ボカロP僧侶

人々の煩悩が集まる場所、Tinder。

この場所に似つかわしくない人物を見かけ、私は思わず手を止めた。

 

<作曲してます。たまに僧侶も>

 

そ…僧侶。

Tinderやってる僧侶。

 

薄暗がりの中、ウイスキーのグラス片手にカメラに向かって微笑む彼の黒髪にはパーマがかかっていて、一般的な僧侶のイメージとはほど遠い。

 

出身大学は青学、年は32歳。

 

その経歴に興味を惹かれた私は、蔵前の喫茶店で会うことにした。

 

僧侶は、柄物のシャツにハーフパンツというカジュアルな服装で現れた。

そのまま湘南でサーフボードを抱えていてもおかしくない、日に焼けた肌と目鼻立ちのはっきりした顔。

 

「海苔子さん?初めまして。何か頼みましょうか」

 

メニューを広げる右手には数珠。

その数珠は、ファッションじゃないよな?

 

コーヒーが運ばれてきて、私は僧侶の経歴を尋ねた。

 

「実家が寺なんだよね。青学を出た後は仏教学部のある大学に入り直して、その後は修行。でも音楽を仕事にしたい気持ちがずっとあったから、寺を継ぐ決断がなかなかできなくてさ。今は音楽関係の仕事をしながら、寺も手伝ってる感じ」

 

「修行ってどこで何するの?」

 

「寺で合宿みたいなプログラムがあって。毎朝4時に起きて、食事は白米と白湯だけで、睡眠時間も2~3時間くらい。それを3ヶ月」

 

「うわ、よく生きていけるね」

 

「めちゃくちゃキツかった。でも、ずっと飢えてるから白米が死ぬほど美味い。あとたまに差し入れでお菓子がもらえるんだけど、饅頭がリアルに輝いて見えた」

 

この飽食の時代、寺の子はそんな思いをしなきゃいけないのか。

税金も払わずのうのうと生きてると思ってたよ、すまん。

 

「修行が終わった後は…?」

 

「寺を継ごうと思ってたんだけど、趣味で作ってた曲がYouTubeでバズってさ。あれ、このまま音楽でやっていけるんじゃない?と思ってずっと曲を作ってたんだけど、それ以降は鳴かず飛ばずで」

 

YouTubeが観たいというと、僧侶はその場でURLを送ってくれた。

リンクを開いた先は僧侶感皆無で、オシャレな雰囲気を漂わせたボカロ曲が並んでいる。

 

「私なら、僧侶キャラを前面に押し出すけどなぁ」

 

私は画面を閉じてそう言った。

 

「それ、めちゃくちゃ言われる。でもなんか出来ないんだよね。やっぱり寺を継ぐって決断ができてないから、半端な気持ちでやっちゃ駄目だってどこかで思ってるんだと思う」

 

確かに、実家が神社の狩野英孝も神主キャラを芸人仕事に持ち込んではいない。

線引きをしなきゃいけないという意識が働くものなのかも知れない。

 

「ところで、何でTinderを?」

 

私は僧侶に尋ねた。

 

「寺はXXXにあるんだけど、東京のその狭い狭いところでずっと生まれ育ってきたから、視野を広げたくて。もう地域の人は全員知り合い、みたいな感じだからさ」

 

「田舎みたい。超都会なのに」

 

「そうなんだよ。だから、もっと広い世界を知りたいなーと思って、いろんな人に会ってる」

 

それは恋愛目的ではないですよ宣言にも聞こえたが、その後、僧侶と私はわりとしっかり恋愛について語った。

 

僧侶の恋愛観は、全盛期の西野カナばりに女子だった。

少女漫画が原作の邦画を観て泣き、失恋するとシャワーを浴びながら延々咽び泣くという。

私の方がよほど男である。

 

2時間ほど話し、別れ際。

ふと気になったことを尋ねた。

 

「そういえば、兄弟はいないの?」

 

僧侶から、どうにも長男っぽさを感じなかったからだ。

 

「兄と妹がいる。でも兄は総合商社で働いてて寺を継ぐ気は一切ないから、継ぐなら俺しかないかなって感じ。あ、そういえば俺の兄、海苔子さんと大学一緒だよ」

 

兄貴、めっちゃええやん。

その系統の顔ならきっと男前だろうし。

なぁ頼む、うっかり兄貴を紹介してくんねぇかな?

 

私は去りゆく僧侶の背中を見つめながら、ゲスな願い事を心に浮かべて静かに手を合わせた。