黒髪マッシュに丸メガネ、サブカル好き、職業は公務員、28歳。
自宅で撮った感満載のセルフィーは全然イケてなくて、文章も暗い。
だけどよく見ると整った顔をしていて、“綺麗な陰キャ”というギャップが気になり、平日の夜に神保町の喫茶店で待ち合わせることになった。
スーツで現れた彼は、背が低いところも含め神木隆之介に似ていた。
「神木君に似てるね」
私が言うと、彼は1ミリも嬉しくなさそうな声で「よく言われます」と言ったきり、黙り込んでしまった。
出た、スーパーシャイボーイ。
続けていろんな話題を振ってみるも、神木は最低限の受け答えをするだけで、依然、声には一切の感情がない。
中身がアレクサなのかも知れない。
そう思った私は神木に酒を飲ませた方がいいと判断し、喫茶店でビールを頼んだ。
アルコールの力で緊張が解けてきたのか、神木はよく喋るようになった。
ところが、彼が語ってくれた生い立ちは、なかなかに可哀想なものだった。
父はDV、母は家出、両親は離婚、そして弟は行方不明だという。
「行方不明って…!?」
「どこで何やってるのか誰にも分からないんです。結婚して子供が生まれたってところまでは母親経由で聞いたんですけど、ずっと仕事はしてなかったみたいで。生きてるのかどうかさえ怪しい」
私は一周して、ちょっと面白くなってしまっていた。
なんせ神木自身は、ストレートで明治大学を卒業した公務員である。
「逆に、よく一人だけまともに育ったね」
「まともじゃないですよ。一人も友達いないし」
「嘘でしょ?」
「本当にゼロ人なんです。大学はちゃんと行ったしバイトもしてたし、彼女もこれまで何人かいたけど、友達がほしいって一回も思ったことがない」
「おおぅ、けっこうヤバいね!」
テンション高めの相槌を打ち続ける私を見て、神木が初めて笑った。
「海苔子さん、不幸な話聞く時だけ楽しそうですね」
「だってこのレベルになるとさ、同情されるより笑ってくれた方が嬉しくない?」
何の気なしに言ったこの言葉が、神木に深く刺さっているのが視線でわかった。
あ、この感じ。
好かれそう。
だけどすまん。私、友達ゼロ人とは付き合えない。
彼女探しのためにTinderをやっているという神木を恋愛トピックから引き剥がしつつ、好きなバンドの話をゆるやかにして解散した。
後日、神木からLINEがきた。
<XXXXXのチケット、取れました?>
私がファンクラブに入っているバンドを、神木もまた好きだった。
<ダメだった!一般で頑張る>
すると、神木から思いがけないお誘いがきた。
<僕2枚取れたんですけど、行きます?>
おい、友達いないんだろ?
何で2枚取ったんだよ。
私は、ものすごく揺れた。
ライブには行きたい。
でも、神木はおそらく私に好意がある。
もう会わない方がいい。
<んー、ひとりで観たいから一般で頑張る>
断腸の思いだった。
私は一般発売で何とかチケットを入手し、ライブ会場で神木の姿を探した。
隣に誰が座っているのか、少し気になったからだ。
会場は広く、神木を見つけることはできなかったが、ライブが終わってしばらく経った頃にLINEが届いた。
<僕、結局仕事で行けなくなっちゃったので、チケット売っちゃいました。セトリ見ましたよ。○○○と△△△、聴けてよかったですね>
私が好きと言った曲を、神木は覚えてくれていた。
たぶん神木は、幸せになれるだろう。
でも、君の居場所はTinderじゃない。