下北沢在住、職業はデザイナー、28歳、趣味は音楽とアニメ。
髪型は黒髪マッシュで、好きなバンドはMy Hair is Bad。
経験上マイヘアが好きという男はメンヘラ率が高いが、近年稀に見るゴリゴリのサブカル男に新鮮味を覚えた私は、誘われるがままに渋谷の喫茶店へ出向いた。
「どうも、ヨウスケ(仮)です」
長身で痩せたヨウスケは黒のスキニーに個性的な柄のシャツを合わせ、ギターケースを持っていないことがむしろ不自然に思えるほどサブカル臭に満ちていた。
「何のデザインしてるの?」
喫茶店でコーヒーを頼み、さっそく質問を始める。
「○○(某大手メーカー)で、家電とかの設計してます」
専門卒のアパレルデザイナーか何かと思いきや、国立理系院卒で大手メーカー勤務という堅い経歴で驚いた。
てかその仕事、デザインじゃねぇよ。
「○○って、下北からかなり遠くない?」
就活をしていた頃、その会社について調べたことのあった私は気づいた。
「よく知ってますね。そうです(笑) 最初は会社の近くに住んでたんですけど、俺、地方出身だから下北にすごい憧れがあって。リモートの日も増えてきたし、引っ越すなら今かなと思って今年引っ越したばかり」
よっ!似非サブカル男!
危うく茶化しそうになったが、一方でメンヘラではなさそうなお堅い経歴に安心したこともあり、ヨウスケの第一印象は悪くはなかった。
1週間後。
私たちは渋谷の居酒屋で再会することになった。
ヨウスケの行きつけだという居酒屋は安くて美味しかったが、酎ハイを客自身に作らせるタイプの店だった。
私は普段、絶対に酔い潰れることなどないが、この日はどうしてか、たった数杯で歩けなくなってしまった。おそらく酎ハイの濃さを間違えてしまったのだと思う。
店を出ると、私はその場にうずくまって言った。
「本当にごめん、歩けそうにない。終電までまだ時間があるから、カフェでじっとしてたら1~2時間で復活すると思う。この辺にまだ開いてるとこないかな?」
ヨウスケは心配そうな顔をしてスマホでカフェを調べ、いくつかの店に電話をかけてくれた。時刻は21時を過ぎた頃だった。
「この辺のカフェは、今日はもう開いてなさそう」
「公園でもいいよ。コンビニであったかいお茶買って」
「12月ですよ?死にますって」
ヨウスケは少し考えると、こう言った。
「じゃあ、選択肢は二つです」
私たちがいた場所は、道玄坂だった。
「ひとつはタクシーで下北の俺の家に行って休む。もうひとつは、そこのラブホで2時間休憩して、終電までに帰る。ここまで飲ませちゃったのは俺の責任だし、お金は出します」
こういう状況で、男に下心があるかないかは、不思議とわかる。
真面目なヨウスケには下心がない。
どちらを選んでも、おそらく彼は何もしてこないだろう。
私は酔い潰れた頭で、冷静に相手を分析していた。
「家は嫌だな」
「じゃあそこね」
そうして私はヨウスケに手を引かれ、幽霊が出そうな古いラブホテルに連れ込まれた。
私がベッドで横になっている間、ヨウスケは小さな椅子に腰掛けてスマホをいじっていた。猛烈に眠かったが、2時間で帰るんだぞと脳が命令を続けるので眠れず、ただ目を閉じて黙っていた。
1時間が過ぎた頃、ヨウスケが小声で内線をかける声が聞こえた。
「あの、さっき休憩で入ったんですけど、宿泊に変えることってできます?」
え!?
すると、すぐに扉がバタンと閉まる音がして、どうやら彼が出ていったらしいことがわかった。5分足らずで戻ってくると、ベッドの上で身体を起こした私にこう告げた。
「帰るの面倒くさくなったから、宿泊に変えてきました」
「でも私、おかげでだいぶ復活したよ。今なら帰れると思う」
「もうお金払っちゃったし、俺は泊まります。何もしないから、朝までいてくれませんか」
なんか今のセリフ、マイヘアの歌詞にありそうだな、知らんけど。
「でも何も準備してきてないや。コンタクトケースとか。あとコーヒー飲みたい」
私が言うと、彼は「全部買ってきます」と言ってまた出て行き、すぐに戻ってくると私が頼んだものをテーブルに並べた。
この人と付き合うんだろうな、と、私はそのとき思った。
後編へ続く↓