【番外編】Dineで知り合った性欲のない社長

星野と別れたことを友人に報告すると、

Dine(ダイン)やってみたら?」

と言われ、私はTinderに舞い戻る前に挑戦してみることにした。

 

Dineとはその名の通り、食事デートを目的とするマッチングアプリである。

登録されているレストランの中から行きたいところを選んでおくと、男性側から自分に対する「いいね」と同時に店が指定されるシステムで、あとは両者でスケジュールを調整すれば、運営が店を予約してくれる。

 

基本的に事前のチャットはない。

 

つまり、プロフィールを見てお互い気に入ればいきなり2時間のサシ飲みがセッティングされるという、楽な一方でギャンブル要素の強いシステムだ。

 

これは、星野と別れた翌週、そのDineで知り合った社長の話。

 

チャットができないぶんDineのプロフィール項目は細かく、事前に分かった社長のプロフィールはこんな感じだった。

 

経営者(ウェブメディアを複数運営)、36歳、MARCH卒、年収20003000万、バツイチ、子あり(別居)、身長162cm

 

いろいろ無理だぜおい★

と思いながらも、同業者で話が合いそうだったこと、異様な年収の高さ、キラリと光る「奢ります」アイコンに釣られ、失恋による心の疼きを少しでも紛らわせるべく会ってみることにした。

 

雨の降る銀座に現れた社長は写真より少々老けて見えたが、会話が上手く、私は気を遣いながらも楽しい時間を過ごした。

 

社長はおそらく、彼女候補としてではなく、ひとりの人間として私に興味をもってくれている。

会話の端々からそれが伝わってきた。

 

仕事や趣味の話を1時間半ほどして、店員がラストオーダーを聞きにきた後、私はなんとなく、この人なら話しても許されるんじゃないかという気になった。

 

Dineで知り合った初対面の人に絶対話すべきことじゃないと思うんですけど、私、先週フラれたばかりなんですよ」

 

誰かに聞いてほしかった。

私が間違っていたのかどうか、客観的に見て教えてほしかった。

社長は「続けて?」というような優しい顔をしている。

 

「創作をしている人で、彼の作品に対する私のリアクションが気に入らないと言われて。貶したことはないですよ、もちろん。でも男の人って結局、何でもかんでも『すごーい!』って両手叩いて喜ぶような女性を求めてるんですかね?自分の意見をはっきり言えるところが好きって言われて付き合ったのに、どうすればよかったのか未だに分からなくて」

 

「海苔子さんは、絶対にそのままでいた方がいい」

 

社長は「絶対」を強調してそう言うと、続けた。

 

「僕はDineでいろんな人と会ってきたけど、30過ぎて中身のない女性って本当にキツいよ。僕はそういう女性のことを食パン女って呼んでるんだけど、食パンが許されるのはせいぜい20代前半までだと思う」

 

「でも高級食パンだったらどうですか?」

 

我ながら謎の返しだった。酔っている。

 

「あんなの甘すぎて毎日は食べられないでしょ?」

 

社長は笑いながら言った。

 

「海苔子さんは賢くて、語れるものがたくさんあって、僕は今日すごく楽しく過ごさせてもらった。絶対そのままでいれば大丈夫。そのままのあなたが好きという人は、必ず現れるから」

 

私はこの時、酒のせいもあってちょっと泣きそうになった。

 

その後、社長の方も、聞きづらかった離婚理由や元嫁や別居中の娘のこと、元々性欲がなく男性不妊で、人工授精で授かった子であることなど、濃すぎる個人情報をあっけらかんと話してくれた。

 

私はこの時、あまりの情報量の多さにパニックを起こしそうだった。

 

退店時間になり、社長がお会計を済ませると、私たちは外に出た。

LINEを聞かれる流れを予想していたが、社長は鞄から名刺を一枚取り出してこう言った。

 

「すごく楽しかったよ。ありがとう。何かあったらここに連絡ください。仕事の相談でもいいので」

 

そしてその場でタクシーを拾い、颯爽と去っていった。

 

失恋直後、あなたはそのままでいいと励まされ、ご馳走になっただけの夜。

私は、帰りの地下鉄で少しだけ泣いた。