電機メーカーのイケメンデザイナー

顔も出さずエロ要素もない私は、おそらく自分から会いたいとアプローチしたところで成功率が低い。

なので基本的には誘われるのを待つようにしているのだが、極たまに、自分から誘わざるを得ないような人に出会う。

 

そんな稀有なひとり、某大手電機メーカーでプロダクトデザイナーを務める男。

名前は鈴木(仮)、30歳。

 

プロダクトデザイナー/メーカー」の肩書きだけで、私は鈴木に興味を惹かれていた。

なぜなら、数万人の社員を抱える巨大メーカーでさえ、デザイナーの採用は年に数人。その超狭き門を突破した精鋭だからだ。

 

話してみてぇ!と思った私は、自分から変なメッセージを送った。

 

<芸術家はずっと尖ってなきゃ駄目?>

 

鈴木はすぐに返信をくれた。

 

<芸術家の定義は色々あるけど、商業目的でないのであれば、永遠にオリジナリティを主張し続けなきゃいけないから。尖れる場所を見つけては、ひたすら先鋭化していくしかないよね。それが出来なくなったら、デザインみたいに共感性を探っていくしかないと思う>

 

右脳で生きてるくせに、言語化能力が高い。

痩せてる巨乳くらい意味不明な鈴木に、私は萌えた。

 

<お前に興味があるんだが喫茶店に行かないか>

 

<お前って言うな笑 いいよ、行こう>

 

職場が近かった私たちは、金曜日の夜、遅くまで開いてる喫茶店で食事をすることになった。

 

現れた鈴木は顔がかっこよく服のセンスが抜群で、恐ろしくコミュ力が高かった。

鈴木のエピソードトークを聞きながら私はゲラゲラ笑い、なぜこの人に彼女がいないのだろうと不思議に思っていた。

 

別れ際、LINEを交換しながら鈴木は言った。

 

「実はTinderで実際に会うの、海苔子さんが初めてなんだよね。すごく楽しかった」

 

おまけに擦れてないのか。

やだ、完璧。

 

「私も楽しかった。今度は飲もうよ。家はどのへん?」

 

実のところ、ずっと気になっていた。

なぜなら、夜にTinderを開いて鈴木のプロフィールに飛ぶと、たいてい距離が「45km」になっていたからだ。

 

「XX市…って言ってもわかんないよね?東京のかなり西の方」

 

「え、職場遠くない?実家?」

 

「一人暮らしだよ。片道2時間以上かかるんだけど、ツーリングが趣味だからあの辺に住む方が都合がいいんだよねー」

 

ドアtoドアで往復5時間。

リモートワークはなく、週5。

 

…フィジカルが軍隊なの?

 

Netflixとか観てたらあっという間だよ。もはや映画観る時間って感じ」

 

私は軽く引いていた。

同時に脳内から「こいつはやめとけ」という声が聞こえた。

かつてサーフィンが趣味の男と付き合い、どう頑張っても「波」に勝てない現実に苦しんだことがあったからだ。

 

私はきっと、鈴木のバイクに勝てない。

そもそも片道2時間半て。

大阪行けるやないか。

 

「じゃあまた、仕事終わりだね」

 

そうして2週間後、私たちは職場の近くで飲むことになった。

鈴木は前回とは違ったテイストのオシャレな服を着ていて、相変わらずかっこよかった。

 

「鈴木君は、佐藤可士和についてどう思う?」

 

デザインの話になり、私が何の気なしにそう尋ねると、鈴木は言った。

 

「あの人のデザインって、全部普通だよね。誰にも嫌われない。だけど普通をコンスタントに創り続けることって実は一番難しくて、それが彼のすごいところだと思うな」

 

私が言語化できなかった答えをすらすらと出されて、目から鱗だった。

 

あぁ…やっぱこいつすげぇわ。

鈴木の右脳と自分の右脳を交換したい。

 

柄にも無くRADWIMPSの歌詞にありそうでないことを思ってしまった私は、その日を境に、鈴木に連絡をすることを止めた。

これ以上惚れたくなかったからだ。

 

近しい友人には「それだけで諦めるなんてもったいない!」と言われたが、勝てないと分かっている相手と戦えるほど、私のメンタルは強くはなかった。

 

久しぶりの恋のビッグウェーブがさざなみに変わった頃。

私は再びTinderの大海に身を投げ、今もまだ溺れかけている。