某漫画家

芸能人がマッチングアプリで結婚!というニュースも珍しくなくなってきた昨今。

私もTinderで、とある漫画家に出会った。

 

30代前半、身長182センチ、髭面。

職業欄には「artist」の文字と、独特なアート写真の数々。

そんな怪しげな男が、顔を出していない私に、課金しないと送れない「マッチ前メッセージ」を送りつけてきたのだ。

 

私は真っ先に尋ねた。

 

<画家?>

 

<いえ、漫画を描いてますー>

 

出た、レアキャラ。

Tinder界にずぶずぶ浸っている私は、特殊な職業の人を見つけると、伝説のポケモンに遭遇した時のような気持ちになる。

 

漫画家と私は家が近く、聞きたいことが山ほどあったため、

 

<明日、XXX(喫茶店)行こうよ>

 

と誘うと二つ返事でOKの連絡がきた。

 

<念のため、20分前にリマインドくれますか?たまに寝坊することがあるので>

 

約束の時間は14時だった。

14時で、寝坊…?

まあ漫画家って昼夜逆転してそうだし、そんなもんか。

 

事前にLINEを交換し、翌日。

言われた通りの時間に<起きてる?>とLINEを送った。

 

しかし、10分経っても既読にならない。

 

私は通話ボタンを押した。

 

…出ない。

 

10コール数えて終了し、どうしたものかと考えあぐねていると、すぐに折り返しの電話があった。

 

「すみません!!!今起きました!!!!!」

 

「おはよう。最速で何分着?」

 

「えっと…んー、20分後には行けます!」

 

「了解。じゃあ後で」

 

わしゃお前の担当編集者か。

 

先生の原稿を取り立てる編集者はこんな感じなのだろうか、と想像しながら、歩いて喫茶店に向かった。

 

20分後、漫画家は約束通り現れた。

 

顔立ちはいたって普通だが、個性的なファッションとメガネによって一般人らしからぬオーラを放っている。

私は単刀直入に聞いた。

 

「どんな作品描いてる人?」

 

「△△△△ってペンネームで、◯◯◯のシリーズを描いてます。あと他にも連載を3つもってる」

 

全く漫画を読まない私はペンネームも作品名も知らず、「検索していい?」と漫画家に確認したうえで、スマホを取り出して検索をかけた。

 

最初に出てきたツイッターのアカウントはフォロワーがウン十万人いて、公式マークがついていた。

件のシリーズは、累計発行部数がウン十万部だという。

 

私はほとんど無意識に、頭の中で印税を弾き出していた。

 

…やべぇ、めちゃくちゃ売れてる人だ。

 

私はTinderで出会った人には年上でもタメ口を貫いていたが、相手の大物ぶりに少し怖気付いた。

しかし今さらキャラ変更は致しかねない。

 

「すごい。有名な人なんだね」

 

私はへへっと笑って誤魔化し、それから自分のことを話した。

漫画家はコミュ力が高く、恐ろしく話が面白かった。

 

恋愛対象としてビビッとくるものはなかったものの、仲良くなりたいと思った私は翌週、漫画家を飲みに誘った。

 

漫画家は快諾しつつ、またも20分前のリマインドを依頼した。

約束通り電話をかける私。

 

…出ない。

 

10コール数えて終了すると、すぐに折り返しの電話があった。

 

「すみません!!!今起きました!!!!!」

 

「おはよう。最速で何分着?」

 

どうやら、この人と仲良くなるには根気が必要だ。

そして仮にも付き合うなどしたら、私は24時間、編集者をやらなければならないのだろう。

 

伝説のポケモンは、簡単には捕まらないから伝説なのである。