歌いたがりの総合商社マン

慶応卒、総合商社勤務、32歳、名前は朝井(仮)。

 

BBQで撮影したと思しき写真の彼はよく日に焼けていたが、見た目から、文章から、総合商社マンらしからぬ真面目さが滲み出ていた。

 

私は以前の苦い経験↓

noriko-uwotani.hatenablog.com

 

から「5大商社は切る」ポリシーを貫いていたが、なんだか彼は信用できそうな気がして、すぐにLINEを交換した。

 

漢字フルネームで登録された朝井のLINE名を見た瞬間、頭の中でドラムロールが鳴る。

 

Tinderあるある第7位

「LINEが漢字フルネームの人、信用しがち」

 

ランクイン、おめでとうございます。

 

そんなこんなで、家が近かった私たちは「明日の夜ひま?」のノリで飲みに行くことになった。

 

スーツで現れた朝井はやや小柄なものの、薄く整った顔立ちをしていた。

 

海外の話などをしているうちに徐々に打ち解けはしたが、彼は見るからに緊張していて、いささか真面目すぎた。

 

世界の風力発電事情について語る朝井の顔を、ぼんやり眺めながら思う。

こういう人と結婚したら、平和で穏やかな毎日が続くのだろう、と。

 

2時間ほど飲んで解散し、帰るとすぐに朝井からLINEが届いた。

 

<今日はありがとう!来週、またご飯行けたりする?>

 

私はずっと、刺激的で面白い人ばかり探していた。

だけど、そういう人に出会えて運よく付き合っても、結局はうまくいかなかったのだ。

真面目すぎる朝井と、これを機に向き合ってみても良いのではないか。

 

<ぜひぜひ!>

 

そうして翌週、私たちは再び飲んだ。

 

二度目の朝井は前回のような緊張感もなく、恋愛の話に踏み込んだり、趣味がカラオケであることを打ち明けてくれたりした。

 

「でもここのところ、ご時世的にカラオケに行きづらくてさー」

 

そう言う朝井に、私はPokekaraというカラオケアプリを教えた。

 

「このアプリでイヤホンして歌うとエコーかかって聞こえるから、ちょっとカラオケ来た気分になるよ」

 

朝井はその場でインストールし、「帰ったらすぐ使ってみる!」とはしゃいだ。

その日は2軒目まで行き、朝井が全て支払ってくれた。

 

楽しかったな。

奢ってくれたし、いい人だな。

 

でも、この期に及んで、私にとっての「いい人」は「どうでもいい人」だった。

 

帰ってしばらくすると、朝井からLINEがきた。

 

<Pokekaraで『サウダージ』を歌ってみたよ!聴いてみてね!>

 

Pokekaraに装備されている「シェア」機能を使ったらしい。

 

続くURLをタップすると、ポルノグラフィティの『サウダージ』を全力で熱唱する朝井の声が大音量で流れ出し、私は慌ててスマホのボリュームを下げた。

 

これはボケなのか?

それとも「うまいね!」って言ってほしいやつ?

つーか選曲よ。

 

朝井の歌は、褒めるほど上手くもなく、笑えるほど下手でもなかった。

 

フル尺で録音されたそれを私は1サビ終わりまで聴いて停止し、5分待ってから返信した。

 

<うまいね!笑>

 

ボケだった場合の保険として「笑」を付け足すと、朝井からすぐに返信がきた。

 

<笑ったっしょ?😆>

 

あぁこれは、彼なりのボケだったのだ。

笑いを愛する私への、精一杯のサービスだったのだ。

 

やっぱりいい人だな。

 

そう思った瞬間、「いい人」を好きになれない自分の運命を呪った。

 

<ちょっとボケがわかりづらいかなw>

 

そう返信して私たちは一時的に盛り上がったが、朝井も運命を察したらしい。

3度目のお誘いはなかった。