前編はこちら↓
仕事終わりでやってきた翔平は、写真通りのイケメンだった。
連れて行かれた店は雑居ビルの5階に入る居酒屋。
通された個室は恐ろしく狭く、壁が漆黒で照明が暗い。
あたかもヤリモクが口説くために設計されたかのような内装に、
「この個室のインテリアについて、どうお考え?」
という、捻りのない質問が喉元まで出かかった。
お酒を頼み、乾杯して間も無く、翔平はこう言った。
「海苔子さんって髪が綺麗ですね。触っていいですか」
私の返事を待たずして伸びてきた手を、「は…はは…」と不気味な笑みを浮かべながらそっと払う。
翔平はクスッと笑い手を引っ込めると、鞄からとある建築のパースを取り出した。
「これ、今日現場で立ち会ってきたやつ」
そして、デザインについてあれこれと語ってくれた。
やはり翔平は話がうまく、大学で美術史をかじっていた私にとっては興味深い話ばかりで、その後も2時間ほど楽しく飲み、当たり前のように2軒目に行った。
この日は、ホテルに誘われることもなくさらりと解散。
別れてすぐに<今日はありがとう!また行こうね>という爽やかなLINEが届いた。
翌日から、毎日LINEがくるようになった。
電話も週2のペースでかかってきて、「もしや普通に付き合う流れか?」と私はうっすら期待し始めていた。
ところがその後、翔平とさらに2回飲みに行ったが、会う度にこれといって交際を匂わせる発言もないまま、髪を触られ、手を繋がれ、腰に手を回された。
悲しいかなそれは、告白を省いた交際の序章ではなく、ただのヤリモクのモーションであった。
3回目の別れ際。
私が翔平の手をやんわり払うと、彼はようやくはっきりと言葉にした。
「帰りたくない。今から海苔子さんの家行きたい」
私もまた、はっきりと伝えた。
「付き合ってない人とはしないし、酒のあるところでしか会ったことない人と付き合うつもりはないよ。今度は昼間に会おう」
翔平は露骨に不服そうな顔をして、
「今月は本当に土日が仕事で埋まってて。だから来月まで待ってほしい」
と言い残してあっさり去っていった。
いつも解散して5分以内に届く
<今日はありがとう!>
というLINEもなく、以降、彼からの連絡は途絶えた。
後日、ふと気になって、ヤリモクの見分け方をGoogleで調べてみた。
すると、ある男性ブロガーがこんなことを書いていた。
<4回会うまではするな。3回までは頑張る男もいるが、やれないとわかってて4回も5回も会う男はいない>
正しすぎて笑ってしまった。
おそらく翔平は私が好きだったのではなく、簡単についてくる女に飽きて、難しいゲームに挑戦したくなっただけなのだろう。
私は彼を本気にさせられなかった敗北感をひしひしと味わい、小さく傷ついた。
2ヶ月が過ぎた頃、久々に翔平からLINEがきた。
<久しぶり。いい人できた?仕事落ち着いてきたし、また飲まない?>
持ち駒がなくなったのだろうか。
無視すると、次の日も、その次の日もLINEがきた。
私は返信をしないまま、翔平をブロックした。
たぶん、負けたのはお前の方だよ。