ワン・ダイレクションを名乗る寡黙な男

「1D」という奇妙な名前が目に付いた。


意志の強さを感じさせる大きな目と、タンクトップにニット帽という季節感不明のコーディネートで筋トレをする写真。

35歳、イギリス育ちの帰国子女で、職業は貿易関係という。

 

<何で1Dなの?>

 

<ワン・ダイレクションが好きなんです>

 

懐かしいなおい。

たった3年で人生は変わる、という1Dが出演していたドコモのCMに、「いや1日で変わるだろ」とツッコミを入れていた中学生の自分を思い出す。

 

稀に見る "Tinder婚活ガチ勢(自称)" である1Dからお茶に誘われ、私は興味本位で会ってみることにした。

 

待ち合わせは表参道のカフェ。

季節は6月で、真夏のように暑い日だった。

 

「海苔子さん?初めまして」

 

1Dは、紫のチェックシャツにダメージジーンズという、最高に表参道らしからぬファッションを纏って現れた。

頭には写真で見たのと同じニット帽。

 

これからラウンドワンに行くならギリ許せる服装だが、ここは表参道のカフェである。

あぁ恥ずかしい、と思いながら、席に着いて軽く自己紹介をした。

 

「今日、暑いですね」

※(ニット帽、脱げば?)の意

 

「そうですね。まだ6月なのに」

 

ニット帽はそのままに、おしぼりでおでこの汗を拭う1D。

やだ、おっさんみたい。

 

それから1Dは、ピッチングマシンのように私に一方的な質問を投げ続けた。

 

「仕事は?」

「週末は何してるの?」

「Tinderで何人くらい会ってるの?」

「海外経験は?」

TOEICの点数は?」

 

と、TOEIC!?

就職面接かよ!?!?

 

私も間に1Dへの質問を挟んでいったが、1Dは自分が答える番になるや否や、驚くほど寡黙なおっさんと化した。

 

ワン・ダイレクション好きな人=陽キャ、という私の浅はかな固定観念が、音を立てて崩れていく。

助けてハリー!

もうこの場を繋ぐの、限界です!!!

 

なんとか45分ほど耐え忍び、私は自分のコーヒー代をきっちり払って外に出た。

1Dも私の様子を見て察したのか、LINEさえ聞かれなかった。

 

心なしかしょんぼりとした背中を向けて、駅の方へ去っていく1Dを見送る。

 

空はムカつくほど晴れていて、日差しが眩しかった。

何でこんな日に、1Dはニット帽を被っていたんだろう。

 

ふと、ひとつの疑惑が浮上した。

 

「ハゲてたんじゃね?」

 

たった3年で毛根は変わる。

ですよね?