしく、なぜ今まで知らなかったのだろう!と思うほど良かった。
会計を済ませた吉岡は頑なに私のお金を受け取ろうとしなかったので、「じゃあそこで何か買ってあげる」と近くのコンビニに入ると、彼は安い発泡酒を選んだ。
私も同じものを買い、飲みながら夜道を歩く。
なんだろうこの、ドキドキではない、長年付き合った後のような安心感は。
会うのが2回目とは思えない安らぎに、私は柄にもなく思った。
「結婚相手ってこんな感じなのかも知れない」と。
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