13歳で喪主になった経営者(後編)

前編はこちら↓

noriko-uwotani.hatenablog.com

 

茶店を出た私たちは適当に歩き、適当なバルに入った。

飲み始めて1時間。私は白旗を上げた。

 

敵わない。

 

洋次郎は、私が人生で出会った人の中で、群を抜いて頭がよかった。

 

頭の回転の速さ、言語化能力の高さ、そして人としての強さ。

何もかも、どう足掻いても勝てない相手だった。

 

今の私では、この人と吊り合わない。

はっきりとそう思った。

 

それでも私は平静を装って喰らいつき、店も変えずに6時間、それはそれはいろんな話をした。

 

1日2箱タバコを吸うという(え?)洋次郎はしばしば喫煙のため外に出たが、私はその度に猛スピードで頭を整理しなければならなかった。

 

涼しい顔をして喫煙所から帰ってきた洋次郎に、私は切り込んだ。

 

「親ガチャとか遺伝子ガチャとかいう言葉があるじゃん?」

 

「あるね」

 

「実際、人間の50%は遺伝子で決まっちゃうらしいのね。私は自分をわりと優秀だと思ってはいるけれど、生きやすいタイプではなかったから、同じ経験を自分の子供にさせるのは可哀想なんじゃないか?と思うことがあってさ、」

 

なぜ私は、こんな話を初対面の人にしているのだろう。

 

「洋次郎はどう?」

 

「…そうだねぇ」

 

彼は少し考えて言った。

 

「俺は親ガチャでハズレを引いたとは思うんだけど、それでもこうして、どうにかなったから。だからお前も大丈夫じゃない?って未来の子供に対しては思うかな。俺の遺伝子がたった25%なら、尚更ね」

 

私は洋次郎の言葉を聞きながら、ほとんど泣きそうだった。

おい待て泣くな。

ここで泣く女はだいぶキツいぞ。

頭の中にハリウッドザコシショウを思い浮かべて、どうにか涙を引っ込めた。

 

てかこの遺伝子論、昔のRADWIMPSの曲っぽいな。

洋次郎の顔につられたんだろうか?

 

続きましてー、誇張しすぎた野田洋次郎

 

「あ、でもね、一つだけ親父に感謝してることがあって」

 

洋次郎は急に思い出したように言った。

 

「何?」

 

「俺、親父に似てショートスリーパーなんだよね。毎日2時から6時の4時間だけ寝ればスッキリする。それだけは遺伝子に感謝」

 

危うく笑いそうになった。

洋次郎に出会ったのは、ロングスリーパー経営者(以下)と知り合ってわりとすぐ後のことだったからだ。

 

noriko-uwotani.hatenablog.com

 

12時間寝る社長と、4時間しか寝ない社長。

このふたりは、1日に使える時間が8時間も違うことになる。

対談させてぇ…

その記事を書きてぇ…

などと言えるはずもなく、7時間半睡眠の凡人の私は「経営者向きだね」と返した。

 

洋次郎は当たり前のように飲み代を支払ってくれて、まだ電車はあったが、タクシーで帰ると言った。

 

「会う前までさ、電車賃を節約しなきゃいけないくらいお金ない人だと思ってたわ」

 

私がそう言うと、彼は笑った。

 

「大丈夫。それなりに儲かってます」

 

タクシーに乗り込む洋次郎を見送ると、すぐにLINEが届いた。

 

<あ、会う前とのギャップという意味では>

 

メッセージはこう続いていた。

 

<海苔子さんは思ったより、ずっと社交的な人だった>

 

私は足を止めて、返信する。

 

<社交的になることでしか、生きられない環境にいたんだよ。ショック療法。洋次郎と同じで>

 

<なんか俺の努力がショック療法に分類されてて草。また遊びましょう>

 

後日。

 

私は奢ってもらったお礼にと思い、洋次郎が作った不眠症の人向けの有料アプリをダウンロードした。

 

ところが、毎晩アプリを立ち上げるたび彼の半生に思いを馳せてしまい、そもそも

不眠症ではなかった私は、びっくりするほど眠れなくなってしまった。

 

何のことわざだろうか、これは。

 

眠れなくなって3日目、私はアプリを削除しながら思った。

 

洋次郎はこの先、どんな人生を歩んでいくのだろう。

叶うなら、ずっと遠くから見ていたい。

 

彼の人生の脚本に、たぶん私の名前は出てこない。

それでもその脚本は、下手なRPGよりも、ずっとずっと面白いはずだ。