有名美大を卒業し、動画制作の会社を経営する男性(33歳)とマッチした。
身長182センチ、オールブラックのファッションに身を包んだ彼は、大学卒業後ずっと一人で事業を続けており、会社員の経験がないという。
載せていた自室の写真はオシャレで、窓の外の風景が家賃の高さを物語っていた。
名前は熊田(仮)。
彼は独特の感性のためか、顔を出さない私に序盤から強い興味をもってくれていた。
返信はいつも長文。大きめの地震が起きるとすぐに<大丈夫ですか?>と連絡をくれる、マメな男でもあった。
何度かやり取りをした後、近々会いたいという打診があり、私は快く応じた。
<それじゃあ、平日に○○のモーニングでも行きませんか?>
あ、朝!?!?
斬新なお誘いに驚いたが、私の住む街で、私が在宅勤務の日に喫茶店でモーニングをしようという提案は悪くはなかった。
休みの日に着替えて化粧とコンタクトをし、電車に乗って目的地へ向かう労力に比べれば、仕事前にサッと近所でお茶をするなんて最高に気楽ではないか。
そうして私はいつもより早起きして、家から徒歩5分の喫茶店へ向かった。
すでに席で待っていた熊田は思った以上に体がデカく、限界まで清潔感を高めたヒグマみたいだった。
外見はタイプではなかったものの、スマートな会話と、私が久しぶりの朝活に勝手な充実感を覚えたこともあり、小1時間して席を立つ頃には、もう一度会ってもいいと思い始めていた。
別れ際、熊田が私に聞いた。
「今日のランチって予定あります?」
「いや、特に」
「よかったら一緒に食べません?僕はこの後1回帰って、昼にまた車で迎えに来るので。近場で食べましょう」
1日2回ってマジかよ、と思いつつ断る理由もなかったので、その場で店と待ち合わせ時間を決め、LINEを交換して別れた。
4時間後。
待ち合わせ場所の交差点には、黒いアウディが停まっていた。
助手席に座り、今日会ったばかりの男に命を預けている現実に緊張しながら、10分ほど走って洋食屋へ入った。
名店といわれる洋食屋でオムライスとハンバーグをシェアしたが、どうしてだろう。
朝の1時間が嘘のように、熊田が喋らない。
私が何の話を振ってもいまいち反応が薄く、投げかけた質問は、悲しいほどにテーブルの上を滑り落ちていった。
<僕、朝は強くて何時でも起きれるので、時間は海苔子さんに合わせます>
私は、昨晩の熊田のメッセージを思い出していた。
そうだ。
これが熊田の真の姿。
彼はモーニング息子。
あのモーニングのテンションが、彼のマックスだったのだ。
ウォウウォウウォウウォウ。
私が盛り上げようと頑張って疲れ果てた一方、熊田はとても満足したようで、帰りの車では嬉しそうに「今度はさっき話してたXXXに行こう」と提案してきた。
「ぜひ」
苦笑いでそう答え、解散するや否や送られてきたお礼のLINEを確認し、私は熊田をブロックした。
明るい未来に就職希望だわ、と、これほど思った日はない。