ベトナム駐在中の象使い

慶応卒、31歳、ベトナム在住、職業は象使い。

 

もちろんこの職業は冗談で、象使いの資格はタイやラオスで1~2日あれば誰でも取得できる、観光客向けのコンテンツだ。

 

何を隠そう、私も持っている。

大学時代にラオスを旅した私は、自動車免許より先に象に乗る資格を手にしてしまったのだった。

 

象の前で日に焼けた笑顔を見せる彼の写真を見て、私はラオスのエレファントキャンプを思い出して懐かしい気持ちになった。

しかし、彼は現在エネルギー系の会社に勤めており、ベトナムに駐在しているという。

会えないなら意味がない。

 

何度かメッセージをやり取りして、1ヶ月ほど放置していたある日。

久々にメッセージがきた。

 

<来月1週間だけ帰国するから、ランチかコーヒーでもいかが>

 

限られた日数の中で会う相手に、顔の見えない私を選ぶセンス。

やはり象使いに悪い人はいない。(知らんけど)

私は快諾し、和食ランチに定評があるカフェを指定した。

 

事前にLINEを交換し、待ち合わせ前日の夜中12時。

象使いから着信があった。

 

「アヤ?今どこにいる?飲もう」

 

象使いは明らかに酔っていて、背景には雑踏のBGMが聞こえた。

 

「アヤって誰?」

 

「え?なに?よく聞こえない。で、今どこにいるの?」

 

「○○(私の住むエリア)だよ。もう寝ようとしてたから切るね。また明日」

 

「いま渋谷だから○○行く!飲もう!」

 

泥酔すると、LINEのトーク履歴の上から順に電話をかけてしまう人を知っている。

おそらく象使いもそのタイプなのだろう。

 

私は「寝るから。また明日」と言って電話を切り、少し考えた。

 

こういう酒癖悪いタイプ、めちゃくちゃ苦手だ。

だがしかし、ベトナムに住む彼と長期的に仲良くやっていく可能性を、私はそもそも考えていなかった。

どうせ一回切りだし、ランチだし、まあいいや。

 

そう思い当日、予定通り待ち合わせ場所に向かった。

 

地下鉄の駅の出口で待ち合わせていたら、時間ギリギリになって象使いから連絡がきた。

 

<ちょっと遅れるかも!>

 

<何分着?>

 

<タクシーだから読めない>

 

<え!それなら交差点で待ち合わせよ>

 

バタバタと場所を変更し、私はようやく象使いに会うことができた。

写真のままの薄い顔立ちに、アジアン雑貨屋の店長のような服が似合っている。

 

「電車で来ると思ってたよ。いま実家に泊まってるんだよね?近いの?」

 

「近くはないな。XXXあたり。もう日本の電車よくわかんないからさ」

 

ベトナム駐在5年目を迎えるという彼はそう言った。

象使いの資格と引き換えに電車の乗り方を忘れ、ついでに金銭感覚もバグってしまったのかも知れない。

おもしれぇ男。

 

カフェまで私が案内し、定食を二つ頼む。

 

象使いの本職について尋ねると、彼は丁寧に教えてくれた。

狭い世界で生きる私と違い、海を越えて働く彼の話はダイナミックで面白く、私は小学生のようにあれこれと質問してしまった。

 

ひと息ついて、象使いが私に尋ねた。

 

「俺の話、難しくないよね?」

 

「全然。何で?」

 

「女の子に仕事の話すると、伝わらなくてキョトンってされること多くて、いつも途中で話すの止めちゃうんだよね。よかったー!」

 

他のTinder女の話を平然とする象使い。

おもしれぇ男。

 

2時間ほど話し、国際免許の更新に行くという象使いを駅まで見送った。

 

「海苔子さんはどこ住んでるの?」

 

「昨日の電話、覚えてないんだ?」

 

「…電話?」

 

検討もつかないという表情で、象使いが聞き返す。

 

「泥酔して電話してきて、これから○○行くから飲もう!って、すごいしつこかった。あとアヤって呼ばれた。元カノか何か?笑」

 

「アヤ…?え、マジで知り合いにいない。てかごめん。本っ当ごめん!今日よく来てくれたね!ありがとう!!!」

 

土下座の勢いで謝る象使いに「相手が私でよかったな」と言って、改札で見送った。

 

解散した後、LINEが来た。

 

<昨晩は大変なご無礼を働き、申し訳ありませんでした。今年で駐在終わる予定なので、帰国したら今度は飲みましょう>

 

願わくは、泥酔した象使いから連絡が来る前に、私は身を固めていたい。

だけどもし来年もひとりなら、その時は普通に飲みに行くだろうと思う。

 

同じ象使いとして。