前編はこちら↓
喫茶店を出た私たちは適当に歩き、適当なバルに入った。
飲み始めて1時間。私は白旗を上げた。
敵わない。
洋次郎は、私が人生で出会った人の中で、群を抜いて頭がよかった。
頭の回転の速さ、言語化能力の高さ、そして人としての強さ。
何もかも、どう足掻いても勝てない相手だった。
今の私では、この人と吊り合わない。
はっきりとそう思った。
それでも私は平静を装って喰らいつき、店も変えずに6時間、それはそれはいろんな話をした。
1日2箱タバコを吸うという(え?)洋次郎はしばしば喫煙のため外に出たが、私はその度に猛スピードで頭を整理しなければならなかった。
涼しい顔をして喫煙所から帰ってきた洋次郎に、私は切り込んだ。
「親ガチャとか遺伝子ガチャとかいう言葉があるじゃん?」
「あるね」
「実際、人間の50%は遺伝子で決まっちゃうらしいのね。私は自分をわりと優秀だと思ってはいるけれど、生きやすいタイプではなかったから、同じ経験を自分の子供にさせるのは可哀想なんじゃないか?と思うことがあってさ、」
なぜ私は、こんな話を初対面の人にしているのだろう。
「洋次郎はどう?」
「…そうだねぇ」
彼は少し考えて言った。
「俺は親ガチャでハズレを引いたとは思うんだけど、それでもこうして、どうにかなったから。だからお前も大丈夫じゃない?って未来の子供に対しては思うかな。俺の遺伝子がたった25%なら、尚更ね」
私は洋次郎の言葉を聞きながら、ほとんど泣きそうだった。
おい待て泣くな。
ここで泣く女はだいぶキツいぞ。
頭の中にハリウッドザコシショウを思い浮かべて、どうにか涙を引っ込めた。
てかこの遺伝子論、昔のRADWIMPSの曲っぽいな。
洋次郎の顔につられたんだろうか?
続きましてー、誇張しすぎた野田洋次郎。
「あ、でもね、一つだけ親父に感謝してることがあって」
洋次郎は急に思い出したように言った。
「何?」
「俺、親父に似てショートスリーパーなんだよね。毎日2時から6時の4時間だけ寝ればスッキリする。それだけは遺伝子に感謝」
危うく笑いそうになった。
洋次郎に出会ったのは、ロングスリーパー経営者(以下)と知り合ってわりとすぐ後のことだったからだ。
12時間寝る社長と、4時間しか寝ない社長。
このふたりは、1日に使える時間が8時間も違うことになる。
対談させてぇ…
その記事を書きてぇ…
などと言えるはずもなく、7時間半睡眠の凡人の私は「経営者向きだね」と返した。
洋次郎は当たり前のように飲み代を支払ってくれて、まだ電車はあったが、タクシーで帰ると言った。
「会う前までさ、電車賃を節約しなきゃいけないくらいお金ない人だと思ってたわ」
私がそう言うと、彼は笑った。
「大丈夫。それなりに儲かってます」
タクシーに乗り込む洋次郎を見送ると、すぐにLINEが届いた。
<あ、会う前とのギャップという意味では>
メッセージはこう続いていた。
<海苔子さんは思ったより、ずっと社交的な人だった>
私は足を止めて、返信する。
<社交的になることでしか、生きられない環境にいたんだよ。ショック療法。洋次郎と同じで>
<なんか俺の努力がショック療法に分類されてて草。また遊びましょう>
後日。
私は奢ってもらったお礼にと思い、洋次郎が作った不眠症の人向けの有料アプリをダウンロードした。
ところが、毎晩アプリを立ち上げるたび彼の半生に思いを馳せてしまい、そもそも
不眠症ではなかった私は、びっくりするほど眠れなくなってしまった。
何のことわざだろうか、これは。
眠れなくなって3日目、私はアプリを削除しながら思った。
洋次郎はこの先、どんな人生を歩んでいくのだろう。
叶うなら、ずっと遠くから見ていたい。
彼の人生の脚本に、たぶん私の名前は出てこない。
それでもその脚本は、下手なRPGよりも、ずっとずっと面白いはずだ。