前編はこちら↓
私たちは道玄坂のラブホテルでコーヒーを飲みながら、居酒屋の続きのようにどうでもいい話を続けた。
「俺、26歳まで童貞だったんですよ」
ヨウスケが突然打ち明ける。
「大学は理工だから男だらけで、職場も男だらけだから出会いがなくて。学部時代は軽音サークルに入ってたからそこには女の子がいたけど、唯一好きになった子には振り向いてもらえなかった」
その後、私たちはただ隣で眠った。
完全に心を許していた私は「いや本当に何もないんか~い」と内心思ったが、彼の歴史を鑑みてツッコミは封印することにした。
朝、ホテルを出ると、ヨウスケはこう言った。
「また会ってくれますか」
「もちろん」
静まり返った渋谷で太陽に目を細めながら、このエモいシチュエーションに若干酔いそうな自分がいた。
後日。
私は下北沢でヨウスケとカレーを食べ、その足で彼の家を訪ねた。
通勤に片道1時間かけてでも住みたかった下北沢で、彼はどんな暮らしをしているのか。興味があった。
「本当にボロいから、期待しないでください」
またまた、言ってるだけでしょ?
そう思って足を踏み入れたヨウスケのアパートは、冗談かと思うほどオンボロだった。
靴を2足並べればパンパンになる小さな玄関の先に、物置と化した狭すぎるキッチンと洗面、浴室が、合わせて2畳ほどのスペースに押し込められている。
ちらりと風呂場を覗くと、薄汚れた正方形の湯船と目が合った。
変色した壁紙はだらしなく剥がれかけ、ドラえもんも入室を拒否するであろうボロボロの押し入れがあった。
なぜ?
私の頭の中は疑問でいっぱいになった。
院卒で大手メーカーに勤めるヨウスケなら、たとえ家賃相場の高い下北といえど、もっとまともな家に住めるはずだ。
何より彼は気前が良く、物欲も強く、決して節約家ではない。
その解せない価値観に、心がゆっくりと冷えていった。
「泊まってくよね?風呂は狭すぎて入れないから、あとで近所の銭湯に行こう」
ヨウスケは明るくそう言った。
絶望的に金のないバンドマンや芸人と付き合ったら、こんな生活が待ち受けているのだろうか?
想像すると一瞬エモい気持ちになったが、目の前の男は院卒の大手メーカー勤務である。
Why?
モヤモヤした気持ちを抱えたまま、結局そのまま下北沢の銭湯に行き、フルーツ牛乳を飲みながら歩いてヨウスケの家に戻り、同じベッドで眠った。
しかし なにも おこらない。
はねるコイキングみたいな進展のない関係。
ボロアパートに冷めた私は自らリードする気にもなれず、ヨウスケとの関係をあっさりと終わらせた。
久々の恋の予感が砕け散った私はそれなりに落ち込み、タイムマシンがあったなら、彼と出会う前に戻りたいと思った。
なぁドラえもん、君があの押し入れにいてくれたならよかったよ。