文末 ♪ 野郎

私がTinderで数え切れない人たちとメッセージを交換し、得た気づきのひとつが

 “文は人なり

というものだ。

 

自分に向けられた文章を読めば、大体の人となりはわかる。

経験上「♪」を多用する男にロクな奴はおらず、私は ♪ が見えるや否やマッチを解除すると決めていた。

 

メッセージのやり取りで盛り上がり、合う約束をした男がいた。

機械メーカーへの就職を機に上京してきた根っからの関西人で、30歳、名前はユウト(仮)といった。

 

<これ、俺のLINEです。よかったら追加してください!>

 

私は極力、会ってから連絡先を交換するようにしていたが、ユウトは何だか安全そうな予感がしたので、会う前にLINEに移行した。

 

キャラクターのスタンプを送ると、ユウトからすぐに返信がきた。

 

<追加ありがとうございます♪ お店、どうしましょ?>

 

マジか。

お前、♪ 野郎だったのか。

騙された気分になりつつ、私はいくつか店の候補を送った。

 

<焼鳥いいですね♪ ここにしましょう♪>

<予約は俺がしておきますね♪ >

 

頭バグってんのか?

私はだんだん怖くなり、Tinderでのユウトとのやり取りを読み返した。

やはりそこには、♪ 野郎などいなかった。

 

でも、会うと決めたのなら仕方ない。

私は意志をもって感染することにした。

 

<予約ありがとう♪ 楽しみにしてます♪ >

 

そうして迎えた当日。

予約時間の1時間前になり、ユウトから連絡がきた。

 

<ごめんなさい、待ち合わせ30分遅らせていいですか?>

 

<まだ家だから大丈夫♪ >

 

私はゾンビのように ♪ をつけて返信し、約束の時間に店に着いた。

 

スーツで現れたユウトは、思いのほかシュッとした男前だった。

 

「今日、何かあったの?」

 

予約を30分遅らせた理由が気になり、ユウトに尋ねた。

 

「あ、それは…ちょっと言われへんな」

 

?????

 

「全然怪しい理由やないねんけど」

 

「え、何。気になるじゃん」

 

ユウトは逡巡し、口を開いた。

 

「俺、アムウェイの商品使ってて、ちょうど買いたい物あったからショップに寄ってきてん」

 

こ、これがかの有名な、Tinderでネットワークビジネスの勧誘をされる流れか!?!?

一度も勧誘にあったことのない私は、未知の世界に興味を惹かれた。

 

ユウトは続ける。

 

「怪しいって思われるのわかってるけど、ビジネスは一切やってへんねん。ただ商品がよくて、自分でショップで買って、使ってるだけ」

 

勧誘しないよ、という、勧誘の導入!?

身構えつつユウトの話を深掘りしてみたが、どうやら彼は、本当に純粋なアムウェイ商品ファンのようだった。

 

「印象悪いよな?勧誘はせんから安心してな(笑)」

 

一人暮らしなら、何だって好きなものを使えばいいと思う。

でもそれは、予約時間を遅らせてでも、今日買いに行かなきゃいけなかったのだろうか?

仮にそうだとして、「会議が長引いて」とでも言えばいいのに、なぜありのままを喋ってしまうのだろう?

 

アムウェイの商品を使っているという事実より、私はそのふたつが妙に引っかかってしまった。

 

2時間ほど飲んで解散すると、帰りの電車でユウトからLINEが届いた。

 

<今日は久々にめっちゃ楽しかった♪ 次いつ行きます??>

 

<しばらく仕事忙しいから、落ち着いたら連絡するね♪ >

 

言うまでもなく、私の仕事が落ち着く日は永遠にこない。

 

♪ が付いた文章は、なんだか胡散くさいってこと。

彼におわかりいただけたのなら幸いだ。