広告代理店の星野源(前編)

旧帝大卒、職業は大手広告代理店のクリエイティブ、31歳、趣味は創作全般。

名前は星野(仮)。

 

<創作って?>

<曲作ったり、小説書いたり、絵を描いたり。ずっと何か作ってないと気が済まなくて>

 

ほぅ…仕事も趣味もクリエイティブとは珍しい。

星野に興味を惹かれた私は、極めて仲の良い友人しか知らない、自分の過去を話してみる気になった。

 

<私も1回だけ、小説書いたことあるよ>

<え、どんな話?>

 

そうしてしばらく小説の話をした後、<よかったらお茶しませんか>と誘われた。

 

新宿の喫茶店で会った彼は、星野源のような顔と髪型と服装をしていた。

造形が星野源に似てるというよりは、自ら寄せにいった努力の跡が見えるコピー感だった。いつしか初めて「星野源に似てない?」と言われたその日から、彼は星野源を研究し続けてきたのだろう、多分。

しかし残念ながら私は、星野源が好きではない。

 

自己紹介を済ませ、仕事の話、趣味の話、好きな映画や音楽の話、そして、顔がタイプではないゆえに「この人と付き合うことはないだろう」と判断した私は、彼の過去の恋愛についても根掘り葉掘り聞いた。

 

星野と私は、信じられないほど話が合った。

この人とはきっとこの先、何度も会うことになるだろう。

たった30分でそう確信していた。

 

「星野君が書いた小説、読みたい」

 

「ネットにアップしてあるから後でURL送るね。海苔子さんのは?」

 

「私のはどこにもアップしてないんだよね。8万字くらいあるし。2年前にすごく書きたい話があったから書いたんだけど、人に見せるつもりじゃなかったから、書いただけで満足してしまって」

 

「もったいないよ、それ」

 

星野はいたって真剣な表情で続けた。

 

「俺も長編書こうとしたけど挫折しちゃって、結局短編しか書いたことない。長編は誰にでも書けるものじゃないんだよ。書き切ったこと自体が本当にすごいことだから。何かコンペ出すとかしたらいいのに」

 

「コンペかぁ」

 

茶店で2時間ほど話し込んで解散すると、星野から2つのURLが送られてきた。

ひとつは私が読ませてくれと頼んだ星野の短編小説、もうひとつは、募集中の文学賞をまとめたサイトだった。

 

<今日はありがとう。ここにいろいろ載ってるから、探してみたら>

 

星野が書いた短編小説は、とても面白かった。

私は素直に感想を伝え、自分が書いた小説をコンペに出すことを約束した。

 

<頑張ってね。ところで海苔子さん、こういうの興味ある?>

 

都内で開催されている、広告系の展示の告知だった。

普通に興味があった私は、1週間後に星野と展示を観に行くことになった。

 

夕方に待ち合わせて展示を観終わり、適当なバルに入ると、私は何の気なしに尋ねた。

 

「今日の昼間は何してた?」

 

「いちばん睡眠時間の短い動物と長い動物って何か知ってる?」

 

何だその逆質問は…?

 

「長いのはナマケモノ?短いのは…草食動物の何かかな」

 

「お、いい線。正解は、キリンが一番短くて20分、長いのは実はコアラで22時間なんだけどね。いま、生き物の睡眠時間をテーマに作品を創ろうと考えてて、今日はそのラフを描いてた」

 

星野が私にスマホを見せる。

彼の頭の中にある作品のスケッチだった。

わかりやすく面白いアイデアが、繊細な美しい線で表現されている。

自分が絶対に考えつかないことを考えている人に弱い私は、その瞬間、星野に惚れかけた。

 

2回目のデートを楽しく終えた後、3回目のデートに誘われ、私は悩んだ。

 

星野といると楽しい。

彼となら、お互いを高め合える良い関係性を築けそうな気もする。

しかし、どう考えても顔がタイプじゃない。

試しにYouTube星野源のMVを観てみたが、やはり何がいいのかわからない。(ファンの方すみません)

 

どうする?!どうする俺?!

葛藤の日々が始まった。

 

後編はこちら↓

noriko-uwotani.hatenablog.com